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5. ニブイにもほどがある!!
ニブイにもほどがある!! ⑥
しおりを挟む恨まれていることに無頓着だった。
これまで二十年の人生で、意味も解らず嫌悪されるなんてことは初めてだ。
普通嫌われるのには、それなりの理由が付随するものだと思ってきたから、幽さんみたいに会ったばかりで『無性に腹が立つ』と言われると、釈然としない。
生理的に受け付けないって事があるのも解ってはいる。いじめっ子によく見られるパターンだ。つまりこの例えで言ったら幽さんはいじめっ子に当たる訳だけど、そんなことを本人に言おうものなら、格好の餌食にされそうだ。
想像しただけで寒気がし、『くわばらくわばら』と口走る。
けどこれまで篤志は、そんな憂き目にあったことがなかった。
良くも悪くも平均、平凡な篤志は目立つこともなく、気に入らないと叩かれることもへし折られる事もない。同類に埋没していることを不満に感じていなかったし、そうやって淡々と人生を終えるのだろうと思っていた。
それが幽さんの出現によって、変わりつつある。
幽さんの姿を視たいがために、躰を張った冒険をするなんて、自分でも驚きだ。その根底に沙和が存在するせいもあるが、この時点でもう平凡から逸脱している。
幽霊相手に本気の喧嘩をするなんて、篤志はもちろんのこと誰に訊いても平凡とは言わないだろう。
でもそれを由とする自分がいた。
それは兎も角と、沙和の後ろに控えている男に目を凝らす。
幽さんがこれ見よがしに沙和の頭に抱き着きながら、挑戦的な目を篤志に向けて来る。非常に面白くない。
篤志の目の前で、ベタベタと纏わりつく幽さんを許している沙和にも憤りを覚えるが、彼女曰く『実体ないし、普通の人には視えないから』恥ずかしくも煩わしくもないらしい。もっと言えば、躰を乗っ取られるよりも、纏い付きの方がずっとマシだそうだ。
それも如何なものかと思うのだが。
(取り憑かれてんのに、ここまで気を許せる沙和が解んない俺が、ダメなのか?)
いくら親近感が湧くからって、幽霊とフレンドリーな関係の人は、どれくらいの人数居るのだろう?
(いや居ない。ほぼ居ない。そうそう居て堪るかっ)
取り憑くような霊は、大体が災いをなすものだ。通常であれば祓われて、成仏して貰ってとなりそうなものだけど、この幽さんと言う幽霊は一筋縄では行かない曲者だった。
沙和から離すことが出来ない――舞子はそう言った。
沙和の魂と幽さんの魂が絡まりあって、幽さんを引き離すことは沙和を殺すことになると言う。そんな風に脅されたら、除霊してくれと言えるはずもなく。
(何でそんな面倒臭いことに、なっちゃうかなぁ……)
恨めしそうに沙和を見、先刻淹れ直してくれた紅茶を啜る。
「なあ沙和」
「ん?」
「……そこッ! 沙和の耳塞ぐ準備するなっ」
沙和の両耳の脇を幽さんの手が、いつでも塞げるように構えている。沙和は頭を後ろに倒し、幽さんを仰ぎ見た。
「もお。幽さんってば、いい加減にしてよ。これじゃ篤志と真面に話せないじゃない」
『沙和の耳を汚すようなことばかり言うコイツが悪い』
「不快かどうかはあたしが決めるからっ。幽さんは篤志に厳し過ぎだよ」
「そうだそうだ!」
『お前が言うな』
言い様、幽さんの回転蹴りが飛んでくる。それを難なく躱してニヤケたら、反対からもう一発飛んで来て左頬にヒットし、篤志は敢え無くソファに沈んだ。
左頬を蹴り飛ばされ、右側頭部を肘置きに打ち付けて呆然とする篤志に、ドヤ顔の幽さんがふふんと笑った。
重たい躰もなければ、浮遊と通り抜け自在の幽さんに死角なし、である。
「ず……ずっけーっ!!」
いや。分かっていた。沙和が絡んできたらどこまでも大人げなく、せこく、悪辣なことも厭わない。短い付き合いだが、幽さんと言う男はそういう奴だと悟った。
「幽さん!! ……大丈夫? 篤志」
しばし茫然自失に陥っていた沙和が慌てて、倒れている篤志に駆け寄って来た。膝を付き、顔を覗き込んで来た彼女の手が、蹴られた左頬に触れる。
小さな手のしっとりとした感触が頬を撫で、篤志の心の中では歓喜の雄叫びが上がった。
(うお――――ッ!! こっ…こここ……これって、正に怪我の功名……!?)
顔がぶわっと火を噴いて、瞬く時間も惜しいとばかりに瞠った目が、間近にある沙和を凝視する。
「痛い?」
沙和が眉宇を顰め、心配そうに篤志を窺う。その後ろから覗き込んでくる男がいなければ最高なのに、そう思っていると幽さんが墓穴を掘った。
『篤志なんかほっといたって大丈夫だろ』
「幽さん! 幽さんが篤志嫌いなのは仕方ないにしても、乱暴はダメッ! 今度またやったら、口利いてあげないからッ」
涙目で幽さんを睨む沙和の迫力に気圧されて、幽さんがショックも露わに後退った。そんな彼へダメ押しとばかりに沙和は天井を指さし、「ハウスッ!」と怒気を孕んだ声で言う。
手を擦り合わせた幽さんが『さわ~ぁ。ごめ~ん』と許しを乞うのに、彼女は睨んだまま天井を突くように二度指さした。
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