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5. ニブイにもほどがある!!

ニブイにもほどがある!! ④

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 リビングからふと沙和が立つキッチンに目を遣った。
 お茶の準備をする彼女は、とても大手術をしたようには見えないほど元気を取り戻し、それを見つめる篤志の口元が知らず綻ぶ。
 数ヶ月前の沙和の顔には見ることが叶わなかった朱が、頬に差している。
 一時は、沙和を永遠に失ってしまう恐怖に怯えたのが嘘のようだ。

(死ななかった代わりに、碌でもない奴引っ張って来たけどな)

 先刻から篤志の視界の邪魔しかしない幽さんをジト目で見ると、素っ気なく踵を返してキッチンカウンターの前に陣取る。これで完璧に沙和が幽さんの陰に隠れてしまった。

(くっ……こんなところに弊害がっ。盲点だった!)

 幽さんが視えなかった頃は、どんなに邪魔されたって沙和が視界から消えることはなかったと言うのに。
 沙和とコソコソ話していた幽さんが徐に振り返り、篤志を見て厭味ったらしい笑みを浮かべる。
 ぷっちーんとキレた。
 尤もキレたからと言って、篤志が幽さんに何が出来る訳でもないのだが。

『招かざる客に、わざわざ茶なんて出さなくてもいいだろ』
「またそーゆーこと言う! 大事な友達なんだから、そうやってすぐ喧嘩腰になるの止めてよ」
『ふ~ん。大事なお・と・も・だ・ち、ねえ』
「何が言いたい何がっ!」
『べっつにぃ』
「一々癇に障る奴だなっっっ」
『そっくり返すわ』
「もおっ。篤志まで」

 テーブルに紅茶を置きながら、沙和にちょっと睨まれた。彼女はトレーをテーブルの下に置くと、篤志の真向かいのソファに腰掛ける。そしてニコッと微笑んだ。

「で、視える世界はどお?」

 聞かれて篤志はしばし考える。
 かつては生きていた者たちが視える世界は、想像していたよりも騒がしい。ただ篤志が視たくない聞きたくないと思えば、それらは形を潜める。これは元々篤志が持っている強さだと舞子は言った。

「思いの外、そこの幽霊の顔にムカついたな」

 そう答えると、沙和は肩越しに幽さんを振り返り、首を傾げた。

「そうなの?」

 真面目な顔をして聞き返さないで欲しかった。

(そりゃぁ沙和はイケメンの面に癒されるだろうけどさっ)

 そんなことを考えて、自ら落ち込む篤志。そしてそんな彼の心情を嘲笑うかのような幽さんの言葉。

『まあ俺もこの顔だから、生前はモテただろうし、ヤローに僻まれたかもな。うん』

 と、しみじみ頷く。

(一体何の追い込み漁だ! ちくしょー。顔面偏差値の高い奴なんて大っ嫌いだ!)

 反論できない自分が可哀想だと思っても、今は許されるはずだ。目の前の男が許さなくても、篤志と同類のその他大勢がきっと、肩を叩いて許してくれるはずだ。そして目の前の彼女も。
 篤志は俯きかけた面を上げて沙和を見ると、彼女はふふと笑う。今度は篤志が首を傾げる番だった。訝し気な視線を送る。

「なに?」
「篤志は幽さんみたいなイケメンじゃないけど…」

 そこまで聞いて、耳を塞ぎたくなった。

(沙和まで追い込み漁に参加してきた!?)

 やめてくれと心の中で叫ぶ篤志を一蹴するように、沙和がニコニコ笑って言を継いでくる。

「愛嬌があって可愛いと思うよ?」

 それって恋する男には誉め言葉じゃありません、と心が棒読みで呟いた。
 好きな子に男として見て貰いたいのに、可愛いと言われて喜ぶ男がいるだろうか?
 少なくとも篤志は、撃沈しそうなくらいショックだ。
 沙和の後ろに控えていた幽さんがぷっと吹き出す。篤志はジロリと彼を見て、直ぐに沙和へ目を戻した。

「……さわさん。いま僕の地雷をおもいっきし踏み躙りましたね?」
「僕って……変。大丈夫? 篤志」
「気にするとこソコ?」
「え? ダメ? ……何がダメ? あ、ちょっと待って。考えるから」

 沙和は右頬に手を当てて、真剣な眼差しを篤志に向けて来る。
 しばらく考えた後、「もしかして、地雷?」と大真面目に言ってきた。
 分かってはいたが、沙和のこの見事なお惚けぶりに、篤志は床にめり込むような錯覚を禁じ得ない。
 気を取り直せと自分にエールを送って、まだ熱い紅茶を一気に飲み干し、引き攣り気味の笑みを浮かべて沙和を見る。

「うん。だから、何が地雷だったのか、考えてみようか?」

 えーっ、と声を上げた沙和に、篤志はどんよりとした溜息を吐く。目の前で小馬鹿にした笑いを浮かべている男の何と憎たらしい事か。
 散々唸った後で、ついに沙和が降参の手を振った。

「あのな…………ってそこっ! なんで沙和の耳塞ぐ準備してんだよっ」

 幽さんの手がいつでも話を遮断できるようにと、沙和の頭を挟むように構えられている。

『そんなの決まってるだろ。聞くに堪えない耳障りの悪い言葉を、沙和の耳に入れないためだ』
「俺たちにかかずらってる暇があるんだったら、自分の記憶取り戻す努力しろよ!!」  

 常々思っていた本音が出た。
 さすがの幽さんも一瞬言葉を失い、篤志をギッと一睨みすると、何事もなかったように澄ました顔になる。
 そこで篤志が思ったことは、“いい男は動揺しても絵になるんだな” だった。

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