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5. ニブイにもほどがある!!
ニブイにもほどがある!! ③
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目を開けた時、代わり映えしない光景にがっかりした。
必ずしも篤志の意に沿える結果になるとは限らないと、舞子も言っていたではないか。それでも譲らなかったのは自分だ。
そう言い聞かせるも、心は重く沈んでいく。
護摩壇の炎は消えていた。
耳の奥に朗々と流れ込んで来た舞子の読経を聞いていた気がするのだが、記憶は殆どない。何かにそっと引かれ、躰が軽くなったまでは朧げに覚えているが、その後、何がどうだったのか。
舞子に肩を叩かれて目を開けると、いつに間にか横たわっていた事に気が付き、篤志はのろのろと躰を起こした。そして目を凝らして周囲を見たが、これまでと何も変わった様子がない。
駄目だったのだと落胆する篤志に、舞子は微笑んだ。
一週間お世話になった寺を後にし、真っ直ぐ沙和の家に向かった。
沙和には何も伝えていない。一週間前の事を踏まえて、幽さんに邪魔されないためだ。
チャイムを鳴らすと、応対に出てきたのは物凄く会いたかった彼女だった。篤志の顔を見て目を丸くし、直ぐに破顔した沙和を見て、何故だか泣きそうになる。
喧嘩したって、こんなに長く離れていたことがなかったせいかも知れない。殆どいつも篤志が謝り倒して、仲直りして貰っていたから長引くことはなかった。
篤志の父の持論では、“女は時として男には理解不能な理屈を振り回してくるから、非がないと思っても謝れ。そして怒っている理由を黙って聞け。さすれば夫婦円満だ” そうだ。そしてその息子もそれに倣い、気持ち的には九死に一生を何度も味わいつつ、今も沙和の隣にいる。
今はそんなどうだっていいことを頭の隅に追いやり、くしゃりと顔を歪めて笑う。
「ただいま」
「おかえり」
それだけの会話に心が昂り、嬉しくて沙和に抱きつこうと両腕を広げ……それを思い止まらせる姿を、彼女の後ろに発見してしまった。ぱたりと腕が落ちる。
緩くウェーブしたミルクティーの色をした髪を見て、それが誰なのか察すると、篤志は睨めつけるように目を凝らした。
沙和が親近感を覚えると言った少し下がった眦に、色素の薄い瞳。通った鼻梁と形の良い唇。沙和は口角が上がっていると言っていたが、今は思い切りへの字口にして篤志を半眼で睨んでいる。
沙和に憑いている幽霊の姿を目にして、篤志はその場に崩れそうになった。そうならなかったのはただ偏に、この男の前で無様を晒したくない意地で堪えた。
(めっちゃいい男じゃんか!)
スケベ面と一蹴した美鈴の言葉と反する幽さんの素顔に、途轍もない敗北感が押し寄せる。篤志は特別不細工ではないが、これと言って秀でた顔でもない。平々凡々の自覚がある己の面相と無意識に比較して、小さく唸った。こんなイケメンに憑かれたら、沙和だって満更でもないかも知れない。
沙和が外見で選り好みしないのは分かっているけど、そう思う事で自分に言い訳しているようで、それもまた酷く切なく情けない。
『なんだ。帰って来たのか』
沙和の背後で腕を組み、忌々しそうに幽さんが言う。篤志は今まで目にすることが出来なかった男をキッと睨んだ。多分に僻みやっかみが混じっていることは言わずもがなだ。
剣呑な視線が絡み合う。どちらも退かない。
「もう好きなようにはさせないからな」
『ふん。ほざけ』
「え、篤志。幽さん視えるの!?」
沙和はがしっと篤志の腕を掴んで、どんぐり眼をさらに丸くし、じっと見上げるキラキラした瞳。そんな彼女が可愛くてニヤケそうになる口元を一旦引き結び、気持ちを落ち着かせるのに数度深呼吸した。
篤志の返事を待つ沙和の顔を見たら、またニヤケそうになるのを堪え……きれず、目は笑みで細められ、プルプルする唇で言葉を繰り出す。
「もちろん」
大きく頷いて沙和に微笑むと、彼女は「よかったね」と笑い返してくれた。
余裕ぶって微笑んで見せたものの、最初こそ失敗したのだと落胆する篤志に、舞子は余計な霊の干渉を避けるため、本堂周辺を仏さまに守護して頂いたのだと説明してくれた。心底から安堵して、床に倒れ込んだのは内緒だ。祟られたって幽さんには知られたくない。
「これで姿が視えるようになったから、好き勝手に殴らせない」
鬼の首を取ったかのように、ふふんと鼻を鳴らして挑戦的な目を彼の幽霊に向ける。すると幽さんも口角を上げてニヤリと笑った。
『それはどうかな? 所詮お前は視えるだけの人だからな』
含みを持った言葉に、篤志は顎を引いて幽さんを睨んだ。
幽さんの指摘通り、ただ視えるだけだ。口惜しいことに、彼に干渉できる力はない。
何かを言い返したくても、遣り込められる言葉など持っていない篤志は、唇を噛んで幽さんを見るしか出来ず、それがまた悔しい。
黙り込んだ篤志を心配げに眉を寄せた沙和が見上げ、矢庭に幽さんを振り返った。
「幽さん! どうしてそんな意地悪言うの!?」
『俺の中の何かが、コイツは近付けるなと言っている』
「またそーゆー訳わかんないこと言って、お茶を濁そうとしたって駄目だからねっ」
『いやマジで。初めて篤志を見た瞬間から、俺ン中でコイツは完全に敵認定されてるから、絶対に無理』
幽さんがツンとそっぽを向くと、沙和が「大人げない!」と怒りで頬を上気させた。くるりと篤志を振り返り、「幽さんなんてほっとこ」と彼の手を取って、家の中に引っ張って行く。
通り過ぎ様に舌を出してやったら、幽さんに殴られたのは最早お約束だろう。
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