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3. 相性悪いです…?
相性悪いです…? ③
しおりを挟む翌日の夕方近くに、昨日の宣言通り美鈴たちはやって来た。
抱きつかんばかりの勢いで走り寄って来る美鈴の前に幽さんが立ち塞がると、急ブレーキを踏んだように前につんのめって立ち止まる。美鈴が唸りながら幽さんを睨んでいる後ろから、篤志ともう一人、品の良い濃紺のスーツを纏った四十代後半と思われる女性が、沙和の顔を見るや微笑んだ。
「沙和ちゃん。久しぶりだねぇ」
少し間延びした低めの穏やかな声でそう言ったのは、美鈴の父方の叔母である舞子だ。彼女に会うのは実に六年ぶりの事。霊媒師としての彼女にお世話になったのもあるけれど、舞子の作ったスウィーツのファンだった。思い出して沙和の表情も嬉しさに緩む。
「ご無沙汰してます」
舞子は居住まいを正そうとした沙和を手で制し、
「心臓を患うなんて、災難だったねぇ」
「はあ。毛の生えた心臓も、ウィルスには勝てなかったみたいです。あ、座って下さい」
舞子にベッド脇の席を勧めると、美鈴と篤志はセルフで椅子を運んで来る。
ベッドの脇に上から舞子、美鈴、篤志と一列になって腰掛けた。その間にも舞子の話は続いている。
「あはは。でも思っていたより元気そうで安心したわ。何しろ事は急を要するって、美鈴が煩いから付いて来たんだけど、心配ないじゃないねぇ?」
そう言って目を幽さんに向け、同意を求めるように笑って見せる。うんうんと頷いた幽さんが、それ見たことかと舌を出して美鈴を挑発すると、彼女の顔が憤怒に赤く染まった。
雲行きがこれ以上怪しくなる前に「だからそれ止めなさいって」つい声に出すと、舞子が「本当に視えるようになったんだね」と、少し複雑そうな表情になる。彼女は常々、視えることが必ずしも良い事ばかりではないと言っていた。
昔どうしたら視えるようになるのか、舞子に訊いたことがあった。すると彼女の答えは『死んだことも分からないで、その時のままの姿でいる霊も少なくないよ? とてもじゃないけど、気持ちのいいものではない。それでも見たい?』だった。
その後のグロテスクな話で、あっさり諦めた沙和だったのだけど、何の因果かすっかり視える人になってしまった。幽さんが守ってくれているから、舞子が心配するグロい幽霊にはまだ遭遇はしていない。
(そう言えば、幽さんの死因ってなんだろ?)
見た感じでは、事故とかではなさそうだ。死に際ではなく生前の記憶にある姿かもしれないが。
幽さんを眺めていたら、「あらやだ」と舞子の声が上がってそちらを振り返った。
「ごめんね。忘れてた。はい。これ食べて早く大きくなるんだよ?」
「もう横にしか大きくなれないんだけど?」
沙和の身長は百五十二センチで完全に止まっている。二十歳を超えても伸びる人がいるのに、実に不公平だと思いながら、沙和はナイロンのエコバックを覗き込んだ。
舞子に渡されたものは、手のひらサイズの彼女お手製レアチーズタルトだった。沙和の好物をちゃんと覚えていてくれたのが嬉しい。
「沙和ちゃんはもっと肉付けなさい。細っこいから病気に負けるのよ?」
力説する舞子はちょっとぽっちゃり系だ。気にしつつお菓子作りは止められないらしい。
「ちょっと叔母さん! 肝心なこと忘れないでよ」
「本当にあんたって子はキーキーと煩いねぇ」
「だって! 沙和に取り憑いてる霊を払わないと、どんどん沙和が弱っていくじゃないっ。せっかく命拾いしたのに」
どんどん弱っていくと聞いて、沙和は首を傾げた。
(寧ろ、前より元気なんだけど……?)
新しい心臓と余程相性がいいのか、医師にも太鼓判を押されたくらいだ。
放っておいたら除霊が済むまで騒いでいそうな美鈴を一喝し、舞子は嘆息した。
「美鈴。あんたは何を視て騒いでるの? 近くて狭い視野はダメだって言ってるでしょ。もっと冷静に見極めなきゃ。あんたに言われるまま沙和ちゃんから彼を離したら、彼女を殺すことになってたわ」
驚きの言葉に全員がぎょっとして舞子を見た。
「どういった経緯でこうなったかは分からないけど、彼の霊体の一部が竹の根っこのように張り巡らされてて、沙和ちゃんの霊体と絡み合ってるわ」
「竹の根っこって……そこから第二第三のコイツが出てきたらどーするのよ!?」
「美鈴。幽さんタケノコじゃないから」
ぽこぽこ幽さんが出て来る所を想像したら、はっきり言って笑えない。一人で手一杯なのに。
幽さんの顔を見たら、酷く嫌そうな顔をしている。彼も想像したのかも知れない。
舞子は姪っ子の呆れた発言にげんなりした溜息を吐き、言を継ぐ。
「兎に角、彼を祓うのは私には無理だわ」
「そんなぁ……」
膠もなく言い切られた美鈴が、恨めしそうな目で幽さんを睨んでいると、下手から篤志の大きな溜息が聞こえ、ばったりと上半身がベッドに倒れ込んできた。うめき声を一つ漏らし、首をくるりと回して眇めた目が三人を見る。
「また俺だけ仲間外れ……舞子さん何とかならないの?」
「何とかって?」
篤志の言わんとしていることが解っているはずなのに、すっ呆けたように聞き返す。篤志はムッと口を尖らせた。これで同じ年かと疑うほど幼さが増す顔に、沙和の口元が知らずニヤつく。
『変な顔になってるぞ?』
『うるさい』
つっけんどんに言い返したら、今度は幽さんまで子供っぽく不貞腐れ、こいつらはと思いながら、存外嫌でもない。
「俺にも視えるようにならない?」
「一回死んでみたら? 視えるようになるかもよ? 何なら手伝おうか」
篤志は茶々を入れた美鈴を睨み、
「うっかり美鈴の前で死のうもんなら、再生出来なくされそうだから絶対嫌だ」
「分かってるじゃない」
「美鈴うるさいから黙って。俺は舞子さんに話してんだからさ」
篤志にまで煩いと言われ、彼女は涙目で「さわー。慰めてぇ」と抱き着こうとして、再び幽さんに阻まれた。
「ほんっとぉに邪魔な不成仏霊ね」
『沙和を毒牙から守るのが俺の役目だし?』
「毒牙ってあたしの事じゃないわよね?」
『お前以外の誰がいる』
黙って聞いていたら延々と続きそうだ。
何かもう止めるのも阿保らしくなってくる。
篤志は完全に無視を決め込み、再び舞子に目を向けた。
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