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3. 相性悪いです…?
相性悪いです…? ①
しおりを挟む沙和が目を覚ました翌日の夕方、その朗報を待ち兼ねていた中学からの友人二人が、賑やかに病室を訪れた。
「さわーっ! 会いたか……」
友人の一人が途中で言葉を打ち切り、剣呑な眼差しを一点に注視する。
沙和は友人の見据えている先に視線を移す。そこには友人二人を見て微笑んでいる幽さんがいる。
しまったと思った時には、友人の榊美鈴がズカズカと室内に足を踏み入れ、幽さんの前に腕を組んで立った。彼女自慢のハーフアップにした艶やかな黒髪が背中で揺れる。
白磁のような肌理細かい肌。形の良い眉と奥二重の切れ長な双眸、ぷっくりと紅い唇は生ける日本人形のようだ。
そんな彼女に本気で睨まれると、めちゃくちゃ怖い。
突き刺すような眼差しを一身に受ける幽さんは、まさかと驚いた顔で沙和に顔を向け、それにゆっくり頷いて答えた。
美鈴のことをすっかり失念していた沙和は、こっそり溜息を吐く。
「あんた何者よ。さっさと立ち去れ!」
「何かいるのか!?」
威嚇する目で幽さんを睨む美鈴の隣で、同じく友人の岡田篤志が困惑しながら言う。彼は美鈴が睨んでいる辺りから沙和へと、どんぐり眼を忙しなく往復させている。
幽さんが口元を歪め『もしかしてメチャメチャ嫌われてる?』と訊いてきたので、沙和は心中で『…そだね』と引き攣り笑顔で返した。
沙和が意識を取り戻したとなれば、この二人が来ないはずないのに、どうして失念していたのか。
それは幽さんの事で混乱し、頭が一杯一杯で他に考える余地がなかったから。
(なんだ。あたし悪くないじゃん)
弾かれた答えに数度頷く。
美鈴は所謂霊感体質だ。本人曰く、小者程度なら跳ね返して近付けさせないけど、質の悪い霊を祓えるだけの力はないと、いつも悔しそうに言っている。彼女の叔母さんが霊媒師なので余計に強く思うようだ。
対して篤志は霊感にはとんと縁のない一般人だ。沙和も幽さんに出会うまでは、篤志と同じ部類の人間で、鈍感二人組と美鈴に言われていた。
特に沙和は手が掛かり、篤志の場合は雑草のような生命力で跳ね返せるので、ぶっちゃけ鈍感でも放っといて良いらしい。とは言うけどちょっと扱いが雑な気もする。物申したら反論が怖いので、決してしないけど。
一触即発なオーラがダダ洩れの美鈴に目を遣った。
「沙和に悪さするなら、あたしが赦さないわよ?」
ビシッと幽さんの鼻先を指さす美鈴。
沙和の顔に引き攣り気味の笑みが浮かんだ。
彼女が言うところの悪さとは違った悪さなら、もう既にお腹一杯なくらい遣られている……とはとても言い出せない。そんなことを言ったら、この友人は一体何をしでかすか。
美鈴は悪い子ではないのだが、友愛の情が強いらしくて間々トラブルを起こしてくれるのが、ちょっとだけ困る。
「沙和ッ! あたしがあげたお守りはちゃんと持ってるの!?」
「え? …あ、うん。あるよ?」
ベッド脇の戸棚の引き出しからお守り袋を取り出した。お守りに巻かれている紐の端を抓むと、くるくるすとんと全容が現れ、お守りが振り子のように揺れる。
「ちょっとダメじゃないの! お風呂以外では肌身離さず付けといてって、あれほど言ったのに」
「あの、だって」
「だってもへったくれもないわよ。沙和は昔から変なの引き連れて歩くんだから、外しちゃダメなの」
沙和の手からお守り袋を奪い取り、有無も言わせず彼女の首に掛ける。美鈴は一仕事を終えたかのように、ふうっと息を吐いた。
「これでよし。……何でまだ居るのよ?」
美鈴の様子を不思議そうに見ていた幽さんに気付き、振り返った彼女が忌々し気に幽さんに言う。幽さんは幽さんで『何でと言われても』と首を傾げて沙和を見た。
『俺どっかに行った方がいい感じ?』
『どうだろ?』
美鈴を落ち着けるなら、ひと先ずどこかに姿を隠して貰うのが良いのかも知れない。けれど彼女にずっとそれで通すのは困難な気もする。何しろ幽さんは沙和から離れられず、どこにも行きようがない幽霊だ。そう間を空けずに、二人はまた顔を合わすことになるだろう。
ここは美鈴にちゃんと説明して、彼女に納得して貰うしかない訳だけど、それがまた骨の折れる事だとも分かっているから、沙和の唇から知らず溜息が零れた。
まず友人たちに席を勧めて、沙和はどこから話したものだか考える。
美鈴は幽さんから片時も目を離さず、睨みっぱなしだ。瞬きも忘れて睨みつけているものだから、篤志が「目ぇ乾かないの?」と呆れている。美鈴は振り向きもせず、煩いとばかりに篤志の脚をパンッと叩き、彼は小さく「いでっ」と悲鳴を上げた。
「もう何なんだよぉ。先刻から俺ばっか蚊帳の外だしさぁ」
ムクレた篤志が言う。
容姿的には可もなく不可もなく、どこにでも居そうなお兄ちゃん。ただ、沙和と同じ二十歳でも、童顔が過ぎて未だに中学生と間違われる彼のムクレ顔は、弟みたいで可愛いと思ってしまう。気にしている本人には内緒だけど。
「視えないアンタが悪いのよ」
「それって俺のせいじゃないじゃん。先祖代々そーゆー素質からっきしなんだから。なあ。沙和もそう思うだろ?」
そこで篤志に同意を求められ、思わず目を逸らしてしまった。あからさま過ぎる態度に彼も察したようで、目を見開き身を乗り出してくる。
「……沙和、もしかして視えんの?」
「へへっ。ごめんね? なんか心臓取り替えたら、視える人になってたみたい」
「マジかぁぁぁぁぁ」
一人仲間外れな篤志の悲壮感たっぷりな声が胸に痛い。
幽さんに視線をくべると、彼は肩を竦めた。
「ちょっとそこっ! 何アイコンタクトしてんのよ!? 沙和もこんなのに取り憑かれて、唆されるなんて。油断するから」
「油断も何も意識なかったし。でもね、あたしが目ぇ覚ましたのって、幽さんが起こしてくれたお陰なんだよ? あまり目の敵にしないで……」
美鈴の険悪な目に睨まれて、欲しいの言葉を飲み込む。
(やっぱり、骨が折れそうだわ)
沙和は出会った頃を思い出し、しばし遠い目で天井を見るのだった。
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