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3. 架純 ~女の純情なめんなよ

架純 ⑬

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 黒珠に手を引かれてやって来たスタイリッシュな建物の前で、架純は我に返って足を止めた。

(こっ……こここここはっ、かの有名な、らっ…ラヴホテルではないでしょうかぁぁぁぁあっ!?)

 何だか妙な気分になってしまって、黒珠に訊かれるまま頷いてしまったけれど、それがラヴホテルに来ると言う話だったとは。
 目に飛び込んでくる “休憩” と “宿泊” の文字が眩し過ぎて架純が目を背けると、ぎっちり手を掴んでいた黒珠が不安そうな表情で見下ろしてきた。

「怖くなった?」

 そう聞かれて無言のまま黒珠の顔を見上げる。顔は引き攣っているし、間違いなく顔色は白くなっているはずだ。
 言葉を発するどころか、頷くことも首を振ることも出来ないで黒珠を凝視していると、明らかにしょんぼりした雰囲気が漂ってくる。

(うっ。万年仏頂面が、なんか可愛いんですけどお。もお今日はお宝映像ばっか見るから、萌死んでしまいそうだわ)

 お陰で頬に赤味が差したようだ。
 架純が口元をニヨニヨと緩めていると、黒珠が大きな溜息を吐いた。
 何故溜息? と少々不安になって彼を見つめる。

「やっぱ止めよう。いくら何でも速攻ホテルとか、架純さん引くよな」

 と黒珠が手を引いて元来た道を戻ろうと踵を返した。

「……え?」
「え? だって、怖いんだろ? こんないきなりじゃ無理もないし。それに、花頭の催淫効果でつい理性が押し負けそうになるけど、今度こそ架純さんを大事にしたい。こんな所まで引っ張って来て言うのも何だけど……」

 言葉の最後は尻すぼみになっていき、項垂れた黒珠の普段あまり見ることのない頭頂に目を向ける。短めにカットされた黒髪の流れを目で追い、無性に触れたくなってしまった。
 伸ばしていた手が髪を一房抓むと、黒珠は肩を揺らして僅かに顔を上げる。

「かすみ、さん?」
「あ、ごめん。嫌だった?」
「全然。寧ろもっと触って欲しい」

 慌てて離した架純の手を掴み取り、その指先に黒珠の唇が触れた。ぶわっと熱が再燃して、真っ赤な顔でプルプルしてると、「マジ可愛いんだけど」と黒珠にまたもや抱きしめられる。今日だけで一体何回抱きしめられるのだろう、と喉を仰け反らせた格好で架純が苦笑してると、俯いた黒珠から低い唸り声が聞こえて来た。
 どうしたの、と聞こうとした架純をさらに強く抱きしめる黒珠。

(…………んんっ?)

 架純の眉間に皺が寄る。
 お腹に何やら固いモノが当たって気になる。しかもグリグリ押し付けられているようで、架純はその正体を掴もうと手を伸ばし……固まった。
 ジーンズ越しから伝わって来る熱が架純の手の中でビクンと震え、声にならない悲鳴を上げた架純は即行動の自分に蒼白になる。

(一気に恥死量きた――――ッ!!)

 黒珠にしがみ付いて、今度は爆発した顔を彼の胸に隠した。けど、腰を逸らせて黒珠の雄に触れないようにしている辺りで、何とも微妙な恰好だったりする。

「ばっか。触って欲しいとは言ったけど、我慢してんのにドコ触ってんだよ」
「だっ、だって! お腹に当たって気になったんだもんっ」
「んなもん想像つくだろ。煽ってどーすんだよ。こっちは伸るか反るかの激しい葛藤してるってのにっ」

 言葉は荒いのに泣きそうな声で言われても、と思う。

「兎に角、一旦ここを離れよう。先刻からやたら見られて恥ずかしい」

 黒珠に言われて、ここがラヴホテルの前だったことを思い出した。
 見られてると聞いたら、とてもじゃないけど怖くて顔を上げられない。が、このまま抱き着いて移動するのも骨だし、何より恥ずかしい。
 どうしようと架純が泡食っていると、頭上で黒珠の溜息が聞こえた。

「無理矢理連れ込もうとしてるって思われて、通報されても困る」
「……ですよねぇ」

 そうなる前にさっさと移動するべきだと思う。
 けれど。
 花頭の催淫香で理性がこと切れそうになっても、それに抗って架純を気遣おうとする黒珠が、とても愛おしい。
 架純は息を一つ吐き、黒珠から離れる。顔を上げる勇気はないけど。

「よし。行こ」
「え? おいっ」

 唖然としている黒珠の腕を引っ張り、架純はホテルの自動ドアを潜った。



「いっつも思うんだけどさ。架純さんって、衝動で行動すること多いよな」
「全く以てその通りでございます」

 毎度それで親友の貴美や桂子を呆れさせる常習犯だ。
 で今は黒珠を呆れさせていた。
 向かいのソファで頭を抱えて大きな溜息を吐いた黒珠を、上目遣いに窺う架純。
 何故こうなったかと言えば、鼻息荒く黒珠を引っ張って来たものの、いざ部屋に入って扉が閉まった瞬間、我に返って怖気づいたからに他ならない。

(だってヤル気満々にベッドがデーンってあったりしたら、急に現実が…ねえ)

 それでプチパニックになった架純が慌てて部屋を出ようとし、オートロックで施錠されたドアを前にして「監禁された!」と更に泡食った。
 黒珠が「会計すれば出られる」と言ったら、すぐさま「じゃ会計して出よう」と架純に言われ、ちょっとムッとした黒珠が「何もしないで金だけ払って帰るの?」と意地悪く返し、言葉を失くした架純はその場にへたり込んだ。
 そんな彼女を横抱きにして、更にパニックに陥らせたのは黒珠だったが、ベッドに押し倒すことはせず、そっとソファに下ろしてくれたのだった。
 そして冒頭の会話となる。

 架純が悪足掻きばかりするから、無駄に時間ばかりが過ぎて行く。
 なのに黒珠は一言もそれについて文句を言うこともなく、冷蔵庫から取って来たコーラを飲んでいた。
 架純は躰を小さくしてジャスミンティーを飲んでいる。
 昨日まで喧嘩していた―――もとい。架純が一方的に喧嘩を売っていたのに、ホテルに引っ張り込んでいる不思議。

(ぎゃ――――ッ! あたしどうすんのよぉぉぉぉお。ダメ。二人っきりなんて、鼻血噴きそうで耐えらんない!! 乙女として最低限それだけは避けたい)

 架純が頭の中で悶えていると、黒珠がすくっと立ち上がった。架純が躰を強張らせて彼を見上げると、

「シャワーしてくる」

 黒珠がさっさと浴室に消えて行くのを見送りつつ、滝汗が止まらない。
 遂に黒珠が痺れを切らした。
 水音が微かに聞こえてくると、架純の心臓が物凄い速さで活動し始める。
 意味もなく立ったり座ったりを繰り返し、落ち着こうとしてテレビを着けたらアダルティーなビデオが流れて、愕然とした面持ちで見入ってから、今から自分がすることにビビり捲った。

 浴室のドアが閉まる音がして慌ててテレビを消し、何事もなかったように取り繕って戻って来た黒珠を迎えた。
 完全に顔が引き攣っていたけど。
 が、それもすぐにうっとりした表情に変わる。
 上気した肌に白いバスローブを着た黒珠の艶っぽさに打ちのめされ、次には鼻を手で覆い隠した。まだ鼻血は出ていなかったが、かなり危険な予感がする。

(ああ……眼福です。ありがとう神様。黒珠様。明日死んでも本望です)

 彼と一線を越える。
 そう思っただけで架純は死にそうなくらいパニックになるけど、相手がずっと好きだった黒珠だと思うと嬉しくて悲鳴を上げそうになる。
 なのに。
 黒珠は無表情で架純を見るや、「俺寝るから、あと好きにして」とベッドにさっさと潜り込んでしまった。

「え?」
「…なに?」
「何でもない」

 咄嗟にそう返したものの、とても理不尽な目に遭っている気がする。

(人をこんなに振り回しといて、寝るとかって何よぉ!)

 架純一人がソワソワして馬鹿みたいだ。

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