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3. 架純 ~女の純情なめんなよ
架純 ②
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三年になって間もなく、同じクラスになったせいで感情に歯止めが利かなくなり、何かに浮かされ煽られるようにした告白は、無残に斬って捨てられた。
呼び出したところで来てくれないと言うのは有名な話だったので、帰り際を足止めして衆人環視の中告白したのに、黒珠はたった一言。
袈裟斬りのようにスパッと見事だった。
並みの神経しか持たない女子だったら、致命傷でしょう。暫らく立ち直れない。
(無理とか、有り得ないとかの否定じゃなかっただけ、救いがあったけどね……)
人前で振った相手に全く気遣う事もなく、さっさと立ち去った黒珠は、本当に潔かった。あれで中途半端に優しく気遣われたら、女子だって諦めきれずに気持ちを引き摺るかも知れない。
しかし架純はめちゃくちゃ打たれ強くて、諦めも悪かった。
翌日には架純が振られたことは、校内に知れ渡っていて、親友二人が慰めの言葉を掛けてくれたけど、諦めてない旨を告げると、呆れていた。
友人たちに告げた通り、これでもかと黒珠に接触を試みる架純の行動は、周囲から冷ややかな笑みを向けられた。けど、恥を掻きたくなくて早々に諦めた人間の侮蔑など、架純にはどうだって良い。
が、黒珠狙いの女子の目には当然、彼女の行動は鬱陶しく映る訳で、最初のうちこそ生傷が絶えなかった。しかし黒珠に相手にもされてないとなると、それはもう見事な嘲笑で、見下されるだけに変わった。
生傷が絶えない状況から比べたらずっと良い、そうは思っても女子たちの嘲笑も見下しもじわじわと堪えるし、黒珠に声を掛けても視界にも入れて貰えないとか、毎度毎度、心が萎むのを感じる。
それでもいつかは、なんて思っているのは、純粋に好きの気持ちなのか、ただ意地になっているだけなのか、近頃自分の気持ちすら分からなくなる。
好きだと思ってる自分は、ただの幻想を抱いているだけなんじゃないだろうか?
それでも習性のように、目が黒珠を追うのを止めないから。
万が一の期待を捨てきれずに声を掛ける架純に、友人の岡部桂子と内山貴美が『諦めたら?』と心配して言ってくる。
黒珠に無駄な時間を費やすくらいなら、新しい恋だと言って合コンを企画してくれるその気持ちは有難いのだけど。
「押しても引いてもダメな場合、どうしたら良いと思う?」
架純は放課後のバーガーショップで、親友二人に身を乗り出して訊いてみた。
「潔く諦めな」
と言ったのは、ナゲットを頬張る桂子。
「そうじゃなくてぇ! それ以外の選択肢、プリーズ」
「他の選択肢なんて有るの? それとも見向きもされない事に、快感でも覚えた? 目覚めちゃった?」
自分の得意分野に話を持って行こうとしているのは、腐女子の貴美。
「違うもん! そんなんじゃないしぃぃぃ」
「言葉遣いに妙な乙女を漂わせるな。気持ち悪い」
膠もなく斬って来るのは、桂子。
彼女は学年でもトップクラスの才女で、眼鏡女子である。眼鏡を外したら実は美女、とまではいかないけど、そこそこ可愛いので結構隠れファンがいる。しかし如何せん毒舌なので、真っ向勝負をかける男子が居ないのは残念なことだ。
貴美と言い桂子と言い、架純は昔からどうにも、ひと癖ある人に好かれる質らしい。
(前例に倣ったら、金子くんも充分癖のある性格だと思うんだけどなぁ。何故、引っ掛からない?)
やっぱり女子には興味が無いんだろうか、そんな事を考えて、無意識で貴美を見てしまった。ばっちり目が合う。
「なに?」
「何でもないです」
「嘘おっしゃい。何か隠してる目だ」
「たまたま目が合っただけじゃんかぁ」
「たまたま…? あ、そうそう。たまたまと言えば、新しい本出来たんだけど」
「こら。“たまたま” でそっちに繋げるな腐女子」
げんなりした桂子が、こめかみを押さえて溜息を吐く。全く以て同感の架純が大きく頷いた。
通りすがりに振り向かれるほどの美人なのに、頭の中は妄想で腐敗しているとは、詐欺以外の何者でもない……と思う。
「そう言わないでって。今度のは例の新入生が相手なんだから」
「ああ。モデルで、幼馴染みとかいう子? やたら綺麗な顔してたわね」
入学してすぐに話題を攫った、黒珠の幼馴染みの男子。
架純には彼が、リトルリーグの配球していた男子だとすぐに分かった。女の子に引けを取らないような、きれいな男子はそういない。モデルと聞いて納得してしまった。
貴美が目を爛々とさせて頷く。
「だよね。あの新入生入ってから、創作意欲がメラメラと滾っちゃって大変よ」
「で、どっちがどっち?」
平然と訊き返す桂子を慌てて止めに入った。
「やめやめやめッ! あたしの前でその話は止めて! また魘されて睡眠不足になるじゃない!!」
血の気の退いた顔を横にプルプル振る。
二度と貴美の描いた薄い本を目にしたくないし、内容を聞きたくもない。モデルが黒珠のうちは。
恋している相手を、親友のBL漫画のネタにされるのは、ちょっと興味をくすぐられつつ、後からとんでもない背徳感に苛まれる代物であり、黒珠を見る度に生きた心地がしなかった。興味本位で完読してしまったあの時の後悔を、まだ忘れちゃいない――もとい。忘れられない。
「それ絶対に金子くんにバレない様にしてよ!?」
名前が違ったって、見る人が見たら黒珠だって気付くかも知れない。
それを描いているのが架純の親友だなんてバレようものなら、即刻処刑台送りだ。考えただけで、もう怖くてしようがない。
「分かってるわよぉ。だからあたしが描いてるって、架純たち以外には秘密にしてるじゃない」
「それはあたしたちの為じゃなくて、腐女子だとバレたら男にモテなくなるからでしょうが」
「やだ。みなまで仰らないで」
「……そうなのか。一瞬、感動しかけたあたしが馬鹿だったよ」
項垂れて溜息吐くと、桂子が「いい加減、学習しなさいって」と架純の頭をポンポンしてくる。貴美は一向に悪びれず「そこが架純の良いトコよ」とアイスコーヒーを啜っていた。
貴美が要らぬ妄想を膨らませるのは、この新入生にも問題があると架純は思う。
長めの休み時間になると、決まって三年のクラスに逃げ込んでくるのを、黒珠が訳知り顔で許容している。
貴美情報によれば、彼の新入生は同級の女子から逃げていて、問題の彼女は黒珠の事が大の苦手であり、滅多なことでは近付かないそうだ。そして、黒珠の妹だという事も判明している。
つまり新入生にとって、黒珠同様幼馴染みになるはずなのだけど、彼は本気で逃げているし、妹の名前を口にする時、黒珠は苦虫を噛んだ顔をする。
二人にとっても、黒珠の妹は鬼門のようだ。
お陰で架純の中の “幼馴染み恋愛最強説” は覆された。
黒珠の机に両腕を預け、しゃがんでいる新入生、相沢杏里をぼんやり眺めながら『今日こそは』と独り言ちる。
本人から訊けないなら、身近な人間から情報を取る。
ずっとそう思っているのだけど、去り際の杏里の素早さに、これまで幾度も敗北を味わって来た。
なので今日は、前もって廊下に待機して杏里を呼び止める心算だ。
架純は弁当箱をしまい、すくっと立ち上がる。そんな彼女を苦い笑みで見上げる親友たち。二人の表情には “何も言うまい” の言葉が有り有りと浮かんでいた。
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