上 下
15 / 51
2. 杏里 ~逃がさないから覚悟して?

杏里 ②

しおりを挟む
 
 ***


 春に瑠珠と出会ってから、杏里の身長大幅アップ作戦が順調かと言ったら、なかなか厳しい状況が続いており、コンプレックスが邪魔して彼女に話しかけられないまま三ヶ月が経過。
 そんな訳で瑠珠とは一向に進展がないのに、同じクラスになった妹の真珠まみにはやたら纏わり付かれてる。

相沢杏花人気女優の息子で隣に住んでるとか、俺が黒珠くろすの部屋に行き来してるとか、そんなの真珠に関係ないじゃんか。あの二人の妹じゃなかったら、ご遠慮願いたいんだけどっ)

 隣の家だからって、ドヤ顔で女友達に自慢するのは本当やめて欲しい。
 然も自分は特別なんだ、みたいな馴れ馴れしい勘違い女子はこれまでにも居たけど、真珠は今までで一番酷い。どんなに素気なくしたって、暖簾に腕押しだから困る。

 なまじっか杏里が金子家に行くから、真珠の勘違いがエスカレートするんだと分かってても、金子家に行かないと瑠珠との接点も全くなくなってしまうのは、非常に痛い。コンプレックスをかなぐり捨て、素直に瑠珠に近付けば良いんだって分かってるのに、杏里のささやかな矜持がそれを許さない。

(せめて、せめて身長が並ぶまでは、何かいろいろ嫌なんだよッ!)

 それで自分の首を絞めていりゃ世話ないんだけど。
 劇的に身長を伸ばす方法がないものか、探すのがすっかり習慣化している自分を振り返り、気が付かないうちに溜息を吐いている。

 普段から留守がちな杏花の代わりに、付き合いの長い通いの益子さん家政婦がやって来ては、杏里の身長のために考えてきたメニューを作ってくれるし、母も身長に効果があると聞いたものは多少高くても手に入れて来るほど、協力的だ。
 なのに頑固なまでに伸び悩んでいる。もしかしたら自分の成長ホルモンは、既に喝えてしまったのではないかと疑いさえ持っている今日この頃だ。

(黒珠が言ってた、夜中にメキメキ音がするっての聞いてみたいよ……切実に…)

 本当にしんどかったと語った黒珠だったけど、杏里からしたら羨ましい愚痴でしかない。
 一気に伸びると成長痛が酷くて寝不足になると言っていた黒珠も、中学の三年間で二十センチ以上伸びたらしい。特に二年から三年までの間が顕著だったと聞けば、杏里にもまだまだ望みはあると思いつつ、余りに代わり映えがなさ過ぎて気持ちがうしろ向きになる。いけない傾向だ。

 クラスの男子たちは、杏里を置いてけぼりにして身長を伸ばしていく。
 女子たちの恋愛対象が高身長の男子共に移って行くのを見る度に、瑠珠もそうなんだろうと思うと遣る瀬無くて、目線が空よりも地面に近い自分が酷く悔しくて、クラスでは何か可愛がられてるけどその実小動物のペット扱いだし、『杏里は可愛くても良いんだよ』ってやたら腕組んで来る真珠はウザいし、気持ちがどんどん荒んで行くのが分かった。

 偶に瑠珠に会っても、素直に挨拶も出来ない。
 目が合ったら脳みそフリーズ。
 彼女から逃げるように顔を逸らしてしまってから、毎度メチャクチャ落ち込む。
 瑠珠がたまに泣きそうに眉を寄せるけど、自信は底辺を這っていて彼女に近付くのさえ恐れ多くて、自滅の道をひた走る。

 そんなだから白状しなくても黒珠に直ぐバレた。『瑠珠アレが良いの? 変わってるな』と奇特なものを見る目で言われたけど、『ま、理窟じゃないもんな。頑張れば?』と背中を押してくれた。尽々いい兄貴に巡り合えたと黒珠に抱き着いたら、本気で嫌がられたが。



 二学期が始まって早々、まだ夏日更新中の土曜日の午後。

 杏里はベッドの上で蹲っていた。
 数日前からお腹が痛い。日に日に酷くなっていく。
 傷んだ物を食べた記憶もなければ、お腹を冷やして下している訳でもない。
 一応腹痛の薬を飲んでみたけど全然効果が無くて、仕事中だと分かっていたけど杏花に電話したら、案の定マネージャーが出た。彼女は杏花に連絡しておいてくれると言った上で、酷い時は病院に行くように言い含めて来た。

(今日、土曜で良かった……)

 これで授業なんてとんでもない。
 痛くて脂汗が出て来る。気持ち悪い。
 もう我慢できる範疇から逸脱し、杏里はタクシーを呼んで家を出ようと玄関に向かって靴を履き、扉を開けた瞬間から記憶がなくなった。
 遠くで声が聞こえた気がする。

 ゆらゆらと意識が浮上していく変な感じ。
 ぼんやりとした目に入り込んで来たのは、家ではない天井と……。

「杏花さん! 杏里、目ぇ覚ましました!!」

 顔を覗き込んで来た瑠珠の安堵した表情。
 意味分からなくて茫然としたまま瑠珠を視線で追いかけると、見慣れた筈の杏花の顔がいつもと違って見えて、杏里は首を傾げた。

「この馬鹿ッ!! なんでこんなになるまで我慢してたの!?」

 突然怒鳴られて、杏里が目を剥いたまま母を見上げる。
 先刻、母がとても弱々しく見えたのは、目の錯覚だったのか?

「瑠珠ちゃんが倒れてる杏里を見付けてくれなかったら、死んでたかもしれないのよ!? いつもは何だって卒なく熟す可愛げのない子のくせに、こーゆー事が抜けてるって、どんな馬鹿なのッ!?」

 喚きながら滂沱の涙を流している杏花を唖然と見、隣りで苦笑する瑠珠に目線を移した。

「心配したんだよ、凄く。吐いて意識ないから救急車呼んで、お母さんと一緒に病院まで来たら直ぐ手術って言われて、怖かったぁ。それから杏花さんに連絡して、ずっとずっと心配でしょうがなかったんだからね!?」

 そう言った瑠珠の目も、よく見たら赤かった。

(よく解らないうちに手術をしていたのか。お腹、痛いっちゃ痛いけど、先刻みたいに痛くないや。そーいや)

 意識がなくなる前、死ぬのかもと思ったくらい痛かったお腹にそっと触れる。
 痛みはあるけど、訳の分からない激痛はなくなっていた。
 目を覚ましたから、瑠珠の母親がナースコールしていた。

 担当医が去ると一度席を外していた杏花たちが戻り、入院の準備がどうの、学校がどうのと三人が話し出した。その流れで、瑠珠の母親が忙しい杏花に代わって看病に来ましょうかとなり、閃いてしまった。

「瑠珠が来てよ。第一発見者なんでしょ?」
「えーっ。明日はいいけど、明後日から学校あるし」
「終わってからでもいいから。でなきゃ抜け出すよ?」
「なんなの、その脅迫は? ガスが出るまで退院出来ないんだよ!?」
「ガス……」

 ちょっと躊躇した。
 瑠珠に看病して貰うとして、彼女の前でオナラとか死ぬほど恥ずかしい事になり得る可能性と、まんまとやり過ごす可能性は、果たしてどちらが高いのか?
 何が何でもそんな状況は回避してやると思うが、不可抗力も視野に入れると、判定は五分五分。
 ならばこの美味しい状況を利用しない手はない。
 ニヤケそうなのを必死に取り繕って、神妙な顔で瑠珠を見た。

「瑠珠が来てくれるなら、ちゃんと規則正しい患者やる」
「瑠珠さんとお呼び。でも……うーん」
「お願い出来ないかな? 瑠珠ちゃん」
「瑠珠。やってあげなさいよ。そんなに長い間じゃないんだし」
「そうそう。瑠珠お願い」
「だから瑠珠さんでしょ!」
「瑠珠さ~ん」

 病人の悲壮感を全面に打ち出して、縋るような目で瑠珠を見る。
 根が人の良い瑠珠は、三人からお願いされたら嫌だと断り切れない。
 代わる代わる三人の顔を見、押し負けた彼女は観念して溜息を吐いた。

「…あーもお。分かったわよ」
「やった!」

 実はこの時、杏里には他の思惑もあった。
 黒珠情報に依ると、夏休みの終わり辺りから、瑠珠が同級生と付き合い始めたかも知れないような事を言っていたのだ。
 黒珠も瑠珠に確認したわけではないようなので、信憑性はいかばかりか分からないけど、彼の情報を無駄にする心算はない。災いの芽はさっさと摘んでおくに限る。

(絶対に邪魔してやる!)

 泣くに泣けないのはゴメンだ。



 結論から言うと、瑠珠に近付いて来た同級生の男は、彼氏未満で終わった。

 学校では黒珠がアシストしてくれていたらしく、『俺よりも近所のガキの方が大事なんだな』とあっさり身を引いて下さったそうだ。黒珠は『所詮その程度の男だったんだから、早く分かって良かったじゃん』と姉へのフォローも忘れない出来た弟である。
 後から黒珠と二人でほくそ笑んだとは、瑠珠も思うまい。

 そして喜ぶべき事は重なるもので、夏休み中に身長が劇的に伸びていた事実を入院中に知った。
 ガスを出すために手術の翌日から歩行を始めたのだけど、隣に瑠珠が並んで立った時に目線の高さが一緒で、しかもそれに気付いてくれたのは他でもない瑠珠で。

 自分の事の様に嬉しそうに言った瑠珠をチラリと見、澄ました顔して『今頃? 気付くの遅くない?』とか然も “だいぶ前から俺は知ってたけどね” 的な口振りで、格好つけて言ってみたけど、実は内心メチャクチャ嬉しくて、こっそり『っしゃーっ』と気合入れてた。

 男としてはまだまだチビだけど、着実に伸びている印象を与えられただけでも、モチベーションが全然違う。

(母さん。益子さん。本当に本当にありがとッ!!)

 “杏里の身長増長計画” に惜しみなく協力してくれた母と家政婦の顔を思い浮かべ、『足を向けて寝られないです』と心底から感謝した。

 そしてこの数か月後、杏里には永遠とも思われた氷河期が訪れることになる。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました

加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!

ドSでキュートな後輩においしくいただかれちゃいました!?

春音優月
恋愛
いつも失敗ばかりの美優は、少し前まで同じ部署だった四つ年下のドSな後輩のことが苦手だった。いつも辛辣なことばかり言われるし、なんだか完璧過ぎて隙がないし、後輩なのに美優よりも早く出世しそうだったから。 しかし、そんなドSな後輩が美優の仕事を手伝うために自宅にくることになり、さらにはずっと好きだったと告白されて———。 美優は彼のことを恋愛対象として見たことは一度もなかったはずなのに、意外とキュートな一面のある後輩になんだか絆されてしまって……? 2021.08.13

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

処理中です...