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1. 瑠珠 ~枯れ女に花を咲かせましょ

瑠珠 ⑬

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瑠珠の章 ラストです。
ちょっと長めですが、お付き合いくださいませ(=゚ω゚)ノ


**************************************

 
 ***


 婚姻届は辛うじて一発で書き上げ、杏里に引き摺られるようにして役所の休日窓口に提出して来た。
 正月という事も有り、処理されるのは業務日になってからだと言われたが、それでも満足そうに杏里が笑っているのを見たら、瑠珠の表情も緩んでいた。
 何だかんだと二の足を踏んだくせに、いざ届けを提出したら、すんなり受け入れている自分がいて、面倒臭い性格だと他人事の様に呆れた。



 変装も無意味なイケメンオーラを醸し出す杏里は、素知らぬ顔をして手を繋いでくる。家を出てからずっと、人目がヤバかろうと窘めて、瑠珠が手を振り解こうが、距離を置こうが、ポケットに手を隠そうが、一向に諦めず……。
 瑠珠はついに根負けした。

 タクシーの中でも嬉しそうに指を絡め、彼女の手の甲を擦っては、キスを落とす。その仕草が何とも卑猥で、妙な気分に抗う彼女を見透かしたような、意地悪い笑みを口角に浮かべる杏里の顔が、直視できない。
 視線を泳がせれば、ルームミラー越しに運転手と目が合った。ほんのり微笑まれたりしたら、もう恥ずかし過ぎて居た堪れず、俯いてじっと繋がれた手を見る。薬指に光るリングを、絡めた杏里の長い指がクルクルと回して遊んでいる。

 実はこの足で、結婚指輪を買いに行くと杏里が言い出し、テンポの早さに唖然としても無理な話ではないと思う。
 ダイヤのリングを貰ってから、まだ一か月も経っていないと言うのに、今度は結婚指輪ときた。この短期間で杏里は、指輪に一体幾ら使う気でいるのか。
 仮にも相手は未成年で、これ以上甘えるのは瑠珠の良心が痛む。

「ねえ杏里ぃ。指輪だけど、絶対に必要? 杏里、普段出来ないでしょ。そこまで形に拘らなくても良くなくない?」
「ダメ。男除けには絶対必要でしょ。ただでさえ地味婚なのに、指輪ケチりたくないんだけど」

 結婚をまだ公に出来ないので、杏里が卒業してからそのお祝いも兼ねて、身内だけで食事をすることになった。そのことを杏里は不満に思っているらしい。

「瑠珠がウェディングドレス着たとこ、見たかったのに」
「なに乙女みたいなこと言ってるのよ。そんな一回だけの為に馬鹿みたいにお金使うなら、もっと建設的なことに使った方が、絶対にいいって」

 瑠珠が力説すると、泣きそうな目で彼女を見、杏里が大仰な溜息を吐く。

「なんで俺の奥さん、枯れた発言ばかりするのかなぁ。憧れとかない訳?」
「ない」

 きっぱり言い切ると、杏里は見るからにしゅんとなって、嘆きの声が漏れて来る。
 正直言うと、以前は多少なりとも憧れはあった。
 恋人に裏切られてからの歳月が、瑠珠の価値観を変えた。

「だって考えても見てよ。枯れてると言われようが、結婚する気さらさらなかったのよ? なのに挨拶から婚姻届提出まで、二時間かかってないって、どうよ?」
「なんか問題ある?」

 キャップを目深に被り、伊達メガネを掛けて隣に並ぶ杏里を見上げると、彼は小首を傾げてニコリと笑う。

「……実感が湧かないって言うか、気持ちが追い着かないっていうか、さあ」

 どうせもう逃げられない、そう腹は括っていたけど。  
 結婚は、杏里が卒業して落ち着いてから、勝手にそう思っていた。

「いきなり今日から相沢ですって、違和感しかないんだけど」
「すぐ慣れるよ」
「休み明けに、会社に報告だってしないと……相手が杏里だってバレないように、人事にも手を回さないと」

 結婚相手の正体を隠さないといけないというのは、心にずっしりとしたものを感じさせる。杏里などは、結婚そのものを隠さなければいけない。本当は公にして瑠珠を自慢したい彼には、苦行のようなものだ。

「だから何? 瑠珠は結婚したこと、後悔してるの?」

 目を三角にして杏里に見られ、慌てて否定した。

「ち、がう。後悔してないけど」
「けど?」
「幾らなんでも今日の今日は、急ぎ過ぎだって、思っちゃう。あ、解ってるんだよ。あたしの為だってのは」

 杏里は重い溜息を吐いて、瑠珠の指輪にキスをする。

「因果な商売でごめんな」
「それを今更言う?」
「それでも瑠珠と結婚したかったし、出来て良かった。かなり押せ押せで自己チューだったと思うけど」
「自覚はあったんだ?」

 くすり笑うと、杏里は耳まで真っ赤になって、反対側に顔を背ける。

「ガキだなって、自分でも思ってるから、もう何も言わないで」

 不貞腐れた物言いが可愛くて、つい杏里の後頭部を撫で撫でする。
 人はどうして愛おしいと思うと、頭を撫でたくなるのだろう。
 ささやかな幸せに口元が綻ぶ。なのに彼女の手首を掴んで振り返った彼に、キッと睨まれた。

「またそうやって、年下扱いする」
「実際年下でしょ。けど、もうただの年下扱いじゃないんだから、ちょっとくらい許してよ。杏里の後頭部、形良いから好きなのよ」

 照れ隠しに、言い訳めいた言葉を付け足したものの、ベッドで杏里の頭を抱き締める光景を思い出してしまった。
 勝手にアワアワと見悶え、頬に熱を感じて俯けば、嬉しそうに微笑んだ杏里の親指が、彼女の頬を優しく撫で、そっと耳元に唇を寄せて囁いた。

「タクシーの中じゃなかったら、間違いなく押し倒してるのに」

 ぶわっと全身の血が沸き上がった。
 あっという間に真っ赤に染まる瑠珠を見て、「可愛すぎてツライ」と杏里が抱きついてくる。気になってルームミラーに目を遣ると、色んな客を見慣れた運転手は、目元に微かな笑みを浮かべるも、平静を装っていた。



 抱きついた杏里が離れないまま、車は指定した場所に停まった。
 一見、ただの洋館のような建物の前に降り立ち、瑠珠は首を捻る。杏里は指輪を買いに行くと言っていたのに、どう見てもジュエリーショップとは思えない佇まいで、当然看板らしきものもない。

「杏里…ここ?」
「そお。母さんの友人のショップ兼、工房兼、自宅」
「ショップには見えないんですけど」

 工房にも見えない。
 しかも杏花の友人ともなれば、お安いものでも瑠珠の一ヶ月分の給料が飛びそうな予感しかしない。
 完全に引け腰になっている瑠珠の手を引き、石の階段を三段上がる。杏里はノッカーを三回鳴らし、扉が開かれるのを待った。

 彫刻が施された重厚な扉が中から押し開かれ、眼鏡をかけた優しげな面立ちをした女性が顔を覗かせて、来訪者を確認すると、ふわっと綻ぶように微笑んだ。

「杏里くん。いらっしゃい」
「どうも。夕夏さん。辰樹さんは?」
「工房に居たわよ。…彼女が、奥さん?」
「そう。可愛いでしょ?」

 瑠珠の肩に腕を回して引き寄せると、恥ずかし気もなく頭頂にキスをする。瑠珠が「ちょっとーっ」とあたふたするのを見て、夕夏は「ホントね」とクスクス笑い、二人を招き入れた。
 広いエントランスホールをそのまま店舗にした室内は、アンティークを基調にしていて、ホッとさせる。

 案内されたテーブルに腰掛け、瑠珠は辺りを見渡した。
 飴色に艶めく丸テーブルが三卓、椅子が各テーブルに三脚ずつ。
 ショーケースも三台。
 気付けばそこかしこに三が溢れている。

(そう言えば、階段も三段だったし、ノックも三回だったような……?)

 オーナーのこだわりだろうか?
 奇妙さを覚える空間に、瑠珠がワクワクした面持ちで見回しているのを、杏里が口元を綻ばせて眺めている。
 暫くすると、お茶を運んで来た夕夏と一緒に、五十代前半と思われる少し神経質そうな男性が入って来た。白のシャツに黒いスラックスを穿いた彼が、「いらっしゃい」と杏里に手を挙げ、そのままショーケースに向かう。紅茶を出されて会釈している所に、ジュエリートレイを片手に男性がやって来た。

「いらっしゃいませ。オーナーの池端です」

 トレイをテーブルに置いて、名刺を差し出す。瑠珠は両手で受け取って名前を確認し、屋号を見て納得してしまう。
 Trinity三位一体 オーナーデザイナー池端辰樹、と書いてある。どうやら彼は徹底的にこだわる性格のようだ。
 辰樹に微笑みながら「金子です」と挨拶すると、隣から「相沢でしょ」とツッコミが入った。厳密に言ったらまだ “金子” なんだけどと、反論しようかとも思ったが、辰樹と夕夏が見ている前で、口喧嘩もないだろう。

「相沢…瑠珠です」

 面映ゆく感じながらチラリと杏里を見て言い直すと、夕夏がクスクス笑う。

「瑠珠ちゃんの名前って、ラピスラズリから取ってるんですって? 以前杏里くんから聞いたけど」
「あ、そうなんです。母の一存で。単純に誕生石なんですけど」

 因みに黒珠はオニキスで、真珠はパールだ。

「素敵な名前ね」

 こそばゆさを感じながら「有難うございます」とお礼を言っていると、空いていた席に腰掛けた辰樹が、「どう?」とジュエリートレイをテーブルの中央にスッと滑らせた。瑠珠はその動きに合わせて視線を移動させ、目を瞬く。
 黒いスウェードのトレイには、リングが二つ。

「さすが辰樹さん。イメージ通りだよ」

 杏里は指輪を手にすると、しっかり確認して大きく頷いている。
 呆気に取られている瑠珠の左手を取ると、杏里が得意満面で彼女の指に嵌めた。  
 ピンクゴールドとプラチナのバイカラーの指輪をマジマジと見、ゆっくり顔を上げて杏里を見る。

「え……なんで? 買いに行くって……え?」
「頼んでた。三か月掛るってのを無理言って、二か月で仕上げて貰った」

 そう言って杏里が辰樹を見ると、辰樹は肩を竦めて「杏里だからな」と苦笑する。杏里の頼みだから、早急に仕上げたらしい指輪にもう一度目を落とした。
 少し幅広の、左右の色が違う翼が指を包む。
 銀色の翼の風切り羽は金色で、それは次第に形状を変え、二色が交差して絡まり合い、金色の翼に銀色の風切り羽へ変わっていた。

「比翼連理のイメージで俺がデザイン描いて、辰樹さんに修正加えて貰いながら作って貰ったんだ」
「へぇ……そう、なんだ?」

 こう言っては何だけど、ちょっと意外な言葉だった。
 杏里がデザインしたと言うのもそうだけれど、女子なら言葉の意味に憧れを持つことも理解できる。けど、男子高校生が興味を惹かれる言葉ではないように思えた。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                    
 互いの存在がないと飛べない架空の鳥。

「じゃあ交差して絡まってるのが、連理?」

 交差する二本を指でそっと辿り、口元に笑みを這わせる。
 元々は別の木だったものが、いつしか絡まり合い離れられなくなった樹木。

「そうだよ。さすが瑠珠。わかってるね」

 口角をきゅっと上げて微笑むと、もう一つの指輪を瑠珠の掌に乗せ、「嵌めて」と左手を彼女に差し出した。瑠珠が請われるまま指輪を嵌めると、頬を微かに染めた杏里が潤んだ目で彼女を見、両手をぎゅっと握り込む。

「この指輪みたいに、ずっと一緒にいて下さい」

 真摯な眼差しに戸惑いながら、辰樹と夕夏をチラチラ見てると、杏里に手を引っ張られて、何度も「ねっ?」と同意を求められた。
 辰樹と夕夏は微笑まし気に二人を見ている。
 人前でも変わらずに愛情表現してくる杏里を恨めしく見遣り、首まで真っ赤になった瑠珠が消え入りそうな声で「はい」と頷く。途端、杏里の胸に引き寄せられ、髪がぐちゃぐちゃになる程の頬擦りを受けた彼女は、解放された時にはかなりの疲労を覚えたのだった。



 何故、比翼連理だったのか。
 その疑問はあっさり解決した。
 杏花がその昔、出演した映画のタイトルに興味を持った杏里が調べ、ずっと頭に残っていたそうだ。それをデザインに起こして、細かいディテールは辰樹に任せたらしい。

 紅茶を飲みながら、そんな裏話で談笑していたら、何かを考え込んだような杏里の視線を手に感じ、瑠珠も薬指に視線を落とす。「どうしたの?」と彼の顔を覗き込めば、杏里は不意に自分の指輪を外し、瑠珠の左手の親指に嵌めてサイズの確認をし、次に彼女の薬指から指輪を外して、自分の小指に嵌める。そこでもまたサイズを確認した彼は、「いけるな」と悪戯っ子の笑みを浮かべた。

「何が?」
「あ~うん。二人一緒の時は薬指に嵌めて、お互い仕事の時は今みたいに交換して着けよう。そしたらずっと外さなくても良いかなって、思ってさ」

 そう言われて、杏里の小指と自分の親指を見る。サイズ的には違和感はないけど。

「え、でも。サムリングってしたことないから、変な感じ」
「すぐ慣れるって」
「またそれぇ」
「いいじゃん。ねっ? そうしよ? 仕事中も瑠珠と一緒に居るみたいで、きっと頑張れると思うんだよね」

 いちいち面倒臭いと渋っていると、杏里のお願いポーズに脳殺された。
 胸元で指を組み、瞳をウルウルさせた上目遣いで見られたら、瑠珠に否の選択肢はない。確信犯だと分かっているのに、可愛さのあまり、杏里の頭を掻い繰り回したい衝動に駆られ、ムズムズと動き出しそうな手を必死に抑えつける。

「わ……わかったわよ」
「ホントに? やった」

 破顔して抱き着く杏里に苦笑すると、彼の心の声が漏れ聞こえた。
 右眉がピクッと動き、半眼になった瑠珠が横目に杏里を見据える。

「…今ちょろいって言った」
「いや。気のせい」
「じゃないよね?」

 離れるタイミングを失った杏里の両耳を引っ張ると、痛いと喚きながら離れた。無理に瑠珠の手を離そうとすれば却って痛い事に気付き、諦めた杏里は涙目で「ちょろい瑠珠も大好きだから」と全く反省の色が見えない。見えないのだけど、そんな杏里もやっぱり可愛いくて、どこか本気で怒れない自分に、瑠珠は心中で溜息を漏らす。

(ホントあたしって、年下あんりに弱い)

 長女の悲しい習性を嘆き、杏里の耳から手を離す。痛かったとぼやき、杏里は赤くなった耳を撫でていた。

「ぶっ」

 突如、空気が漏れた音がして振り返った。すると口を押えた辰樹が真っ赤な顔で打ち震え、その傍らで夕夏が何とも言い難い笑みを浮かべていた。



 杏里が『なに?』と不機嫌に言うと、辰樹は破裂したような笑いに襲われ、治まったのは優に十分も経った頃だろうか。
 テーブルに額を預け、「お腹痛い」と呟いた。
 十分以上も爆笑していたら無理もない。
 辰樹が復活するまで数分。笑い涙を掌で拭い、優しく慈しむ眼差しで杏里を見た。

「変われば変わるもんだな」
「うるさい」

 上目遣いで辰樹を見、拗ねる杏里。
 そんな杏里を愛おしそうに見ていた辰樹が、瑠珠に視線を移す。

「杏花さん、未婚で杏里産んで、その後も二回とも結婚に失敗したでしょ。コイツ自身も赤ん坊の時から仕事していたし、そのせいか妙にヒネた子供らしくない子供でねぇ」
「確かに」

 瑠珠がうんうんと頷く。
 初めて会った時、ちょっと絡み辛い子だと思った記憶がある。瑠珠が女の子と間違えたから、尚の事だ。

「可愛い顔してるのに、ツンツンした残念な子だなぁとは思いました」
「でしょ」
「何二人で俺ディスってんの?」

 ぶすっくれた顔で瑠珠の首を引き寄せ、辰樹に威嚇の眼差しを向ける。そんな杏里を軽く往なし、辰樹は言を継ぐ。

「数年振りに連絡寄越したと思ったら、“俺、結婚するから指輪作って” と来た。杏花さん、自分のせいで杏里が人を好きになれなかったらって、気に病んでいた頃もあったからね。結婚報告聞いて、俺たちも凄く嬉しかった」

 辰樹は隣に座る夕夏を振り返って「な?」と微笑み、彼女も頷いて二人に微笑む。

「まさかこんなに早く結婚するとは、思ってなかったけど」
「狙ってる奴いたから、急がないとヤバいじゃん。瑠珠は俺が幸せにするんだよ。で、俺も幸せにして貰う。もうこれ決定だから」

 首にしがみ付いた杏里に「わかった?」と甘い声で言われ、こんな時なのにゾクゾクしてしまう。耳元でクスクス笑って、熱い息を吹き掛けられたら、この野郎と悪態つきつつお腹の奥がキュンキュンして、眉を寄せ「わかってるよぉ」と、ふにゃっと泣きそうな目で彼を見た。
 杏里はしばし天井を仰ぎ、すくっと立ち上がる。

「可愛過ぎて色々ヤバいから帰る」
「お、そうか。家に着くまで理性保てよ?」
「ここで足止め食ったら、その限りじゃなくなる」

 慌てて帰り支度を始める杏里に立たされ、展開に着いて行けない瑠珠の脳が、二人の会話をぼんやり反芻した。
 途端に顔が燃えるように熱くなる。
 羞恥にぷるぷる震える瑠珠の手を引き、杏里が玄関に向かう。二人の背中を辰樹が呼び止めた。

「瑠珠さん。杏里を宜しくお願いします」

 至極真面目な面持ちの辰樹を見返し、杏里と目配せする。
 瑠珠は杏里の手をそっと握り返し、「もちろんです」と破顔した。



 家に着くなり、杏里は瑠珠を抱き上げて寝室に直行した。
 獣の様にお互いを貪り合い、情欲に塗れた交歓。
 幾度となく吐き出された熱い精を受け止め、これまでとは違う感情に瑠珠の唇が綻んだ。
 胸の奥が、ほっこりして温かい。
 本当の意味で、杏里をきちんと受け入れられたことが、こんなにも嬉しいものだと思っていなかった。
 何に対して、自分は虚勢を張っていたのだろうか?
 とても単純なことだったのに。
 瑠珠は、項垂れて呼吸を整える杏里の頬に手を添える。少し苦しそうに眉を顰め、それでも微笑んでくれる杏里を愛おしいと思う。
 一人の男性として。

「杏里……好きよ。大好き」

 恐らく、彼にちゃんと告白したのは初めてだ。    
 杏里はきょとんと彼女を眺め下ろし、「え? 聞き違い?」と訝し気な目をしている。
 そんなに意表を突くことなんだろうかと、少しばかり複雑な気持ちになった。
 瑠珠は気を取り直し、頬を挟み込んだままの杏里を見る。

「よーく聞きなさい。大好きよ、杏里」
「……る…み」
「浮気は絶対に許さない。一回でもしたら、問答無用で離婚します。いいわね?」
「絶対にしない! 俺がそんな事するはずないだろッ!! むちゃくちゃ愛してんのにッ。大事にする。二人で幸せになろうね?」

 そう言って唇を啄み、見つめ合ってどちらからともなく微笑む。

 きっとこれからも紆余曲折あるのだろう。
 もしかしたら、お互い結婚するんじゃなかったと思う瞬間もあるかも知れない。
 その時は、比翼連理の指輪を見て、今の自分を振り返ろう。
 頑なな心を解してくれたこの愛しき人と、歩むことを決めた自分は間違いなく幸せなのだから。



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