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第二部 擾乱のパニエンスラ

32.赤と緑の成らず者

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 「おい、どうなってやがる狸爺。なんもねぇじゃねぇか?」
 「じゃ……な、フォックス。さて、どうしたもんかの……」


 黒のフードを捲し上げ、炎のように赤く染めた髪を梳く、フェアフォクス・フランメロート。
 深緑に溶け込むローブから溢れ出る腹を擦り、甲で腰を叩く、ヴァルト・マルダフント。


 ロートグリーュンと呼ばれるペアのシニアは、PKパーティーとして知られ恐れられていた。
容姿から《夜狐》《猛狸》と渾名された2人は、報酬次第でどんな依頼でも受けたという。


 そんな彼等が白銀海崖に赴いた理由も、単に依頼主からの指示だった。


 「何やら……争った形跡はあるのう。散らばっとる木片は……荷馬車のもんじゃろ」
 「でけぇ羽が何枚か落ちてんな。岩鳥にでも襲われたってか。手間は省けたが調子狂うぜ」


 フォックスと呼んだ相棒の言葉を裏付ようと周囲を見渡すヴァルトは、よいせ、としゃがむ。

 「やぁ、こりゃ逃げおおせたかもしれんぞぃ。残骸はそこらに転がっとるが、血痕が少ない。
結構な人数の隊商じゃったはずじゃぞ? 死体はともかく痕跡が無さすぎじゃ」

 「流石は元検死屋ってか? 昔取ったなんとやらだなぁ?」
 「そういうお前さんは回収屋じゃろうて。昔の話はせん約束じゃろ」



 「昔話に花を咲かせるような場所じゃねぇな。つーかどうすんだこれ。フェイルか?」
 「アセスなんぞ気にせんが、収入が減るのは困るのう……儂らも喰ってかにゃならん」

 「いざとなりゃその辺の戦人でも襲やぁ良いだろ。生真面目過ぎんだよ爺は」
 「約束じゃろ。吐いた言葉だけは何が何でも守る、それがお前さんの良い所じゃて」


 一見真逆、容姿も歳も離れている2人がペアを組んだ理由は、今でも謎に包まれている。



 しかし事実として夜狐は猛狸の言葉には素直に従い、粗略には扱わなかったと言われていた。
後に運命的な出会いを果たすまで、ヴァルトはパートナーでストッパーだった事には違いない。
更に言えば身内以外への情は一切持って居ない、それがフォックスという男だった。


 「仕方ないのう。後はガリバル隧道で仲介人の処理じゃったが、このまま報告か継続か……
どっちも一長一短じゃのう、どうしたもんか」
 「悩むこたねぇだろ。戻ろうぜ」

 「……ほう? 何か理由はあるのかの?」
 「女切れってやつだ。言わせんなよ」

 ニヤッと口角を上げるフォックスに苦笑いで返し、抜け道に出る狭路へ向かった。



   ***



 「ふざけてるのか! お前らに依頼したのは《荷》の処理! それには護衛も含んでいる!
どの面下げて戻って来たというんだ!! ヴァルト! お前が付いて居ながら!!」

 「す、すまんのぅ、商会長。現地まで行ったんじゃが影も形も無ぉて、どうしたもんかと」

 「そんな事は聞いていない! どう落とし前を付けるのかを聞いている! フェリッ――」
 激昂する男――ピレモー・ロトリーの胸倉を捻り上げて、靴底を宙に浮かせたフォックスは、
頭を上げ下げする相棒を横目に、面倒臭そうに眼前の眼鏡を指で弾き飛ばす。


 「おいてめぇ、誰に向かって言ってんだコラ? 捻り潰すぞ? 良いよな? 狸爺」
 「ば、バカ、良い訳ないだろ! は、はよ、お、降ろさんか、はよぅ!」

 「んだよ、獲物が消えてイラついてんのはこっちだろーが。どう落とし前付けるってんだ」


 「と、とにかく! ステイ! ステイだぁフォックス! 落ち着けぃ!」
 パッと開いた拳から滑り落ちたピレモーは盛大に尻餅を付いて、奇声を上げた。


 「な、なんなんだ貴様等……! 依頼も碌に果たせんのか、口ほどにも無――ひぃ」
 へたりながら悪態を付くピレモーは、霞んだ視界に見える《振り上げた拳》に怯え後ずさる。

 
 ズリズリと引きずられた尻が、追い詰められ壁際に達する時――突然ドアが開いた。
 「んっ ぐお! っくぅ……」


 「おや? ロトリー卿、どうしたんですか、そんなところにうずくまって」
 木の扉でピレモ―の腰を殴打した青年は、付き添いの女性を下がらせ室内へと入った。


 「ふぇ、ふぇふぇ、ふぇ、フェリックス様! きょ、きょきょ今日は、い、如何様で!?」

 「依頼の進捗を確認に来ただけなんですが……お取込み中のようですね」


 「そ、それなんですが! い、今しがた報告に戻った二人の話で……は……」

 笑顔を崩さないフェリックスと口元が引きつるピレモー、不安そうに見守るヴァルト――と、
興味無さそうに足裏で眼鏡を踏み曲げるフォックス。緊張が走る室内に爽やかな声が流れる。 

 「失敗しましたか。まぁそう言う日もありますよ、何事も不測の事態を想定しませんと」

 「は、はぁ……誠に申し訳御座いません! し、しかしこやつら、ガリバルへも向かわずに
引き返したようで……そちらの依頼もこなせず、何とお詫びして良いやら……」


 「機会はまた巡って来ますよ。貸し一つってことで。それに丁度良かった、とも言えます。
彼等には私から直接依頼をしたい別の仕事があるんですが、構いませんか?」

 「わ、私は構いませんが……お前ら、それで良いな!? フェリックス様の御慈悲だぞ!」
 「は、はぁ。勿論儂は構やしませんが……フォックス、お主はどうじゃ?」


 優男とも見えるギルド長を下から上まで値踏みするフォックスに向かって、一歩踏み出して
手を差し出すフェリックス。一瞬意表を突かれた表情をしたフォックスは握り返して笑う。

 「アンタ……話が分かんじゃねぇか、気に行ったぜ」

 「君があの有名な《夜狐》ですか……良い目をしてますね。クローヴィス殿の言う通りだ」

 「……!? アンタ、あの人とどういう関係だ?」
 「まぁ古い知人とでも言っておきましょうか。私は貴方の敵ではない事だけは確かですよ」

 「……そうみてぇだな。良いぜ狸爺、受けようぜ依頼。報酬は弾んでくれるんだろうな?」


 「バ――おま! バカ!! 依頼も満足に果たせなかった癖に、どの口で――」
 意気って立ち上がろうとするピレモーを制止して、フェリックスは握った手をスルっと離す。

 「良いですよ。少し面倒で危険を伴う依頼ですので、報酬は期待して頂いて結構です」
 ハハッと声を上げるフォックスと、ふぅと重い息を吐くヴァルトに示された依頼――


 《ターニュ半島、廃砦への配送依頼》


 「貴方達にはコレを運んで頂きます」

 「なんだこの箱は? これを届ければ良いだけってか? そんなんで良いのか?」
 「そう簡単でも無いですよ? ターニュは高レベル帯スポットですし、砦周辺は安全ですが
道中がそれなりに危険です。それにこれは隠密行動ですので、人に見つかった場合――」


 「処理、だろ? 心配すんな。それこそが俺等の本業だっつの。知ってんだろ」
 「まぁその点では信用していますが、ともかく配送、これだけは失敗しないでくださいね? 
その箱の中身は文字通り今後にとっての《鍵》なので。当然報酬額はリスクと見合ってます」

 「あん? どこかの鍵なのか?」
 「……いえいえ、大事な物って意味ですよ。封をしてありますので開けないでくださいね」

 「別に中身に興味はねぇよ。ほれ狸爺、アンタ持っといてくれ。俺だと失くしちまう」
 「そうじゃの……お前さんじゃ不安じゃ。よかろう、儂が預かっとこう」

 「それでは、頼みましたよ。報告は間違っても王都ではしないでください――」


 《これは裏仕事ですので》そう続けたフェリックスの表情には何の意図も見えなかった。


 しかし言葉の通り、この小さな箱が後に重要な《鍵》となる事を、今は誰も気づけなかった。
この場に居る全員の行く先を、大きく左右する転換点である――この依頼の真意を。



   ***



 王都中央ギルドの地下会員ラウンジに、グランドマスターであるエドガー・アークライトと、
元相棒で狩人ギルドモノケロスアイベックスのギルドマスターである、ウルシュ・シルハヴィ。
そしてベーレン領主で護民官でもあるロータル・ベーレンスが、
この日の夕刻、一堂に会していたのは偶然だったようだ。

そして限られた者しか入れない部屋に駆け込んで来た女性が持ち込んだ緊急依頼が――


 《ターニュ半島、廃砦での捜索依頼》


 「どうしたドイエン卿? 随分見違えたな。そんなに慌てて何かあったのか?」



 重く押し開かれた扉に一斉に注がれた視線、その先で息を切らせ膝に両手を付いて居たのは、
法務官であるマルセル・ドイエンだった。

 グレーのボブ裾から滴る汗が頬を伝い口元を濡らす。それを煩わしく手の甲で拭き払った。

 「……はぁはぁ。す、すみません、私用で出かけ……いえ、依頼をお願いしたいのです!」
 「依頼? 受付に行けばいいだろ。上にシェーラ居なかったか?」

 「まぁ師匠、嬢がこんな格好で来るくらいだから理由があるんでしょ。どうしたんだい?」
 ソリが合わないロータルの配慮に複雑そうな顔をしたマルセルは、
軽く頷くウルシュを見て、意を決して浅い胸元からしんなりとヘタった封書を取り出した。


 「そ、それが……実家からの文が届きまして。内容が内容でしたので公に依頼を出せず……
弟……ターニュ領主ペイロアが半島の廃砦に赴いたまま、戻って来ていないと」

 「砦? ブラティフォートか? 確かあそこはお前さんの……」

 「はい、アークライト卿。今はターニュ砦ですが、私の父と兄が幽閉されている所です」


 「政変の時からでした? 詳しくは知りませんが、師匠は何かご存じなんすか?」
 「……俺も知らねぇな。あの頃は領地に居たからな。先代が失脚して次男が継いだとか」

 「はい……それが弟、ペイロアです。父と兄は……減刑されて廃砦での禁固で済みました」
 「よく分からないな……罪状は国家反逆だったと聞いてるが、何で減刑されたんだ?」
 初めて口を開いたウルシュの言葉に、マルセルは咄嗟に返す事が出来ずに俯く。

 何かを察してかウルシュは軽く右手を上げ、弓を手に席を立った。
 「まぁ、良いだろう。私が行――」
 「――待って、ウル。えーっと、俺が行くよ」

 銀の矢が放たれようとした、その時、何かを考えていたロータル咄嗟にが呼び止めた。


 「ロタが? 面倒臭がりの君が急にどうしたんだ?」
 「失礼だな、ウル。いやまぁ今丁度フィーネもクレシェも居ないから、割と自由なんだよね。
ソロ依頼とか久々で面白そうだし、たまには行ってみるのもいいかなーってさ」

 「おいおい、流石にターニュ半島のソロ探索は俺が許可しないぞ。ってもウル、
お前は他にやる事あんだろ。アッチの捜索はどうなってんだ?
そもそもお前が一番ご執心だったろうが」 

 「……見つからないから。ターニュとかに居ないかなと」
 「居る訳ねぇだろ。お前の報告聞く限り北の区外か東のオクシテーヌに向かったと思うぞ?
どうもコソコソ動いてるみてぇだし、中央から王都に戻って来るとは考えにくいな」
 ウーンと考え込むウルシュを諭すエドガーを、不安そうにマルセルが眺める。


 「あの……何の話でしょうか?」
 「ああ、気にすんな。で、ロタ、お前が行けんのか? マルセルは道案内に付けられんぞ」

 「大丈夫っすよ。行った事は無いですが、広く無いですし、大体の場所は知ってますんで」
 フンと鼻息で了承したエドガーは、巨躯を起こすとおもむろに扉へと向かう。

 「エド、どこへ? まだ話の途中ですが?」
 「流石にコイツ一人では行かせられんからな。同行者を集めてくんだよ」

 「し、師匠、大丈夫ですって。俺の実力は知ってんでしょ?」
 「お前の実力は知ってるが、お前の職の重要性も知ってんだよ。本来なら行かせねえしな。
ただ、今回の依頼は特殊過ぎる。国家依頼で出すのも……ちょっと憚られるからな」

 「えーっと……上にはあげないって事っすかね?」
 「そうだな……女王に負担を掛けたくないってのもあるが、状況が良く分からん」

 「そっすね。まずは偵察、情報収集が先っしょ? だから余り人数が増えると……」
 「ふむ……一利あるな。解った、ペアで行けるようにしてやる。ちょっと待ってろ」


 「あ! ちょ、師匠! 待っ」
 バーンと開け放ったドアがわんわんと撓みながら閉まり、室内は静寂に包まれた。


 「……ああなったらエドは聞かないから。まぁ……相手は分からないけど頑張って」
 「良く分からない人とペアとか逆に面倒なんだけどなぁ……参ったな」

 「あの……すみません。何か余計に大変な事になったみたいですね」
 「ああ、マルセル嬢。依頼自体は別に良いんだけどね、誰かが行かなきゃなんないから……
単に慣れないパーティーが億劫なだけなんだよ。普段からお付きとしか組まないしね」



  そしてロータルに同行する事となる戦人が、この依頼の結末を大きく動かす事になる。
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