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第一部 揺動のレジナテリス
戦史4 カタランパーク調査 JAC,33rd,AD121
しおりを挟む「――おいおい、お前ら止めとけ、無茶すんな。頭下げろ」
振り向いたメラニーの視界に入った男は、しゃがんで手を上下に振り合図した。
それを見たキタロとケーシは思わず膝を付いて、藪に身を隠す。
「あ、アンタ……なんでこんな所に――むぎゅ」
棒立ちので立ちすくむメリーの頭を掴んで引き倒した男は、巣を見ながら囁いた。
「しゃがめってんだろ……アイツら目は弱いが、触覚で感知すっから動きには敏感なんだよ。
チョロチョロしてたらすぐに見つかるぞ」
「は、離せ ばかぁ……! こんっの女ったらし!!」
ライトグリーンの頭の上に添えられた手を振り払って睨むメリーに、
男は怪訝そうな顔を二度向けて、首を傾げる。
「……どっかで会ったか? んな事より、こんな所まで何しに来た?
どう見てもパーティーには見えな――」
「――どうしたよアニキィ! いきなり走ったと思やぁよ!」
突然現れたドレッド頭の青年は、メリーが女タラシと呼んだ男の慌てた仕草を受けて伏せる。
全員の視界に鎮座する巨大なキングビーの巣から、直接には見えない位置に5人が座り込む、
という謎の状況が完成していた。
「ああ、悪ぃなグレイ。コイツ等が無謀な特攻をしでかしそうなのが見えたんでな、
急いで駆け付けたんだが……あの巣にボムを放り投げようとしてたんだぞ」
「はぁぁ?? アホじゃねぇかそいつら」
「アホとはなんじゃ小僧! 他に手は無いじゃろうが!」
「ちょっ、キタロさん落ち着いて! 見つかる見つかる!」
激昂して立ち上がらんとするキタロを、ケーシはテイマーのようになだめて座らせる。
「巣を吹っ飛ばしたら蜜蝋がオジャンだろうが! ちったぁ考えろジジイ!」
「グレイ、落ち着け。俺等とは違って討伐依頼ってだけだろ。
そもそも先にここに居たのはコイツ等だ、優先権はそっちにあるってもんだ」
「け、けどよ……そんならアニキが向こうに渡れねぇだろうが」
「しゃーねぇよ、遅れたもん負けだ。まぁアレがテイム出来るかどうかも分かんないしな。
なんか他の道を探すか……グレイには無駄足させてすまねぇが」
「キングビーですか? テイム出来ますよ。僕はそれを――」
「――うるさい!!! 私の話を聞け!!!」
ケーシの言葉に二人が反応を示した瞬間、積もり積もったメリーの感情がまさに炸裂した。
***
「で、結局アンタ等はキングビーの蜜蝋目当てでここに来たって訳?」
「そうだが……君は誰だ? 何か俺の事も知ってる風だったが」
「うるさい、黙れ。で、そっちのドレッドもそれについて来たのよね?」
「あん? 蜜蝋は元々俺の目的だっつの。ヴィーノの兄貴はもしアレがテイム出来んなら、
レネ川を渡るのに使いたいってだけだ」
「ヴィーノ? アンタまだ……まぁどうでもいいわ。それでケーシ、アレはテイム出来るの?
出来たとしてマウント出来るの?」
「出来ますよ……僕が以前見たのは、小さい女の子が背中に乗ってる姿ですから」
「女の子ってのは……アレ……?」
語尾が緩くなったメリーの指し示す先にケーシが目を向けると、近づく羽音と共に巨大な蜂、
そしてその上に跨っている女の子が迫ってきているのが見える。
ヴヴヴっと振動か唸声か分からない音が大きく、やがて少しづつ小さく、聞こえなくなると
蜂は地に降り立ち、女の子が背からピョンと飛び降りた。
「おじさんたち、なにしてるの?」
「き、君は……誰だ?」
明らかに幼年期に見える少女は、質素だが大き目の一枚布のチュニックだけを身にまとって、
蜂の横腹に小さな手を添えたまま、対するメリーに答える。
「あたしコマル。みんながこわがってたから、おにーちゃんといっしょにきたの」
「……お兄ちゃん?」
「あたしのおにいちゃん」
コマルが黒光る体毛を擦ると、大蜂は愛撫に合わせ嬉しそうに低く唸る。
その姿を凝視したキタロは目を見開いて少女に詰め寄った。
「お、お主、そ、そいつはキングビーじゃぞ! 毒針を持つ凶悪な害獣じゃ!」
「きょうあく? おじさん、なにをいってるの?」
「じゃ、じゃから、お主の横におるそいつは!」
「まぁ待て爺さん、さっきその子が『お兄ちゃん』って言ってたろ。雄の蜂に毒針は無い。
なんでオスが外に出てんのかは分からねぇが、とりあえず大丈夫だ」
そういって興味深そうに監察するヴィーノを鬱陶しそうに一瞥して、メリーが続けた。
「ふぅ、コマル……だったか、君はなぜその蜂……お兄ちゃんと一緒なんだ?」
メリーの言葉に俯いたコマルは何かを堪え、唇から絞り出す。
「……あたし、すてられたから」
「捨て……住んでた場所は覚えているのか?」
「……しらない。おおきな川のそば」
言葉を失う4人に構わず大きな戦斧をドンっと突き立て、ドレッド頭が語気を上げた。
「んなこたぁどうでもいい! そいつは大人を乗せて飛べんのか!?」
「ひっ」
巨大蜂の後ろに隠れるコマルを護るように、無機質な複眼がグレイドルに向け凝視する。
突き立てた戦斧と、小ぶりながらもギチギチと蠢く鋭利な顎が一触即発になりかけた空気を、
ヴァンが胸元から出した物で弛緩させる。
「ほーら最後の一本だグレイ。味わって吸っとけよ?」
「へほよぉ……すぅぅぅう」
でもよぉの後を忘れたグレイドルは紫煙を薫らせながら、怒りや焦りをあっさり収束させる。
出会って数日の間柄だが、熟練ペアの連携を彷彿とさせた。
「ったく……お前はその気性さえ何とかなりゃ、Aランクに上がれる力は充分あるんだがな。
相棒と燻ぶってんのも原因はそこだぞ?」
「ふぅぅぅ、だからこんなとこまでついて来たんじゃねぇか。これさえありゃ俺は無敵だぜ?
それにアニキの目的の為にも何とかしなきゃいけねーんじゃねぇのか?」
「……ただの薬用でそこまで効くかね? プラシーボか??」
まぁいい、で締めくくった栗毛男は仲間の警戒を解かせて、両手を広げ蜂の前に身を晒した。
成人男性よりも大きい蜂は、並みの人間なら軽挙に走っても仕方ない。
むしろヴィーノではなく後ろでやり取りを見守っていた他の3人の方が圧倒され言葉を失っていた。
「すまねぇなぁ嬢ちゃん、脅かす気は無かったんだが……俺達は幾つか確認するために来た。
まぁ思惑通りだった時は、ちょっとしたお願いをするつもりなんだが」
少しの静寂の後で切り出したヴァンの、腰に下がるロングソードを見つめるコマルに反応し、
ヴァンは即座に留め具を外して後ろも見ずに放り投げた。空中で鞘から逃げたソレが――
「――ちょ!! 危っ!!」
メリーの真横に突き立つまで待ってから蜂は威嚇音を発するのを止めて、羽を閉じた。
コマルの口から語られた話は他の者には理解出来なかったが、
ヴィーノは複雑そうな表情で目蓋を閉じ、薄闇の中から探すように記憶を掘り起こしていた。
「なるほど……話を聞く限り、コマルは多分渓谷の対岸にあるダウンビレッジの子だろう。
あっちは南エスパニに入るが、レネ洞の裏にある小さな町だ」
そういって進行を引き取ったメリーは倒木に腰をかけて、
自らの膝の上で足をブラブラとさせているコマルの後ろ頭に鼻を擦りつける。
「じゃがこの辺は橋も無いし川は断崖じゃぞ? どうやって来たんじゃ」
「キタロさん、聞いてなかったんですか? きっとキングビーで渡って来たんですよ」
「んな訳ないじゃ……ろ? なぁ姉ちゃん……」
俄かに信じられないキタロにとっても、まさに先程自らの目で確認したコマルの姿を思えば、
語尾は怪しくならざるを得なかった。
「あのね、ハンターは目に見えない物も追わなきゃいけないの。見た事すら信じられなきゃ
獲物をどうやって追うのよ。まぁ残念だけど受けた依頼は『フェイル』ね」
「ま、待つんじゃ、あんなデカい巣を放っておくのか? テイムが出来る事は分かったが、
危険であることにゃなんら変わりないじゃろ! 村を襲ったらどうするんじゃ!」
「ならどうすんの? 現に目の前にいるけど襲われてないんだから、完全にパッシブよね。
インセクトなのにパッシブだからややこしいけど、普通に条例に引っかかるわよ?」
「そうですよぉキタロさん! 見て下さいよ、この凄い威圧感!輝かしいばかりの産毛!
それでいて大人しい性格!危険なんてありませんって!」
目を輝かせて左右から舐めるように見回すケーシに、若干不快そうな羽音を鳴らす大蜂を、
クスクスと笑いながらコマルが見つめる。
緩和した空気の中でヴァンが腰を下ろして続けた。
「まぁ、俺も別に討伐しにきたって訳じゃないからな。とりあえずは状況を確認しとくぞ。
お前らは……要するにあれをキングビーだと思い込んで討伐に来たんだよな?」
「だからなんだってのよバカ」
「……いや、なんでさっきから俺にだけ態度が悪いんだ? 初対面でそれはどうなんだ」
「うっさい、黙れ。いいから続けて」
「黙るのか続けるのかどっちだか……まぁ、まずお前ら全員の勘違いを先に解いとくとだ、
あれはキングビーじゃない。キングビーてのは本来キングワスプと呼ばれる立派な害虫だ」
全員の頭上に?が灯る中、余り考えずにグレイドルが吸殻を踏み潰してしゃがみ込む。
「アニキ、良く分かんねんだが、その二つは何が違うんだ?」
「そうだな……そこに居る『お兄ちゃん』とやらだがな、そいつはバンブルビーのオスだ。
討伐対象になるキングワスプとは別もん……ちょっと待ってろ」
「つまり……どういう事なんじゃ? 奴らは人は襲わんのかの?」
キタロの問いには答えず、懐から取り出した紙にサラサラと何かを書きなぐる。
「キングビーってのは、こんな感じだ。縞と顔つきで区別が付く」
「何でそんなに無駄に上手いのよ……それに何よその紙」
「ん? ただのタバコのフィルム……いや、そんなこたぁどうでもいい。
要はアンタ等も少し認識も変える必要があるが、討伐対象か否かは、
向こうが襲って来るか襲って来ないか、つまりそこだよな?」
「そりゃそうじゃろ。条例もそうなっとる。ハンターの基本じゃぞ」
「そこが根本的な間違いなんだよ。あー、そっちのテイマー?のアンタ、
キングビーは普通に人も動物も襲う肉食昆虫だ。これはアクティブインセクトで合ってるか?」
「そ、それはまぁ……異論は無いです」
何かを察し目を逸らして俯くケーシを見据えて、ヴァンは腕を組んで反りかえる。
「なら、そこのバンブルビーはどうだ? 性格は大人しく、本来はただのミツバチだが……
今はただの斥候だが巣や仲間に危険が迫るなら、コイツ等だって襲って来るぞ?」
「え……えっと……それは……ど、どうなんでしょう?」
助けを求めるように視線を送るケーシに応じて、メリーが溜息混じりに返答を引き取った。
「ハァ……だからなんだってのよ? 襲ってくるなら倒せば良いんじゃないの」
「男勝りな見た目に違わず脳筋だな、もう少し深く考える癖を付けた方が良いぞ?」
「はぁ!? なんでアンタにそこまで言われなきゃなんないのよ!」
「あのな、お前らの言う危険な害虫キングビーにしたってな、人や動物だけじゃなく
普通に害獣も害虫も襲う、向こうから見たら人間自体が立派な害獣なんだ」
「なら放って置いて襲われるままにしとけっての!?」
「んなこた言ってない。襲われりゃ撃退すりゃ良いし、危険だったら討伐すりゃいいだろ?
ハンターなら当たり前のことだ。別に遠慮する必要はないだろ」
「だからさっきから何が言いたいのよ!!」
収拾が付かなくなり鬱陶しそうに立ち上がったグレイドル手を振って割って入る。
「アニキよぉ、別にそいつらの味方する訳じゃねぇが、今の話を聞いてっと、
そこの大蜂も退治すりゃ良いって話になるぜ?」
「すりゃ良いんじゃねぇか? 『有害』なら」
「い、いや……だからどういう意味なんだよアニキ」
「こいつらはパーティー組んで巨大蜂の巣に害があるかを確かめにわざわざ来たんだよな?
害があるなら倒しゃいいし、無いなら帰りゃー良い。なのに『保護法』なんて曖昧な法頼りに
あーだこーだ、マウントがどうとか迷って単純な事が頭からスッポリ抜けてやがんだよ」
「そ、そりゃそうだけどよ。ならどうすりゃ良いってんだよ? 俺も分かんねぇよ」
「あのなグレイ……お前の頭は飾りか? 話が出来るなら聞きゃ良いだろ、どうしたいか。
なぁ、コマルちゃんだっけか、お前らはここに何しに来たんだ? どうしたいんだ?」
押し黙って問答を見守っていた少女は、伏し目がちに立ちすくみ泣きだしそうに絞り出した。
「お、おじちゃん……あのね、お兄ちゃんをたすけてほしいの」
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