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 私はノア様と共に会食の行われる宮殿の中に入っていくとき、皆が私の事を奇異な目で眺めていた。その視線はただの驚きの視線だったのかもしれないけれど、皆私が通るたびにコソコソと話を始めた。私の隣には一国の王であるノア様がいらっしゃるというのに。


「教育がなっていないな」

「この国のメイドは貧困層の者が多いですから」

「教育の制度のようなものがあった方が良い」

「そうですね」


 私とノア様は大きな廊下を歩いていき、食事をする部屋へ向かう。

 久しぶりに着るコルセットは思っていたよりも苦しくて、息がまともにできない。昔私はずっとこれで過ごしていたと思うと狂気だと感じる。こんな体の形も変わってしまうような下着は多分無くなってしまった方が良い。とはいっても、コルセットのおかげでいつも以上に胸が強調されている。十代の時にはできていなかった谷間だってできている。


「君は一人で大丈夫かい?」

「ええ、もちろんですとも。私は一人でどうにもできますわ」


 食堂の扉が開けられて、中に入るとそこにはフィル陛下とベリンダ王妃が隣同士で座っている。そして二人は私を見るなり目を丸くして、フィルなんて立ち上がった。


「エリーゼか?」

「お久しぶりですわ。やっとノア様と結婚の取り決めができましたから会食に連れてきてもらいましたの」


 フィル陛下は信じられないという表情をして、口をぽかんと開けている。そして立ち上がったまま隣にいた側近に「今すぐエリーゼの捜索を取り消せ」と平たんな声色で言った。

 私の事を探してくれていたなんて。まさかそんなことフィル陛下がするなんて思っていなかった。絶対私の事なんてどうでもいいと思っていると思っていたのに。


 ノア様が歩き出したので、私も一緒に隣を歩き、フィル陛下とベリンダ王妃と向かい合うように、座った。目の前には磨きに磨かれた銀食器達がシャンデリアで照らされてまぶしい。


「食事の前に話をさせろ」

「私と話をしたいのですか?よろしいですか陛下」

「好きにしたらいいさ」


 ノア様がそう言ったので、私は久しぶりにフィルと話すことにした。隣のベリンダは王妃の貫禄なんて全くなく、まるで幽霊におびえる子供のよう。きっと王妃なんて仕事ベリンダには気が重かったのね。貴方がフィルが王族と言う事で好きにならなければよかったのに。


「お話とは?」

「お前、両親にはその話をしていたのか?」

「両親は今ノア様の国でいい仕事を見つけ、毎日幸せそうですよ。まあ、でもそれより」


 私はフィル陛下の事を睨んだ。フィルは睨み返してきた。その度胸だけは昔と変わらない。


「お母様の首を切ろうとして、お父様の腕を切り落とそうとしたのは本当ですか?お二人ともこの国にはもう戻って来たくないとおっしゃっておりました」


 フィル陛下は言葉に詰まってから「それは、ベリンダを侮辱したからだ!」と堂々と言ってのけた。本当にベリンダを愛していらっしゃったのね。

 でも、それとこれとは話が違うのよ。


「王族なんていろんな人の目につく仕事、侮辱されるなんて日常茶飯事だろう」

「あらノア様、この国は王様第一ですわよ。侮辱罪なんて罪もあるんですから。ノア様の国ほど自由では無いのですよ」

「そうだったか」


 ノア様は小さく笑ったけれど、フィルは色々侮辱されたせいで怒ったのか、ドスンと椅子に座った。空気が肌で分かるほどにピリついている。ノア様がとても怒ってらっしゃる。この感覚は何度も触れてきた。肌がピリついて、言葉を出しても良いのか分からなくなるほどの、殺気。これがとてもたまらない。


「お前の両親の事はすまない。私も若かったのだ。それで私からも聞きたいことがある。なぜ失踪していた。隣国に居たならばそれを手紙の一つでも出してくれればよかっただろ」

「なぜって、私の居場所が無くなったからですよ」


 この人は本当に何も分かっていない。私だって普通に婚約破棄していただけれど何も言わなかった。けれども、あんなふうに婚約破棄をされては。


「学園の卒業式それも、この国のほとんどの貴族が集まっているところで、私は婚約破棄を言い渡されたのですよ。皆私の事を、男爵令嬢に負けた可哀そうな公爵令嬢と思うでしょう」

「…それは」

「それに、私はずっと貴方様のためだけに尽くしてきたつもりです。小さいころから勉強ばかりを強いられて、遊ぶことすらできなかった。その努力を水の泡にさせられた。それがとにかく悔しかったからです」


 私はあの日人生で一番の恥をかかされた。残念な公爵令嬢というレッテルを貼られて生きていくのは私のプライドが許さない。だって今まで王妃と言われて育ってきたのだから。王妃になれないのならこの国に居る必要はない。そう思っただけ。


「私からも質問よろしいですか?」

「なんだ」

「ああ、貴方ではありません。ベリンダ王妃です」


 するとベリンダ王妃は顔を真っ青にして、私の方を向いた。昔とだいぶ変わった。子供を産んだせいかかなり老け込んでいる。髪の手入れも出来ていないようだし。


「なぜ、こんな方と結婚なさったんですか?」


 私はずっとこれを聞きたかった。なぜこんな気弱そうなベリンダがこの人の事を好きになったのか画ずっと不思議だった。


「そうするしかなかったからです…」

「え?」

「そうするしかなかったからですよ!」


 今まで聞いたことが無いぐらいにベリンダが大声を上げた。

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