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第十四話

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 太陽の光に満ちたその国王の執務室で、国王であるエリックは、目を丸くしてリリアを見ていた。リリアはこの国の唯一の王女であるエリザベスを腕で抱きかかえており、エリザベスも嬉しそうにリリアに抱かれている。それを横目に見ながらアンナは立ち尽くしていた。

「私の娘を私のハウンドから守ってくれたようで。けれども、私のハウンドは躾がなされていて、人をかみ殺すなんて野蛮なことは絶対にしない。窓も壊れなくて済んだかもしれない」

 わざわざ窓を壊して、娘を救い出したつもりなのか。そのうえうちの子(ハウンド)をまるで人を殺すような猟犬だと愚弄するとは。とリリアには聞こえた。

「お言葉ですが、陛下、人の死というのは、無意味な安心に安心が重なったその時起こるのです。陛下のハウンドは大層しっかりと躾がなされていたことでしょう。ですが百パーセント絶対に噛まないということは無いと思います。あの場にはハウンドを制御する飼い主も、エリザベス様をお守りする近衛兵もおりませんでした。ハウンドはしつけられているから大丈夫だろう、エリザベス様は人の目の届くところにいるだろう。そう言う安心感はただの平和ボケです」
「な!リリア様!!」

 思わずアンナはリリアの口を押えようとさえした。でもリリアはその手を振り払って、堂々とエリック国王と向き合っている。
 ここまではっきりと言われて、でもエリック国王は怒るなんてことはせずに代わりににっこりと笑った。

「その通りだ。私は国王という立場故、誰も彼も私にはっきりと意見を申す者はほとんどいないのだが、あなたは権力や金に屈しない強い精神を持っているように思える。さすがは最強の女戦士というものか」

 返事をすることなくリリアはまっすぐと国王を見ているだけ。そんなリリアのことをエリザベスは抱きしめている。

「エリザベス」
「なに?おとうさま」
「その人が好きか?」
「私の王子様だもん」

 にこにこと笑いながらエリザベスはリリアの腕にしがみついて離れない。一度犬から助けたために王子様認定されてしまったらしい。

「エリザベスが人になつくことは中々ない。あなたは優しい人なのだろう」
「子供なんてすぐ離れていきますよ」

 そうやってリリアは少しだけ顔を緩めてリリアのことを見た。リリアは可愛らしい茶色の瞳で、頬を桃色にして嬉しそうに笑っている。暗闇が全くない、愛情をたっぷり注がれて育った子の瞳をしている。

「二人は外へ出ていてくれ、私と戦士殿二人きりで話をしたい」
「承知しました」

 アンナはリリアの腕にしがみつくエリザベスのことを抱き上げようとした。

「いやあ!」

 それを見たリリアはエリザベスのことを抱いたまま、扉を開け、廊下にエリザベスを下ろした。アンナは廊下へ出たエリザベスのことを抱き上げて、扉を閉めた。扉が閉まるとエリック国王は立ち上がり、右足を引きずりながら、革のソファに腰かけた。

「あなたも座ってくださいな」

 そう言われてリリアも向かい合うようにソファに座った。

「足がお悪いのですか?」
「もう病気でな。この先長くない。そろそろ床に伏せなければいけない時期かもしれない」
「では王位は継承権第一位のハロルド公爵に?」
「ヘンリーに会ったのか?」
「先日廊下であっただけです」

 体をソファに預けるエリック国王は薄く笑った。

「私はノアに課題を出した」
「課題?」
「王位を継ぎたければ、西のオレール村に封印されている魔物を倒せと。あいつが王位を欲しがっていることは分かっていたからな。ただの冗談のつもりだった」

 それで、なぜノアがあそこまでリリアに固執したのかが分かった。王位を継ぐために封印されている魔物退治をしてもらうためにリリアを言葉巧みに連れていたのだ。
 使われることは良い。でもこんな風にだますような真似をして連れてこられたのは心外だった。少しだけリリアはノアのことを信用してもいいと思っていたのだけれども、そんなことはなかったらしい。

「それでわたしがその魔物を倒せばノア様が王になると」
「いや違う。私が相対的に見て決める。言っただろ、ただの冗談だ」
「では国王はどちらを王にしたいのですか?」
「どっちもどっちだ」

 てっきりノアのことをはっきり王にしたいのかとリリアは思っていた。

「息子はどっちも優秀だがな。ヘンリーは頭脳明晰、政治も外交上手くやるだろう。だが臆病すぎるところがあるし、ノアは政治力はヘンリーにおとっても魔法によって国に繁栄をもたらすだろう。だが行動力がありすぎる部分がたまに傷だ」

 それは何となくリリアも分かる気がした。

「それであなたにお聞きしたい。どちらを王にすべきか」

 目を伏せてリリアは少し考えこんだ。しばらく沈黙が続いて、口を開いた。

「私の国ルーデンス王国の王は人間性は無いに等しい人間でしたが、丈夫な王です。丈夫さが大切なのではないかと私は思います」

 それを聞き国王は感心したようにうなずき。

「丈夫か。二人にはないな」
「私もそう思います」
「もう少し考えよう。あ、それと、ルーデンス王国から手紙がやってきた。リリア・アインラウドをルーデンス王国へ返してくれとな」

 立ち上がったエリック国王の元へ駆け寄り、リリアは国王の体を支えた。

「すまんな。こちらとしては返した方が体裁が良い」
「帰った方がいいですか?」

 椅子に腰かけたエリック国王はため息を漏らした。

「女神キャサリンの加護を持つ大聖女が生まれたために、戦争が起こってもこの国の土地に足を踏み入れることはできないだろう。それにあなたはかなりひどい仕打ちを受けてきたようだし、ここに身をひそめたまえ、エリザベスと一緒に居れば痛みも癒えるだろう」
「エリザベス様と?」
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