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 エリーゼ様とファミール様へ寝る前に本を読んで差し上げて、寝かせるのはほとんど日課になっていた。その日も二人が左右に居て、二人が眠るまで私が本を読み聞かせた。読む本は決まって、平和で幸せな童話ばかりを読み聞かせた。
 膝の上で眠ってしまったファミール様をベッドへ寝かせて、私はまず台所へ向かった。使用人たちがせわしなく働く廊下を通り過ぎ、お湯を沸かして紅茶を入れる。紅茶とティーカップを銀トレーへ乗せて、その場へ向かった。目的の扉の前に着くと、私は何度か深呼吸をしてから、ノックをした。

「夜分遅くに失礼いたします。エミリアでございます」
「入ってくれ」

 言われた通り私は器用に銀トレーを持ったまま、静かに扉を開けて入室した。部屋のなかはランプ一つがともっている状態で、大きな明かりはつけられていない。

「いらっしゃい」
「失礼いたします」

 いくら知識があると言っても、男の人の部屋に入るのは緊張する。しかも寝室であるし。とにかく自然を装って、部屋に置かれていたアンティーク調の丸テーブルに銀トレーを置いて、紅茶を注ぎ入れた。

「一つしか持ってこなかったのか?」
「はいジャック様の分しか」
「せっかくなら、二人分持ってくればよかったのに」
「いえ、私は大丈夫ですので」

 私に雇い主と一緒にお茶する勇気はない。すでに色々やらかしてしまってはいますけれども。椅子に座るように言われて、向かい合う椅子へと腰を掛けた。

「それで話っていうのは?」
「ジャック様へお聞きしても仕方がないことだということは分かっています。分かっているのですが、どうして妹へ、その結婚相手を探す舞踏会への招待状をお渡ししたのでしょうか。妹は婚約者がおりますのに」
「別に私の結婚相手を探す舞踏会と言うわけではないよ。父がその方が女性達が集まって、華があるからと勝手をしているだけ」

 苦笑いをしてから、ジャック様は私が注ぎ入れた紅茶を飲んだ。

「そう、でしたか。ではすでに婚約者はいらっしゃるのですか?」
「いや、いない。作ろうと思えば簡単に作れるけれども、恋愛であったり、経済であったり、女性の親の爵位であったり、結婚というのは決めることがとにかく多いから、面倒で先延ばしにしてるのが現状なんだ。父からの引継ぎも多いし、結婚は後でもいいかと思ってる」

 随分と疲れている様子で目元を指で押しながら、軽く笑っている。きっと結婚を先延ばしにする行為があまりよくないと思っていながらも、せざるおえない状況だから。

「ジャック様はとてもお優しいので、結婚を一年五年先延ばしにしたところで、何も支障はないと思います。それにしてもお疲れなのですね」
「エミリアも疲れるだろ。慣れない場所で生意気な子供の世話をさせられて。それに怪我だってまだまだ治りかけだろう」

 その言葉を聞き、私は自然を顔が緩んだ。

「私はなぜだか疲れを感じないのです。今までしたこともない幸せな日々を過ごしているからかもしれません。なので役職を与えられて、居場所があることは、私にとって今までにない幸福なのです」
「君を助けることができたのであれば、幸運だ」

 この人は本当にやさしい人なのね。それに見た目より何倍も大人。

「この恩は少しでも返していきたいのです。私にできることがございましたら、お申し付けください」

 私を地獄から救ってくれたジャック様には深い恩があり、その恩を少しでも返していけたら、私はもうなんだっていい。

「それじゃあ、マッサージしてくれないか。肩が凝って凝って、仕方がなくて」
「そんなことでよければいくらでも」
 

 
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