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ボロ屋探索

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フワリと柔らかい土に足を踏み入れると、目の前にこじんまりとした家が現れた。
手前に畑、正面奥には本館、左手にモルタル塗りの小屋と記憶通りの配置が当時の機微を思い出させる。
目頭の内側に込み上げたものがあったが、吹き飛ばすように探索を始めた。

木造の表面に蔦や黴を這わせた本館は天井が傾き、木屑と獣臭が舞い散る荒れ家に成り果てていた。
床板も抜けて穴だらけになっているためそばで見るだけだが、理善は浦島太郎のような気分にされた。

『中学校卒業の時に見に来た時はもっと家の形を保ってたのに…。なんで?』

台風や地震、土砂崩れなどの自然災害は度々起こる。
だがそれは理善が生まれる前から定期的に起こっており、たった4年で骨格を崩れさせるような大事は記憶に無い。
納得のいく解を求めて、足を彷徨わせる。

ふらりと本館の左斜め前を陣取る畑に目を配ってみる。
特大な猪の足跡がある訳でも無く、猿の大群が荒らし回っているようでもない。
森の梢に猿の影がいくつか見受けられるが、襲っても来ない。
理善はじっくりとその影を眺めて、背中が伸びていることに気付いた。
4、5歳の子が得意気に木の上に座っていると錯覚するほど、人の影に似ている。

『獣人を見つけたら報告しろなんて、皆人化してるのにきりが無いし意味も無い。野生動物全てを囲い込む施設も無いくせに言うだけ言う社会なんか、嫌いだ。』

捕まえられた獣人達は各研究施設に回され、国民のためと言いながら不慣れな環境で苦しめられる。
知能が高いため説明すれば協力してくれる者もいるというのに、無理矢理押さえつけて麻酔で昏倒させる『今』の手法が、理善には酷く辛いのだ。

『よし、熊さん探そう!』

他人に聞かれれば自殺志願者かと思われそうな突飛な考えを、気晴らしに思いつく。
唯一塀とトタンの天井が壊れていない物置小屋へと、足を進めた。

入り口の鉄板はとうの昔に壊れて地面に転がっている。
それを避けながら中の様子を首を伸ばして観察した。

「ガコッ」
「ひぅぇっ」

小屋の内部に焦点が合う前に、小屋の内側から木箱を落としたような音がした。
質量を感じる音に怯えて声が出てしまう。
小屋の中にあるものとしたら精々畳や野菜を積む木箱ぐらいなもので、その木箱は中学生の自分では少し浮かす程度しか持ち上げられなかった物だ。
それをかなりの高さから落としているとなると、中に居る動物はかなり大きいと推測される。

『熊…だったりしないかな。』

予想より早い邂逅に胸が高鳴り、慎重に入り口に近付く。
抜き足差し足と歩いているところは傍から見れば滑稽で、中に居るのが人ならば憤死してしまうところだが、経験上小屋に人が居ることは無い。
近所の人達にとってこの古い民家は危険地帯のような存在だからだ。
弟を誘っても、途中まではついてくるのに、館を見た途端踵を返して家に帰ってしまう。
その日家に帰った後に、弟から出禁まがいのことを言い渡されたときは本気の喧嘩をしてしまった。

『中、見えた。でも入口付近には誰もいないけどな…。』

目新しいものが見つからない中、入り口に首を突っ込む。
小屋は突き当りを右に曲がったところに座敷が設えてあり、恐らくそこに居るのだろう、と理善は当たりを付けた。

「結構、綺麗…。」

土や草が吹き込んでいるものの、本館と比べて崩れ落ちているところや蔦や竹が生え込んだところは無い。
意外に整った様子を見ながら、奥の部屋へ足を進めた。

「へ?なんでこんなとこに熊の剥製が。」

畳の部屋にずしりと佇む茶色の熊は、理善が部屋の前に堂々と立っても身動きしない。
理善は突如発生した剥製を観察しようと、興味津々で部屋の段に足をかけた。

「ゴッフ」
「ヤバッ」

熊のカクリと下を向き、理善に向かって警戒する鳴き声を向けてきた。
咄嗟に部屋から離れるが、追いかけてくる訳でも無く、ただその場で立っているだけのようだった。

「熊、さーん…。どしたの…?」

用心してゆっくりと部屋を覗くと、熊と目線が交錯する。
鳴き声を漏らさない熊を恐る恐る眺めていると、腰辺りに妙な塊があることに気づいた。
周りの毛より黒いそこは、いつか見た傷跡の写真のようで、胸がざわめく。

「腰のとこの、って、ケガ?」

理善が傷部分を遠隔で指差しながら問うと、今度は明るい声で吠えてくれた。

『こんな事もあろうかと!動物用の救急セットはあるけど、触らせてもらえなさそう…。』

ダメ元で熊に許可を取る。

「傷のところ手当したいから、触っても良い?」
「キュウー」
「…ぇ、分かんね。」

甘えた声を出したが、熊自体は後ずさった。
暫し考えてから、問答無用で乗り込む。

「はい、寝っ転がって。」

熊の腕を軽く引っ張り横になるよう促すと、熊は大人しくうつ伏せになった。
血で固まった毛の塊を取り除くと、不織布に水筒の水を滴るほど含ませ、傷跡を流し洗っていく。
洗う工程を何度か済ませると、顕になった千切れたような傷跡に我が家秘伝の治り草を貼り付けて、包帯で巻いた。
畳に落ちた水気を拭き取っていると、熊がよろりと起き上がる。
四つん這いになると、理善の背中を鼻でグイグイと押した。
押された理善は訳も分からず部屋の外へ押し出される。

「待って。荷物は持って帰らなきゃいけない。」

強気な口調で言い渡すと、前足でギュッとリュックを差し出された。
散らかった小物を適当にリュックに詰め込み、最後に熊の様子を観察する。
腰を動かしにくそうにしているが、あと一週間もすれば元の動きに戻るだろう。

「君の腰の傷、銃弾が掠めた跡だよね。てことは、友努が見つけた熊獣人?」
「…ググゥ」

理善の言葉に頷いたように見えた熊は、理善の首元に頭を擦り寄せてきた。
噛みつかれるかと後退ったが、熊は気にせず肩に頭を乗せてくる。
何度か頭を擦りつけたり舐めたりした後、熊は無表情で離れていった。

「ふぇ?え、求愛された…?でも、人なのに?え、な、え?!」

肩口を押さえて固まっている理善を横目で見ると、熊は追い出すように唸った。

「カッフ、ガフ」
「失礼、しました?」

操り人形の如くカクカクと歩きながら、クエスチョンマークが頭をぎゅうぎゅうと埋め尽くす。
そのまま家に帰っている道中、新たな疑問も浮かび上がった。

「僕の言葉、通じてたよな?」

熊は人里に近付くことが少ないため、人語を理解する能力は猿や鳥と比べて遅れている、というのが最近の定説だった。
ところが、あのツキノワグマは当然のように会話に返事をし、言葉の強さに応じて対応を変えていた。
友努が山の入り口で熊獣人を発見したことからも、あの熊はかなり人里に近いところを頻繁に出入りしている可能性が高い。

『ってことは、あの熊に今はあんまり人里に近付くなって言っといたほうが良かったんじゃ…。』

理善は慌てて来た道を引き返そうとした。
だが、理善は先程熊獣人に追い出されて出てきた。
熊獣人か理善に問題があったのかもしれないが、環境の要因で帰されたとすれば、今戻っては迷惑がかかる。
最悪、野生動物同士の諍いに巻き込まれ大怪我をする可能性すらあるのだ。

「また後、かな。」

愛しい人の顔を見る機会を失ったような、泣きそうに困った顔をして小屋のある方向を振り返った。

生温い風が理善の髪を撫でていった。



○更新が遅れ申し訳ありません。拙作を読んで下さり誠にありがとうございます。
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