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お疲れ様

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「お疲れ様です。」
「お疲れ様ですねぇ。帰り道はお気を付けて。」
「おっつかれぃ!」

疲労どころか時間も感じさせない店長と、漸く上がりだと喜びをあらわにするポニーテール女子に挨拶をしてから、ロッカールームへ着替えに向かう。

自分のロッカーを開け、ふと気になってスマホに手を伸ばした。

「皆気付いたかな…。」

マナーモードをポチリと外してみる。
途端に通話の画面が閃いた。
画面の上には通信アプリのマークが所狭しと表示され、詳細を見るのが億劫なほどだ。

気を取り直して電話の相手を確認すると、『母さん』である。
バイトが終わったといえども、敷地内で電話を取ることは憚られる。
一度電話を拒否し、トークアプリで折り返し電話をする旨を伝えた。
その後に連答が来たが、ここで構っていても仕方が無い、と返事を見ずに着替えを急いだ。

スマホを握って、裏から店を出る。
自分の自転車の傍らで、漸く山程の着信を確認することができた。
小・中・高の学校の友達や大学の知り合いなどからは何通かのチャットが送られており、画竜とカルバに至ってはチャットと電話が画面一面を埋めるほど溜まっていた。

『心配してくれてありがとう。バイトに行ってたから僕もニュースで知ったんだ。今から家に帰るから、詳しいことは帰ってから知らせるよ。』

画竜とカルバに同じような文面を送る。
一通り皆からのメッセージに目を通してから、母に電話をかけた。

「もしもし母さん?」
「今、報道陣に取り囲まれたりしてない?」
「ぇ、うん。大丈夫。そっちは?」
「母さんの方はカメラマンと警察でうるさいぐらいよ。熊の獣人は日本初だから大騒ぎなみたいね。」

間を置かずに話してくる母の声に混じって、サイレンや話し声が聞こえる。
時たま入る笛の音が、常は静か過ぎる山麓部に木霊していて、緊張感と僅かに混じる期待が感じ取られた。

「僕はどこから帰れば良い?」
「裏口からこっそり帰ってきて。皆、熊を発見した山の方に寄って行ってるんだけど、まだ友努に絡もうとする人達も居るからね。」
「分かった。裏口、すぐ開けられるようにしといて。」
「友努と一緒に台所に引き籠もってるから、すぐ行けるわよ。」
「うーん、すごく大丈夫じゃ無さそう…。」

我が家の裏口は調理場の突き当たりにあり、玄関からも遠いため、2人して引き籠もっているようだ。

派手な音を立ててスタンドを蹴り、スマホをリュックに仕舞って跨った時だった。

「理善!」
「リゼンちゃん!」

『ザッ…!』という土煙の篭った足音の幻聴と共に、輝かしいイケメンが街灯に照らされる。
身長185cmと192cmの2人は、影であっても肩を激しく上下させていた。

「画竜君とカルバ君!走ってきたの?」

駆け寄ってきた2人はものも言わずに理善の体を検分した。
こんな時まで作業を分担していて、笑いそうになる。

上半身担当のカルバにもう一度問うた。

「寮からここまで走ってきたの?」

カルバはホッケーをしている時のような真剣な顔で一度目を合わせた後、いつものように頬を緩ませた。

「寮からここまで15分位しか掛からないかRA!朝飯前だYO!」

ピコーンとウインクまで飛ばしたカルバは、濡れた前髪をクシャリと掻き上げた。

『俳優さんみたいだな。』

間近から放たれる煌めきを、理善の心のバリアがことごとく弾く。
カルバは理善にめいいっぱいの魅了を向けていたのだが、理善の顔に憧れしか浮かばなかったので、密かに落胆していた。

理善はまた、足元で片膝を立てている画竜にも話し掛けた。

「なんで来てくれたの?大丈夫だってチャットで送ったのに。」

画竜は立ち上がると、風のように自然に、手を頬へ添えてきた。

「通報者が随分理善と顔が似ていたし、中継で家を映すテレビもあったから、不安になった。家の周りも報道陣と警察で騒がしいようだったから、帰るのに困ったら大変だと思ってな。」

画竜は伏せ目がちに、とびきり優しい声で囁いた。

「心配かけたんだね、ごめん。確かに1人で帰るのは不安だって母に言われたから、途中まで付き添ってくれると家族に心配かけずに済むんだけど…。」

理善はただ申し訳無いという思いで言葉を返したが、それが画竜の求めているものでは無い事に気付いていない。
肩を落とす画竜を、気の毒そうにカルバが見つめていた。

理善の返事には嘘に包んだ本音がある。
それと共に、わざわざ走ってきてくれた友達に何もさせずに帰すのは失礼だという意識も働き、微妙に浮かせるような言い方になってしまった。
画竜もカルバも、オブラートに包んだ思いを薄っすら感じ取ったようで、言葉に全力で乗ってきた。

「リゼンちゃんの敵は全部殴り飛ばすYO!」
「理善と一緒なら長距離最速タイムが出せそうだ。」

頼もしい2人を脇に侍らせ、『もっと早くてダイジョーブだYO?』『早く帰ろう。』と最大速力の状況で背を押してくる地獄を味わった。

「ヒー…ハヒー…速すぎる…。」

掠れて消えそうな声を出して、自分の部屋のベッドで一時の休息を取る。
結局自転車に乗るより背中におぶって走った方が速いという話になり、カルバに背負われ、画竜に自転車を担がれた。
それ故に途中下車が許されず、降ろしてと頼み込んでも、家を教えてくれるまで降ろさないと脅された。

5分程度の問答の末、漸く理善が口を割ると、並走していた時とは比べ物にならないほど疾走し、家に上がり込んできた。
警察の規制の目すら難無く抜けていく身体能力に、暫し近似する動物を考えてしまう。

『肩の後ろ辺りは人より膨らんでる。で、足に贅肉は無く、ふくらはぎが角型に発達している…。筋骨隆々な辺りは違うな。短期決戦型も違うし。うむむ…。』

「リゼぃー。」

弟がノック無しで入室してきた。
理善は大の字に倒れていたのを、極めて素早く直立に直した。
友努がパタリと扉を閉じたのを見て、声を掛ける。

「どした?…色々お疲れ様。」

枕元に黙って寄ってきた友努に目を向けて、理善はベッドの奥に身を寄せた。

垂れ耳茶うさぎの人形に口元を沈めた友努は、空けられたスペースにぽさりとうつ伏せになる。
ごそごそと身じろぎをして互いに顔を見合わせた。

「何が、あった?」

目を開ける気力も無い友努の顔を、細部まで見逃すまいと見つめる。
友努は、何度目かの問いにやっと終焉が迎えられたとため息をついた。

「…部活が終わって、18時半位に帰り道通ってたんだよ。裏山は危ねーから住宅街ん中通ってたんだけど。」
「山にちょっとだけ寄ってみた?」

理善は責めていないことを示すため、目の前の短髪を優しく撫でる。
大人しく撫でられている姿は小学3年生以来で、随分神経を痛めつけられたのだと辛くなった。

「うん。山に入って2、3歩辺りんとこに人影っぽいのがあって、頭が高ぇところにあったから、その、首吊ってんのかなって思って…。熊かも知んねぇし遠巻きに見てたら、獣人だって気付いた。」
「あー…テレビで言ってるのと同じだーって?」

獣人が現象がいよいよ国民の生活に影響を出し始めた頃、政府は各報道機関を駆使して『獣人の見分け方、出会ったときの対処法』の教育を行った。
今回の熊獣人発見も、政府の教育の賜物であるということだ。

友努は獣人発見後、その場を離れ『獣人保護対策局』へすぐに連絡した。
対策局が警察に連絡し、周辺住民に避難を呼び掛ける際にはメディアも付随して動いたため、我が家の周りに人垣が出来ることになったという。

「休憩中にテレビ見てたら、急に友努が出てビックリした。」
「こんなダルい事になると思ってなかったし…。」
「だよねぇ…。」

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