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43.王の心得

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 エドガーは国王に恭しく頭を下げた。

「かしこまりました」

「ま、待ってください! なぜ、廃嫡なのですか!」

「王族に相応しくないからだ」

「どうして! 私は、きちんと仕事をしていました」

「ミランダに押し付けていただけだろう?」

「違う! ミランダは私のものだ。だから、仕事をさせても問題はない!」

「大ありだ、馬鹿者! ミランダはものではない! バーナード侯爵が大切に育てた貴族令嬢だ!」

「なぜ! なぜいつもミランダばかり!」

「ミランダの努力を知らない者の発言だな。本来であれば、婚約者であるアルフレッドがミランダを支えないといけなかった。だがアルフレッドはミランダを邪魔者扱いするだけで支えようとしなかったではないか」

「叔父上! あなたが!」

「アルフレッド!」

 国王の大声が議会に響き渡り、静寂が訪れた。

「議会の最中に騒がせてすまない。我々王族は退出するので、本日の議会はここまでとする。エドガー、アルフレッド。何も喋らず私について来い」

 間違えていても、国王は国王だった。王を継げるのは弟だけ。弟の失態を公表させるわけにいかない。王家の信頼が失墜し、千年続いた王国の屋台骨が揺らいでしまう。民の為、国王は息子を切り捨てる覚悟を決めた。

 エドガーは兄の意図を正しく理解し、アルフレッドは恐怖に支配されながら父の命令に従った。

 国王は執務室にエドガーとアルフレッドを連れて行き、厳重に鍵をかけると人払いをした。

「座れ」

 エドガーはすぐにソファに腰かけ、アルフレッドはビクビクしながらエドガーの斜め前に座った。国王は王の証である手鏡をエドガーに手渡した。

「今すぐ私は退位する。エドガー、あとは任せた」

「はっ」

「なんで! どうして!」

「アルフレッドは、ミランダと婚約した時エドガーに何と言われた?」

「色黒でみっともない女が婚約者なんて哀れだと!」

「今のミランダはどうだ?」

「それは……美しいと思います……」

「美しさが、努力なしで保たれると思うか?」

「思い……ません」

「アルフレッドが夢中になっていた小娘も、美を保つ努力はしていただろう。ミランダはそれだけではなく、王妃教育をこなし、アルフレッドの仕事をサポート……いや、さぼり癖のある婚約者の影武者をしていたのだ。時間がいくらあっても足りなかっただろうな。そんなミランダに、何を言った? 何をした?」

「婚約を……破棄しようと……」

「なぜ、そのような思考になったのだ?」

「……だって、みんなミランダを尊敬して、頼りにしているから。このままじゃ、ミランダが国王になるようなものだと……叔父上が……」

「そうか、それで?」

「ミランダがいなくなれば、ソフィアなら……上に……」

「つまり、優秀な婚約者に嫉妬し、それなりな女と挿げ替えれば自分が輝いて尊敬される王になれると思ったのだな? ミランダに任せれば安心だと思った私にも非がある。私やアルフレッドでは貴族たちがついてこない。バーナード侯爵家が王太子派を抜ければ、どうなるかくらい想像できなかったのか? それほどミランダを舐めておったのか?」

 矢継ぎ早に質問され、答えることが出来ない。父に叱られ、ようやく自分がどんなことをしでかしたか気付いたアルフレッドの目から、ポロポロと涙が零れ落ちた。

「エドガー、今すぐ退位し王位を譲り渡す。王の心得を伝える。優秀なものだけが国を作るのではない。切り捨ててはならぬ。一面だけを見るな。民の為に生きろ。代々、王に伝わる言葉だ。忘れないでくれ」

「兄上……」

 冷たい目をして不敵に笑うエドガーも、無邪気に笑うエドガーも知っている兄は、弟に王位を継がせたくなかった。合理主義者である弟は、宰相や大臣には向いているが王には向いていない。弟自身も、王位を望んでいないといつも言っておりアルフレッドを心配してくれていた。野心を見せなかった弟の本心に気付けなかった自分を恥じながら、兄は弟に最後の忠告をする。
 
「影が全てエドガーに付いた時点でエドガーの勝ちだ。上手く仮面を被って生きるのだぞ。少しくらい本音を話せるものをつくっておくといい。さ、貴族たちが帰る前にその鏡を見せて王の即位を祝ってもらおう。今なら反対する貴族はほとんどおらぬ。アルフレッド、しばらくここで頭を冷やせ。迎えに来る。隠し通路は危険だ。我々を追うな。絶対に部屋から出るなよ」

 最後の温情をみせた国王は、エドガーを連れて隠し通路から部屋を出た。アルフレッドは父の忠告を無視し、部屋を出た父と叔父を追いかけ隠し通路に足を踏み入れたが、すぐに迷ってしまった。

 王の使う隠し通路は、正しいルートを通らなければ罠が発動する。アルフレッドの悲鳴が響き、国王とエドガーの耳にも入った。エドガーは驚いて戻ろうとしたが、国王はエドガーの腕を掴み前に進む。

「忠告を聞けぬなら、切り捨てるしかあるまい。私はまだ、王なのだから。死ぬことはない」

 兄の言葉が強がりなのか、真実なのか。エドガーには分からなかった。

 王の孤独を知ったエドガーの中に迷いが生まれた。多くの者を騙し、時には操り、ようやく手に入れた王の椅子。無邪気に自分を慕う少年すら騙し続けた。懐に仕舞い込んだ鏡がずっしりと重い。自らを省みるために用意された王の鏡に映る自分は、王に相応しい顔をしているのだろうか。弟の迷いを感じ取った兄は、隠し通路の扉を開けながら微笑んだ。

「私と同じ間違いを犯すな。エドガーが正しいと思う事をしろ。もう迷う事は許されない。王とは、そういうものだ」
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