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25.噂話
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「さぁ、ミランダ。帰ろう。今まで辛かったな」
会場を出て行こうとするミランダに声を掛けようと、婚約者のいない令息たちが集まり始めた。男達の下世話な視線を察知した令嬢達が、大急ぎでミランダに声を掛けた。
「ミランダ様! 我々もご一緒します」
「ありがとうございます」
シャーリーを筆頭に、何人もの令嬢たちがミランダを気遣い、彼女を守るように退出していった。その中に、トムも紛れ込んでいたと気付いた者はわずかだった。
残された貴族たちは、各々噂話を始めた。下世話な視線をミランダに向けていた二人の伯爵令息はミランダが去った扉を見つめながら、小声で噂話を始めた。彼らは、シャーリーと共にミランダに付き添ったトムを羨ましそうに見つめていた。
「駄目だったか。今声を掛けりゃチャンスはあったのに」
「だよな。残念だ。ミランダ様と婚約出来たら大出世だったのに」
「シャーリー様が睨みを効かせておられたからな。あの男、ミランダ様狙いか?」
「見た目は悪くなかったけど、養子だろ? さすがにないんじゃねぇか?」
「余程優秀ならともかく、バーナード侯爵家は歴史の古い家だし、ミランダ様は優秀だしな。それにあの男が近寄っても、知らん顔だったぜ」
「じゃぁ、無関係か。ヒース様が名前を呼んでいたから気になっていたけど、ミランダ様はずっと王城にいたから顔見知りじゃねぇんだろうな」
「あの距離で聞こえたのか? 相変わらず耳が良いな」
「唯一の特技だからな。あの男、だいぶシャーリー様のお気に入りだ。意味は分からなかったけど、会話のラリーがすごかった。ヒース様も優秀だって褒めていたぜ」
「そうなのか。くっそ、平民から貴族に取り立てられる奴は優秀だな」
「そりゃあな。そうじゃなきゃ、叙爵なんてされねぇし」
「だよなぁ。あいつ、ミランダ様と婚約するのかな?」
「さあな。どっちにしろ、すぐに婚約したりしないだろ。俺達が釣書を送るチャンス位あるんじゃねぇか?」
「確かに、俺、明日釣書を送るよ」
「俺も。どっちかが選ばれたらちゃんと祝おうな」
「おう、ま、希望は薄いけどな」
「悲しいこと言うなよ。それにしても、アルフレッド殿下は、ミランダ様のなにが気に入らなかったのだろうな?」
「俺ならあんな媚びを売るだけの男爵令嬢より、断然ミランダ様が良いけどな。あの男爵令嬢、夜会で男漁りしまくっていたぜ」
「そうなのか? 俺、初めて見た。綺麗な人だとは思ったけど、結婚前に側妃を要求する恥知らずだし、普通は無いだろ」
「無いな。アルフレッド殿下、趣味悪くないか?」
「そこはまぁ、人の好みはそれぞれだし」
「まぁ、そうか。小説家らしいな」
「姉上が買っていた。王妃様が絶賛するから読んだけど、姉上はあんまり好きじゃないらしい」
「え、あの恋愛小説好きのミリア様が評価しねぇのに、王妃様のお気に入りなのか?」
「王妃様は元々本がお嫌いだから、姉上の趣味に合わなかっただけかもな。主人公が何にも努力せず泣いているだけで男が助けてくれる展開が気に入らないらしい。悪役令嬢の演出も気に入らないんだって」
「悪役令嬢?」
「あの人の小説、いつも主人公を虐める悪役が出てくるんだよ。美人で家柄も良く、仕事もできて誰にでも優しい完璧な令嬢が、主人公だけを虐めるんだ。虐める理由はいつも、婚約者とベタベタしてたから。姉上は、そりゃ婚約者に近寄る女を牽制くらいするだろって言ってた」
「正論だな。てか、貴族なら分かりやすい虐めなんてしなくね? 婚約者に近寄るなら、堂々と家に圧をかければいい」
「姉上も同じ事言ってた。主人公はいつも身分が低い男爵令嬢や平民なんだ。んで、悪役令嬢は高位貴族。それなら虐めなんかする必要なくね?」
「ねぇな。ま、あくまで創作だしな。それにしても美人で仕事もできて優しいって……ミランダ様みてぇだな」
「言われてみれば、似ているな」
「まさかと思うけど、ミランダ様が小説の悪役令嬢みたいに悪事を働いたと思ったからこの騒動だったのか?」
「だとしたら、ヤバすぎねぇ? 現実と虚構の区別がつかないって事じゃねぇか」
「だ、だよな。さすがにそれはねぇよな」
「ない、ないだろ。王妃様だって男爵令嬢が正妃になるのは無理だと思っているだろ。だからこそ、気絶したのだろうし」
「けど、彼女は王妃様のお気に入りなんだよな?」
「側妃なら良いけど正妃なら認めないんじゃねぇの?」
「それこそ、悪役令嬢みてぇに……」
「おい、さすがにそれ以上はやべぇ!」
「だな、言い過ぎた」
「ここに姉上がいたら鉄拳制裁だな。うちの姉上、気が強すぎるせいで縁談が決まらねぇの」
「え、そうなのか?」
「ああ、誰かいい人知らねぇ?」
「……だったら、俺はどうだ?」
片思いをこじらせていた男が勇気を出し、翌日婚約が成立した。噂話の概要を聞いた気が強い令嬢は、公爵家の養子になった人をあいつ呼ばわりするなと婚約者になったばかりの男を説教した。初恋が叶った男は必死で謝罪し、少しずつではあるが礼儀正しい人物へ成長した。
噂話をした男達が婚約を喜んでいた頃、王都のバーナード侯爵邸に王家の使者が現れた。使者は、誰もいない屋敷の前で呆然と立ち尽くしていた。
会場を出て行こうとするミランダに声を掛けようと、婚約者のいない令息たちが集まり始めた。男達の下世話な視線を察知した令嬢達が、大急ぎでミランダに声を掛けた。
「ミランダ様! 我々もご一緒します」
「ありがとうございます」
シャーリーを筆頭に、何人もの令嬢たちがミランダを気遣い、彼女を守るように退出していった。その中に、トムも紛れ込んでいたと気付いた者はわずかだった。
残された貴族たちは、各々噂話を始めた。下世話な視線をミランダに向けていた二人の伯爵令息はミランダが去った扉を見つめながら、小声で噂話を始めた。彼らは、シャーリーと共にミランダに付き添ったトムを羨ましそうに見つめていた。
「駄目だったか。今声を掛けりゃチャンスはあったのに」
「だよな。残念だ。ミランダ様と婚約出来たら大出世だったのに」
「シャーリー様が睨みを効かせておられたからな。あの男、ミランダ様狙いか?」
「見た目は悪くなかったけど、養子だろ? さすがにないんじゃねぇか?」
「余程優秀ならともかく、バーナード侯爵家は歴史の古い家だし、ミランダ様は優秀だしな。それにあの男が近寄っても、知らん顔だったぜ」
「じゃぁ、無関係か。ヒース様が名前を呼んでいたから気になっていたけど、ミランダ様はずっと王城にいたから顔見知りじゃねぇんだろうな」
「あの距離で聞こえたのか? 相変わらず耳が良いな」
「唯一の特技だからな。あの男、だいぶシャーリー様のお気に入りだ。意味は分からなかったけど、会話のラリーがすごかった。ヒース様も優秀だって褒めていたぜ」
「そうなのか。くっそ、平民から貴族に取り立てられる奴は優秀だな」
「そりゃあな。そうじゃなきゃ、叙爵なんてされねぇし」
「だよなぁ。あいつ、ミランダ様と婚約するのかな?」
「さあな。どっちにしろ、すぐに婚約したりしないだろ。俺達が釣書を送るチャンス位あるんじゃねぇか?」
「確かに、俺、明日釣書を送るよ」
「俺も。どっちかが選ばれたらちゃんと祝おうな」
「おう、ま、希望は薄いけどな」
「悲しいこと言うなよ。それにしても、アルフレッド殿下は、ミランダ様のなにが気に入らなかったのだろうな?」
「俺ならあんな媚びを売るだけの男爵令嬢より、断然ミランダ様が良いけどな。あの男爵令嬢、夜会で男漁りしまくっていたぜ」
「そうなのか? 俺、初めて見た。綺麗な人だとは思ったけど、結婚前に側妃を要求する恥知らずだし、普通は無いだろ」
「無いな。アルフレッド殿下、趣味悪くないか?」
「そこはまぁ、人の好みはそれぞれだし」
「まぁ、そうか。小説家らしいな」
「姉上が買っていた。王妃様が絶賛するから読んだけど、姉上はあんまり好きじゃないらしい」
「え、あの恋愛小説好きのミリア様が評価しねぇのに、王妃様のお気に入りなのか?」
「王妃様は元々本がお嫌いだから、姉上の趣味に合わなかっただけかもな。主人公が何にも努力せず泣いているだけで男が助けてくれる展開が気に入らないらしい。悪役令嬢の演出も気に入らないんだって」
「悪役令嬢?」
「あの人の小説、いつも主人公を虐める悪役が出てくるんだよ。美人で家柄も良く、仕事もできて誰にでも優しい完璧な令嬢が、主人公だけを虐めるんだ。虐める理由はいつも、婚約者とベタベタしてたから。姉上は、そりゃ婚約者に近寄る女を牽制くらいするだろって言ってた」
「正論だな。てか、貴族なら分かりやすい虐めなんてしなくね? 婚約者に近寄るなら、堂々と家に圧をかければいい」
「姉上も同じ事言ってた。主人公はいつも身分が低い男爵令嬢や平民なんだ。んで、悪役令嬢は高位貴族。それなら虐めなんかする必要なくね?」
「ねぇな。ま、あくまで創作だしな。それにしても美人で仕事もできて優しいって……ミランダ様みてぇだな」
「言われてみれば、似ているな」
「まさかと思うけど、ミランダ様が小説の悪役令嬢みたいに悪事を働いたと思ったからこの騒動だったのか?」
「だとしたら、ヤバすぎねぇ? 現実と虚構の区別がつかないって事じゃねぇか」
「だ、だよな。さすがにそれはねぇよな」
「ない、ないだろ。王妃様だって男爵令嬢が正妃になるのは無理だと思っているだろ。だからこそ、気絶したのだろうし」
「けど、彼女は王妃様のお気に入りなんだよな?」
「側妃なら良いけど正妃なら認めないんじゃねぇの?」
「それこそ、悪役令嬢みてぇに……」
「おい、さすがにそれ以上はやべぇ!」
「だな、言い過ぎた」
「ここに姉上がいたら鉄拳制裁だな。うちの姉上、気が強すぎるせいで縁談が決まらねぇの」
「え、そうなのか?」
「ああ、誰かいい人知らねぇ?」
「……だったら、俺はどうだ?」
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噂話をした男達が婚約を喜んでいた頃、王都のバーナード侯爵邸に王家の使者が現れた。使者は、誰もいない屋敷の前で呆然と立ち尽くしていた。
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