婚約破棄計画書を見つけた悪役令嬢は

編端みどり

文字の大きさ
上 下
25 / 49

25.噂話

しおりを挟む
「さぁ、ミランダ。帰ろう。今まで辛かったな」

 会場を出て行こうとするミランダに声を掛けようと、婚約者のいない令息たちが集まり始めた。男達の下世話な視線を察知した令嬢達が、大急ぎでミランダに声を掛けた。

「ミランダ様! 我々もご一緒します」

「ありがとうございます」

 シャーリーを筆頭に、何人もの令嬢たちがミランダを気遣い、彼女を守るように退出していった。その中に、トムも紛れ込んでいたと気付いた者はわずかだった。


 残された貴族たちは、各々噂話を始めた。下世話な視線をミランダに向けていた二人の伯爵令息はミランダが去った扉を見つめながら、小声で噂話を始めた。彼らは、シャーリーと共にミランダに付き添ったトムを羨ましそうに見つめていた。

「駄目だったか。今声を掛けりゃチャンスはあったのに」

「だよな。残念だ。ミランダ様と婚約出来たら大出世だったのに」

「シャーリー様が睨みを効かせておられたからな。あの男、ミランダ様狙いか?」

「見た目は悪くなかったけど、養子だろ? さすがにないんじゃねぇか?」

「余程優秀ならともかく、バーナード侯爵家は歴史の古い家だし、ミランダ様は優秀だしな。それにあの男が近寄っても、知らん顔だったぜ」

「じゃぁ、無関係か。ヒース様が名前を呼んでいたから気になっていたけど、ミランダ様はずっと王城にいたから顔見知りじゃねぇんだろうな」

「あの距離で聞こえたのか? 相変わらず耳が良いな」

「唯一の特技だからな。あの男、だいぶシャーリー様のお気に入りだ。意味は分からなかったけど、会話のラリーがすごかった。ヒース様も優秀だって褒めていたぜ」

「そうなのか。くっそ、平民から貴族に取り立てられる奴は優秀だな」

「そりゃあな。そうじゃなきゃ、叙爵なんてされねぇし」

「だよなぁ。あいつ、ミランダ様と婚約するのかな?」

「さあな。どっちにしろ、すぐに婚約したりしないだろ。俺達が釣書を送るチャンス位あるんじゃねぇか?」

「確かに、俺、明日釣書を送るよ」

「俺も。どっちかが選ばれたらちゃんと祝おうな」

「おう、ま、希望は薄いけどな」

「悲しいこと言うなよ。それにしても、アルフレッド殿下は、ミランダ様のなにが気に入らなかったのだろうな?」

「俺ならあんな媚びを売るだけの男爵令嬢より、断然ミランダ様が良いけどな。あの男爵令嬢、夜会で男漁りしまくっていたぜ」

「そうなのか? 俺、初めて見た。綺麗な人だとは思ったけど、結婚前に側妃を要求する恥知らずだし、普通は無いだろ」

「無いな。アルフレッド殿下、趣味悪くないか?」

「そこはまぁ、人の好みはそれぞれだし」

「まぁ、そうか。小説家らしいな」

「姉上が買っていた。王妃様が絶賛するから読んだけど、姉上はあんまり好きじゃないらしい」

「え、あの恋愛小説好きのミリア様が評価しねぇのに、王妃様のお気に入りなのか?」

「王妃様は元々本がお嫌いだから、姉上の趣味に合わなかっただけかもな。主人公が何にも努力せず泣いているだけで男が助けてくれる展開が気に入らないらしい。悪役令嬢の演出も気に入らないんだって」

「悪役令嬢?」

「あの人の小説、いつも主人公を虐める悪役が出てくるんだよ。美人で家柄も良く、仕事もできて誰にでも優しい完璧な令嬢が、主人公だけを虐めるんだ。虐める理由はいつも、婚約者とベタベタしてたから。姉上は、そりゃ婚約者に近寄る女を牽制くらいするだろって言ってた」

「正論だな。てか、貴族なら分かりやすい虐めなんてしなくね? 婚約者に近寄るなら、堂々と家に圧をかければいい」

「姉上も同じ事言ってた。主人公はいつも身分が低い男爵令嬢や平民なんだ。んで、悪役令嬢は高位貴族。それなら虐めなんかする必要なくね?」

「ねぇな。ま、あくまで創作だしな。それにしても美人で仕事もできて優しいって……ミランダ様みてぇだな」

「言われてみれば、似ているな」

「まさかと思うけど、ミランダ様が小説の悪役令嬢みたいに悪事を働いたと思ったからこの騒動だったのか?」

「だとしたら、ヤバすぎねぇ? 現実と虚構の区別がつかないって事じゃねぇか」

「だ、だよな。さすがにそれはねぇよな」

「ない、ないだろ。王妃様だって男爵令嬢が正妃になるのは無理だと思っているだろ。だからこそ、気絶したのだろうし」

「けど、彼女は王妃様のお気に入りなんだよな?」

「側妃なら良いけど正妃なら認めないんじゃねぇの?」

「それこそ、悪役令嬢みてぇに……」

「おい、さすがにそれ以上はやべぇ!」

「だな、言い過ぎた」

「ここに姉上がいたら鉄拳制裁だな。うちの姉上、気が強すぎるせいで縁談が決まらねぇの」

「え、そうなのか?」

「ああ、誰かいい人知らねぇ?」

「……だったら、俺はどうだ?」

 片思いをこじらせていた男が勇気を出し、翌日婚約が成立した。噂話の概要を聞いた気が強い令嬢は、公爵家の養子になった人をあいつ呼ばわりするなと婚約者になったばかりの男を説教した。初恋が叶った男は必死で謝罪し、少しずつではあるが礼儀正しい人物へ成長した。

 噂話をした男達が婚約を喜んでいた頃、王都のバーナード侯爵邸に王家の使者が現れた。使者は、誰もいない屋敷の前で呆然と立ち尽くしていた。
しおりを挟む
感想 77

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

十分我慢しました。もう好きに生きていいですよね。

りまり
恋愛
三人兄弟にの末っ子に生まれた私は何かと年子の姉と比べられた。 やれ、姉の方が美人で気立てもいいだとか 勉強ばかりでかわいげがないだとか、本当にうんざりです。 ここは辺境伯領に隣接する男爵家でいつ魔物に襲われるかわからないので男女ともに剣術は必需品で当たり前のように習ったのね姉は野蛮だと習わなかった。 蝶よ花よ育てられた姉と仕来りにのっとりきちんと習った私でもすべて姉が優先だ。 そんな生活もううんざりです 今回好機が訪れた兄に変わり討伐隊に参加した時に辺境伯に気に入られ、辺境伯で働くことを赦された。 これを機に私はあの家族の元を去るつもりです。

【完結】ブスと呼ばれるひっつめ髪の眼鏡令嬢は婚約破棄を望みます。

はゆりか
恋愛
幼き頃から決まった婚約者に言われた事を素直に従い、ひっつめ髪に顔が半分隠れた瓶底丸眼鏡を常に着けたアリーネ。 周りからは「ブス」と言われ、外見を笑われ、美しい婚約者とは並んで歩くのも忌わしいと言われていた。 婚約者のバロックはそれはもう見目の美しい青年。 ただ、美しいのはその見た目だけ。 心の汚い婚約者様にこの世の厳しさを教えてあげましょう。 本来の私の姿で…… 前編、中編、後編の短編です。

手放したくない理由

ねむたん
恋愛
公爵令嬢エリスと王太子アドリアンの婚約は、互いに「務め」として受け入れたものだった。貴族として、国のために結ばれる。 しかし、王太子が何かと幼馴染のレイナを優先し、社交界でも「王太子妃にふさわしいのは彼女では?」と囁かれる中、エリスは淡々と「それならば、私は不要では?」と考える。そして、自ら婚約解消を申し出る。 話し合いの場で、王妃が「辛い思いをさせてしまってごめんなさいね」と声をかけるが、エリスは本当にまったく辛くなかったため、きょとんとする。その様子を見た周囲は困惑し、 「……王太子への愛は芽生えていなかったのですか?」 と問うが、エリスは「愛?」と首を傾げる。 同時に、婚約解消に動揺したアドリアンにも、側近たちが「殿下はレイナ嬢に恋をしていたのでは?」と問いかける。しかし、彼もまた「恋……?」と首を傾げる。 大人たちは、その光景を見て、教育の偏りを大いに後悔することになる。

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

私の容姿は中の下だと、婚約者が話していたのを小耳に挟んでしまいました

山田ランチ
恋愛
想い合う二人のすれ違いラブストーリー。 ※以前掲載しておりましたものを、加筆の為再投稿致しました。お読み下さっていた方は重複しますので、ご注意下さいませ。 コレット・ロシニョール 侯爵家令嬢。ジャンの双子の姉。 ジャン・ロシニョール 侯爵家嫡男。コレットの双子の弟。 トリスタン・デュボワ 公爵家嫡男。コレットの婚約者。 クレマン・ルゥセーブル・ジハァーウ、王太子。 シモン・ノアイユ 辺境伯家嫡男。コレットの従兄。 ルネ ロシニョール家の侍女でコレット付き。 シルヴィー・ペレス 子爵令嬢。 〈あらすじ〉  コレットは愛しの婚約者が自分の容姿について話しているのを聞いてしまう。このまま大好きな婚約者のそばにいれば疎まれてしまうと思ったコレットは、親類の領地へ向かう事に。そこで新しい商売を始めたコレットは、知らない間に国の重要人物になってしまう。そしてトリスタンにも女性の影が見え隠れして……。  ジレジレ、すれ違いラブストーリー

拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら

みおな
恋愛
 子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。 公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。  クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。  クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。 「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」 「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」 「ファンティーヌが」 「ファンティーヌが」  だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。 「私のことはお気になさらず」

【完結】幼い頃から婚約を誓っていた伯爵に婚約破棄されましたが、数年後に驚くべき事実が発覚したので会いに行こうと思います

菊池 快晴
恋愛
令嬢メアリーは、幼い頃から将来を誓い合ったゼイン伯爵に婚約破棄される。 その隣には見知らぬ女性が立っていた。 二人は傍から見ても仲睦まじいカップルだった。 両家の挨拶を終えて、幸せな結婚前パーティで、その出来事は起こった。 メアリーは彼との出会いを思い返しながら打ちひしがれる。 数年後、心の傷がようやく癒えた頃、メアリーの前に、謎の女性が現れる。 彼女の口から発せられた言葉は、ゼインのとんでもない事実だった――。 ※ハッピーエンド&純愛 他サイトでも掲載しております。

処理中です...