上 下
17 / 49

17.アルフレッドの愛

しおりを挟む
「ミランダ、遅かったじゃないか」

「アルフレッド……そちらの方は?」

「彼女は、ソフィア・メディス。メディス男爵の一人娘だ。人気の小説家でもある」

「はじめまして。ミランダ様」

 ソフィアが挨拶をすると、周囲が騒ついた。初対面の場合、目上の者が先に挨拶をするのがこの国のマナー。まさか、王太子の婚約者が口を開く前に挨拶する男爵令嬢が存在するなんて誰も思わない。

 ソフィアの美しさに見惚れていた男性達は、一気に引いていった。ソフィアの噂を知る貴族や、ソフィアを実際に見たことがある貴族達が眉を顰めて小声で噂話を始めた。

 ヒースはわざとため息を吐き、険しい表情でソフィアを睨んだ。ヒースの怒りに気付いたアルフレッドはイライラしたが、怒ったヒースがミランダを連れ去ってしまえば計画が台無しだ。

 予想外の行動をしたソフィアを睨んでから、アルフレッドは優しく微笑んだ。ソフィアは一瞬だけ怯えたが、アルフレッドの笑顔に安心している様子だ。

 ミランダは、またかと思った。これがアルフレッドのやり方だ。

 一瞬だけ見える恐怖は、常に存在する恐怖と違い予想がつかない。頭を働かせ、なにが悪かったか探すようになる。知らぬうちに、アルフレッドの意に沿う行動を取るようになる。アルフレッドがため息を吐いて仕事が多いと呟くだけで、ミランダは仕事を手伝うようになった。

 国王がアルフレッドの仕事を手伝えと命じれば、ミランダが躊躇う理由はなくなった。

 だが、ミランダは優秀過ぎた。手伝いの域を超えたミランダの活躍は、アルフレッドのプライドを傷つけた。

 優秀な婚約者がいるなら、自分がもっと優秀になれるよう努力するべきだと考えるヒースやトムのような考えはアルフレッドにはない。

 ただミランダを疎ましく思う心だけが膨らんでいった頃、母からソフィアを紹介された。愛読書の作家と会えた母はテンションが高く、ソフィアをすっかり気に入った様子だった。いずれソフィアを側妃にと母が言った時、閃いた。ミランダが妃になれば、これからも自分のプライドはズタズタになるだろう。だが、この子が妃ならどうだ?

 母が気に入っていて、見た目も良く、小説という平民達を操る手段も持っているけれど自分より賢くない令嬢にアルフレッドの庇護欲は刺激された。

 最初は違った。まるで小説の主人公のようにミランダからいじめられると訴えるソフィアを馬鹿にしていた。ミランダはいじめをするほど暇ではないし、常に影を付けて監視している。王家の影が婚約者に付くことくらい、貴族なら想像できるだろうに。小説家の割に想像力が足りないのだろうかと思っていた。

 だがいつしか自分に甘えてくるソフィアを可愛いと思うようになった。完璧なミランダと比べ、ソフィアは隙があり操りやすい。ソフィアを褒めると僅かにミランダの顔が歪むのも心地良かった。ソフィアなら、ミランダのように自分を超えることはないだろう。ああ、自分が求めているのはこんな令嬢だったんだ。側妃なんて可哀想だ。正妃にして、常に側に置いておきたい。そう思った。

 その気持ちが愛なのか、それとも違うものなのかアルフレッドには分からなかった。だが、愛だと思う事にした。ソフィアの恋愛小説はいつも王子様が可哀想な主人公を守る。小説の台詞を真似るだけで、頬を染めるソフィアは単純でわかりやすい。ソフィアの笑顔を見ると、幸せな気分になる。

 父が母の我儘を聞くように、自分もソフィアの我儘を聞こう。そして、父と同じようにソフィアを叱ろう。ミランダは叱るところなんてない。だからつまらない。

 ソフィアにプロポーズをしたのはついさっきだが、調子に乗るのが早すぎるのは良くない。身分は高位貴族の養子にすればいいが、最低限のマナーは覚えさせないと。アルフレッドはもう一度ソフィアを睨んだ。

 予想通り怯えるソフィアに、アルフレッドの支配欲は満たされた。
しおりを挟む
感想 77

あなたにおすすめの小説

どうやら我が家は国に必要ないということで、勝手に独立させてもらいますわ~婚約破棄から始める国づくり~

榎夜
恋愛
急に婚約者の王太子様から婚約破棄されましたが、つまり我が家は必要ない、ということでいいんですのよね?

私のことを追い出したいらしいので、お望み通り出て行って差し上げますわ

榎夜
恋愛
私の婚約も勉強も、常に邪魔をしてくるおバカさんたちにはもうウンザリですの! 私は私で好き勝手やらせてもらうので、そちらもどうぞ自滅してくださいませ。

【完結】あなたのいない世界、うふふ。

やまぐちこはる
恋愛
17歳のヨヌク子爵家令嬢アニエラは栗毛に栗色の瞳の穏やかな令嬢だった。近衛騎士で伯爵家三男、かつ騎士爵を賜るトーソルド・ロイリーと幼少から婚約しており、成人とともに政略的な結婚をした。 しかしトーソルドには恋人がおり、結婚式のあと、初夜を迎える前に出たまま戻ることもなく、一人ロイリー騎士爵家を切り盛りするはめになる。 とはいえ、アニエラにはさほどの不満はない。結婚前だって殆ど会うこともなかったのだから。 =========== 感想は一件づつ個別のお返事ができなくなっておりますが、有り難く拝読しております。 4万文字ほどの作品で、最終話まで予約投稿済です。お楽しみいただけましたら幸いでございます。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

愛しの婚約者に「学園では距離を置こう」と言われたので、婚約破棄を画策してみた

迦陵 れん
恋愛
「学園にいる間は、君と距離をおこうと思う」  待ちに待った定例茶会のその席で、私の大好きな婚約者は唐突にその言葉を口にした。 「え……あの、どうし……て?」  あまりの衝撃に、上手く言葉が紡げない。  彼にそんなことを言われるなんて、夢にも思っていなかったから。 ーーーーーーーーーーーーー  侯爵令嬢ユリアの婚約は、仲の良い親同士によって、幼い頃に結ばれたものだった。  吊り目でキツい雰囲気を持つユリアと、女性からの憧れの的である婚約者。  自分たちが不似合いであることなど、とうに分かっていることだった。  だから──学園にいる間と言わず、彼を自分から解放してあげようと思ったのだ。  婚約者への淡い恋心は、心の奥底へとしまいこんで……。 ※基本的にゆるふわ設定です。 ※プロット苦手派なので、話が右往左往するかもしれません。→故に、タグは徐々に追加していきます ※感想に返信してると執筆が進まないという鈍足仕様のため、返事は期待しないで貰えるとありがたいです。 ※仕事が休みの日のみの執筆になるため、毎日は更新できません……(書きだめできた時だけします)ご了承くださいませ。 ※※しれっと短編から長編に変更しました。(だって絶対終わらないと思ったから!)  

前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る

花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。 その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。 何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。 “傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。 背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。 7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。 長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。 守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。 この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。 ※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。 (C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。

そちらから縁を切ったのですから、今更頼らないでください。

木山楽斗
恋愛
伯爵家の令嬢であるアルシエラは、高慢な妹とそんな妹ばかり溺愛する両親に嫌気が差していた。 ある時、彼女は父親から縁を切ることを言い渡される。アルシエラのとある行動が気に食わなかった妹が、父親にそう進言したのだ。 不安はあったが、アルシエラはそれを受け入れた。 ある程度の年齢に達した時から、彼女は実家に見切りをつけるべきだと思っていた。丁度いい機会だったので、それを実行することにしたのだ。 伯爵家を追い出された彼女は、商人としての生活を送っていた。 偶然にも人脈に恵まれた彼女は、着々と力を付けていき、見事成功を収めたのである。 そんな彼女の元に、実家から申し出があった。 事情があって窮地に立たされた伯爵家が、支援を求めてきたのだ。 しかしながら、そんな義理がある訳がなかった。 アルシエラは、両親や妹からの申し出をきっぱりと断ったのである。 ※8話からの登場人物の名前を変更しました。1話の登場人物とは別人です。(バーキントン→ラナキンス)

毒家族から逃亡、のち側妃

チャイムン
恋愛
四歳下の妹ばかり可愛がる両親に「あなたにかけるお金はないから働きなさい」 十二歳で告げられたベルナデットは、自立と家族からの脱却を夢見る。 まずは王立学院に奨学生として入学して、文官を目指す。 夢は自分で叶えなきゃ。 ところが妹への縁談話がきっかけで、バシュロ第一王子が動き出す。

処理中です...