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4.ここだけの話
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ミランダは荷造りを済ませると、すぐに馬車で家に戻った。先触れは間に合わず、家の者たちが大慌てでミランダを迎える。
「お父様、突然戻って申し訳ありません」
「ここはミランダの家だ。いつ戻って来ても構わない。もしかして、例の男爵令嬢の件か?」
「はい。詳しくはのちほど」
天井を一瞬だけ見たミランダの目線を、父は見逃さなかった。
「分かっておる。まずは部屋で寛いで夕食を食べてからだ。ミランダの好物を用意しておく。ヒースもすぐに戻るそうだ」
「お兄様にお会いするのは久しぶりです。うれしいですわ」
部屋に戻ったミランダは、髪をほどき部屋着に着替えた。
「お嬢様、なにがあったのでございますか? 元気がありませんわ」
侍女がミランダに話しかける。
「夕食の時お父様に話すわ。今はひとりにして」
「承知しました。夕食のドレスはお選びしますか?」
「久しぶりの家族団欒だもの。選びたいわ。少し待ってて」
ミランダはクローゼットの中に入り、ドレスを選び始めた。外で待つ侍女と会話するミランダの声が部屋に響く。
5分ほど経過するとドレスを抱えたミランダが現れた。ミランダは無言でドレスを渡すと、ベットに潜り込んだ。
「ごゆっくりお休みください」
侍女はドレスを持って部屋を出て行った。ベットに潜り込んだミランダを、3人の影が見張る。彼等は、王の影だ。
「クローゼットを出てからミランダ様の表情が見えんな。髪を解かれると、探りにくい。しかも、布団に潜り込まれてしまったぞ」
「仕方ない。しばらくは動かないだろうし、今のうちに侯爵を探るか?」
「この家の密偵は優秀だ。勝手に家を探り見つかれば我等とて無事ではすまん」
「そうだったな。真珠の採取方法を探ろうとして何人も影が消えた。真珠は我が国の大切な外交カードだが、数が取れん。侯爵家の真珠は質が良く大きい上に、我が国の産出量の半分を担っている。ひとつの港町しかない小さな領地で領民も少ないのに、不思議だ」
「それについては、もう探らないと決まっただろう。探った影は消える。領民達も警戒心が強く余所者に厳しい。特殊な技術を使い真珠を探しているのは間違いないが、王家に逆らっているわけではない。真珠を取らないと言われたら困るのは王家だ」
「そうだったな。だから陛下はミランダ様を王太子殿下の婚約者にして、侯爵家を取り込む道を選ばれた。まだミランダ様はなにも侯爵に伝えていない。手紙を書く素振りもない。今は3人で固まっている方が良い」
「見つかっても護衛と言えるからな。今回の命令は、ミランダ様が側妃を認めるか認めないか、彼女の本心を探ること。侯爵家がミランダ様の話を聞いてどう動くか探ること。この2点だ。それ以外は考えるな」
「そうだな。城では王家に寄り添う発言をなさっておられたが、あれが本心とは思えん。おそらくミランダ様は夕食会で側妃の話をなさるおつもりだろう。そこからが本番だ」
「侯爵、怒るよな」
「そりゃ怒るだろ。ミランダ様はご家族に大切にされておられる。小粒とはいえあれだけたくさんの真珠を娘の為に用意するんだぞ。おそらく婚約が決まってから何年もかけてコツコツ確保しておいたんだろう」
「だろうな。でないとあの数は用意できん。跡取りのヒース様もミランダ様を溺愛しているからな」
「だからミランダ様が王太子殿下の婚約者になったのに、王妃様はなにを考えておられるんだ。結婚前から側妃候補の女性を侍女として連れて来いなんて酷すぎる提案だろ」
「王太子殿下のミランダ様への態度も酷いしな。合わせれば婚約解消待ったなしだぞ」
「全くだ。侯爵が知って怒らないように情報操作をしてるのに、夜会であんな女に夢中になって……」
「声が大きい!」
「すまん。我々に感情は要らないのに……」
「ここだけの話にしておこう」
「そうだな。ここだけの話だ」
「最後のここだけの話をしていいか?」
「ああ、いいぞ」
「俺は彼女の良さが分からない。ミランダ様の方が、何百倍も素晴らしい方なのに。俺は間違えたかもしれん」
「ここだけの話だが、俺もそう思う」
「俺もだ」
噂話をする影達は気付いていなかった。ミランダがクローゼットで別人と入れ替わり、隠し通路で部屋を抜け出したことに。
噂話をする自分達を、静かに見張る目があることに。
「お父様、突然戻って申し訳ありません」
「ここはミランダの家だ。いつ戻って来ても構わない。もしかして、例の男爵令嬢の件か?」
「はい。詳しくはのちほど」
天井を一瞬だけ見たミランダの目線を、父は見逃さなかった。
「分かっておる。まずは部屋で寛いで夕食を食べてからだ。ミランダの好物を用意しておく。ヒースもすぐに戻るそうだ」
「お兄様にお会いするのは久しぶりです。うれしいですわ」
部屋に戻ったミランダは、髪をほどき部屋着に着替えた。
「お嬢様、なにがあったのでございますか? 元気がありませんわ」
侍女がミランダに話しかける。
「夕食の時お父様に話すわ。今はひとりにして」
「承知しました。夕食のドレスはお選びしますか?」
「久しぶりの家族団欒だもの。選びたいわ。少し待ってて」
ミランダはクローゼットの中に入り、ドレスを選び始めた。外で待つ侍女と会話するミランダの声が部屋に響く。
5分ほど経過するとドレスを抱えたミランダが現れた。ミランダは無言でドレスを渡すと、ベットに潜り込んだ。
「ごゆっくりお休みください」
侍女はドレスを持って部屋を出て行った。ベットに潜り込んだミランダを、3人の影が見張る。彼等は、王の影だ。
「クローゼットを出てからミランダ様の表情が見えんな。髪を解かれると、探りにくい。しかも、布団に潜り込まれてしまったぞ」
「仕方ない。しばらくは動かないだろうし、今のうちに侯爵を探るか?」
「この家の密偵は優秀だ。勝手に家を探り見つかれば我等とて無事ではすまん」
「そうだったな。真珠の採取方法を探ろうとして何人も影が消えた。真珠は我が国の大切な外交カードだが、数が取れん。侯爵家の真珠は質が良く大きい上に、我が国の産出量の半分を担っている。ひとつの港町しかない小さな領地で領民も少ないのに、不思議だ」
「それについては、もう探らないと決まっただろう。探った影は消える。領民達も警戒心が強く余所者に厳しい。特殊な技術を使い真珠を探しているのは間違いないが、王家に逆らっているわけではない。真珠を取らないと言われたら困るのは王家だ」
「そうだったな。だから陛下はミランダ様を王太子殿下の婚約者にして、侯爵家を取り込む道を選ばれた。まだミランダ様はなにも侯爵に伝えていない。手紙を書く素振りもない。今は3人で固まっている方が良い」
「見つかっても護衛と言えるからな。今回の命令は、ミランダ様が側妃を認めるか認めないか、彼女の本心を探ること。侯爵家がミランダ様の話を聞いてどう動くか探ること。この2点だ。それ以外は考えるな」
「そうだな。城では王家に寄り添う発言をなさっておられたが、あれが本心とは思えん。おそらくミランダ様は夕食会で側妃の話をなさるおつもりだろう。そこからが本番だ」
「侯爵、怒るよな」
「そりゃ怒るだろ。ミランダ様はご家族に大切にされておられる。小粒とはいえあれだけたくさんの真珠を娘の為に用意するんだぞ。おそらく婚約が決まってから何年もかけてコツコツ確保しておいたんだろう」
「だろうな。でないとあの数は用意できん。跡取りのヒース様もミランダ様を溺愛しているからな」
「だからミランダ様が王太子殿下の婚約者になったのに、王妃様はなにを考えておられるんだ。結婚前から側妃候補の女性を侍女として連れて来いなんて酷すぎる提案だろ」
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「声が大きい!」
「すまん。我々に感情は要らないのに……」
「ここだけの話にしておこう」
「そうだな。ここだけの話だ」
「最後のここだけの話をしていいか?」
「ああ、いいぞ」
「俺は彼女の良さが分からない。ミランダ様の方が、何百倍も素晴らしい方なのに。俺は間違えたかもしれん」
「ここだけの話だが、俺もそう思う」
「俺もだ」
噂話をする影達は気付いていなかった。ミランダがクローゼットで別人と入れ替わり、隠し通路で部屋を抜け出したことに。
噂話をする自分達を、静かに見張る目があることに。
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