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第二章 新しい生活

8.王女の過去 【クリス視点】

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「兄さん、王太子殿下に帰れって言われたんでしょ」

「ああ……すぐに帰れ、命令だと言われた。しかし理由が分からん」

「兄さんと、キャスリーン様を会わせたかったんだよ。城じゃ陛下の目があるからね」

「俺は陛下に警戒されているからな」

当然だと思う。見習い騎士だった俺は、キャスリーン王女を無断で街に連れ出し、串焼きまで食べさせた。侯爵家だったからクビにならずに済んだが、平民なら国外追放されていたかもしれん。

王太子殿下が目をかけて下さり、留学という形で国外に出して頂いたから身分を失わずに済んでいる。ピーターは、俺が国を出たせいで当主の責任を負わせてしまった。

本当なら、ピーターにはもっと自由があったはずなのに。だが、優しい弟は家を出なくて済んだから助かったと笑う。私のせいで、結婚を先延ばしにしていても女性は怖いからと自分のせいにする。

久しぶりに会ったキャスリーン王女は、立派な淑女になっておられた。あの時泣いていた幼い王女様はもういない。お子を産んで、守るものができたキャスリーン王女はとても美しかった。

侍女の目を盗んで城を抜け出そうとした幼い王女様を捕まえたのは、偶然だった。

「王女様、どこへ行かれるおつもりですか? お一人は危険です」

「だれ?」

「騎士見習いのクリスと申します」

「騎士見習い? 騎士ではないの?」

「はい。私はまだ正式な騎士ではありません」

「騎士じゃないなら、放っておいて!」

「そういう訳には参りません。王女様、せめて私をお連れ下さい」

「嫌よ! 一人にして!」

「一人で、どこへ行くおつもりだったんですか?」

貴族だと名乗れば警戒されると思った俺は、咄嗟に平民だと嘘をついた。

平民のご飯を食べたいと言う王女様は、とても疲れているように見えた。だからつい、彼女の願いを叶えてしまった。街に行こうと言った時、キャスリーン王女は可愛らしく笑った。

「本当に街に行けるの?」

彼女の笑顔が眩しくて、駄目とは言えなくなった。

「私が責任を持ってご案内しますので、ご安心下さい」

「嬉しい! ありがとうクリス様!」

王女様が、平民と名乗った俺の名を丁寧に呼ぶ。まだ教育が始まったばかりだと分かった。あと一年もすれば、俺の事を呼び捨てにするだろう。串焼きを興味津々に眺める王女様に毒見をした串焼きを食べさせると、街の少年の口調を真似てうめぇと仰った。だから、慌てて注意すると王女様は泣き出してしまわれた。

涙が止まらない王女様を小さな丘に連れ出し、ゆっくり話を聞くと、お勉強が嫌だと涙を流しておられた。

「……もう、やなの。お勉強、嫌い」

「王女様。私も勉強は嫌いです。でも、やりますよ」

「どうしてよ! クリス様は平民でしょ?! お勉強の義務なんてないわ!」

「あります。私は騎士見習いです。騎士になるには、勉強が必要なのです」

「クリス様は自分で騎士を目指したのでしょう?! わたくしは、王女になんてなりたくなかった! クリス様みたいに、平民が良かったわ!」

「……王女様……生まれは変える事ができません」

「分かってる……分かってるけど……!」

「分かっておられるなんて、王女様は大人ですね」

「……おと、な?」

大人だと褒めると、王女様の目が輝いた。そうか、彼女はまだ王族としての自覚が無いんだと分かった。だから、父や母に何度も言われた貴族としての心得をキャスリーン様に伝えた。

「ええ、王女様は大人です。見て下さい、この街を。串焼きのお味はいかがでしたか?」

「美味しかったわ。とっても美味しかった」

「街が平和だから、屋台で串焼きが食べられるんです。王族のみなさまが、民を守って下さるから……我々平民は穏やかに暮らしていける」

「嫌いなお勉強も、あの串焼き屋のおじさんの役に立つの?」

「はい。王女様のおかげで、我々は平和に暮らせるんです」

「わたくしが礼儀作法を覚えたら、クリス様のお役に立つの?」

「はい。その通りです。王族のみなさまが美しい所作で人々を魅了し、平和を守って下さるから私達は幸せに生きていけるのです」

「王族って、凄いのね」

「はい。とても凄いのです。王族は誰にでもなれるものではありません。私は騎士にはなれますが、王族にはなれません」

「……そっか。わたくしでないと、いけないのね。クリス様、今すぐ城に帰ります」

そう言って、キャスリーン様は美しく笑った。
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