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1.仮初の幸せ

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学園を卒業し、結婚式まで後1ヶ月。
侯爵令嬢であるクリステル・ド・ジュベールは、結婚式の衣装について相談しようと親友の男爵令嬢アリーゼ・ド・ルポートの元を訪ねた。

「先触れを出さずに訪ねてしまうなんて初めてね。でも、アリーゼはいつも先触れを出さずに来るし、わたくし達は親友だもの。結婚したら今みたいに話すことも出来ないし、たまには良いわよね」

いつもなら馬車で移動するクリステルだが、衣装の打ち合わせを行った店とアリーゼの屋敷は近いので、馬車を返してのんびり歩いて訪ねる事にした。久しぶりの徒歩の移動に心が軽くなっており、クリステルはご機嫌だ。

「ようやく勉強も終わったし、あとは結婚式の準備をするだけ。クリスの好きなふわふわのドレス、喜んでくれるかしら」

クリストフ・ドゥ・イオネスコは侯爵家嫡男。クリステルの婚約者だ。数年前に子どもの名前が似ている事で両親が意気投合し、イオネスコ侯爵からの申し出で婚約がまとまった。

「お嬢様、ようやく勉強が終わり気が抜けるのも分かりますが、独り言が大きいですよ」

「もう! 独り言じゃなくて、ジョゼに言ったのよっ!」

「それは失礼しました。てっきりいつものお嬢様の大きな独り言かと」

クリステルに寄り添う男は執事のジョゼ・クロード・ガイエ。子爵家の三男で、行儀見習いに来たクリステルの家で優秀さを買われクリステルの専属執事を努めている。

「違うわよ! ジョゼがわたくしを無視するからでしょう?!」

「お嬢様を無視するなんてそんな失礼なこと致しませんよ。お嬢様のドレス姿はとても美しかったです。クリストフ様も見惚れる事でしょう」

「ふふん! そうよね! そうでしょ! 本当はもう少し細身のドレスが良かったんだけど、クリスの好みに合わせたの」

「……俺は最初のドレスのほうが好きですけどね」

小声で呟いたジョゼの声は、クリステルの耳には届かなかった。

「なにか言った? ジョゼ?」

「いいえ。何も。それよりお嬢様、もうすぐアリーゼ様のお屋敷ですよ」

「本当だわ! ジョゼ、髪は乱れてない?」

「問題ございません。いつもどおりのお美しいお姿でございますよ」

「ありがと! アリーゼってば、突然わたくしが訪ねてきたら驚くかしら?」

「驚くでしょうね。ですが、何度申し上げても親友だからと先触れなく訪ねて来られるアリーゼ様なら受け入れて下さいますよ」

「むぅ……やっぱり先触れをしないなんて失礼よね。やめる! やめるわ!!」

「さようでございますか。では、少し街歩きをして帰りましょうか」

「良いわね。わたくし、新しいノートが欲しいわ」

「私に言って下されば、購入してまいりますよ」

「アリーゼに言われたの。わたくしは世間知らずだって。結婚するのに、今のままでは頼りないって。だから、自分で買いたいわ。だめかしら?」

「ちっ……余計な事言いやがって……」

「ジョゼ?」

「なんでもありません。お嬢様、私が付き添って居る時なら街を歩いても構いませんよ。旦那様のご許可も頂いておりますので」

「ホント?! 嬉しいわ! さすがジョゼね!」

「主人の意向を察知するのは執事の仕事ですから」
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