政略結婚の指南書

編端みどり

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21.指令【ロバート視点2】

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「そうですね。妻の影響を受けているのは確かです」

「マリアも幸せそうだったな。君達は絶対相性がいいと思ったんだ。俺の目は確かだったろう?」

「はい。感謝しています」

月明かりに佇む王太子殿下は、悪そうな笑みを浮かべた。王太子殿下は優秀なのだが、目的の為には手段を選ばないところがあるんだよな。

あの笑みは、何かよからぬ事を思いついたに違いない。

「ロバート、君にひとつ仕事を頼みたい」

「はっ」

王太子殿下の依頼。それは王命に近い。イエスと答えるしかないだろう。だが、あの笑みは……嫌な予感しかせんぞ。

「聖帝国ラーアントに潜入して、王女の敵と味方を探せ。敵は情報を、味方は直接ここに連れて来い。それまで、俺がこの屋敷に滞在してお前の大切なものを全て守ってやる。情報収集も、王女達の守りも任せろ」

「……承知しました」

「1人だけ供を連れて行って良いぞ」

「では……ジョージを……いや、マリアを連れて行ってもよろしいでしょうか?」

彼女の社交術は必ず必要になる。俺にも、ジョージにもないものをマリアは持っている。

……決して……妻と離れるのが嫌という不純な理由ではないぞ。ちょっとはあるが、ちょっとだけだ。

潜入捜査は何度も経験しているが、聖帝国ラーアントで王女様の敵と味方を探すには、貴族社会、それも女性の世界に入っていかないといけない。私では無理だ。

しかも、ただ情報収集をすれば良いわけではない。我々が介入しているとバレないようにしないといけない。臨機応変な対応が求められるし、上流階級の知識もいる。

マリアは一瞬で王女様達を味方につける事ができるほど社交術に長けている。わざわざマナーを調整して彼女達の身分を探ろうとする頭の良さもある。

大切な仕事だ。失敗は許されない。マリア以上に今回の件に向いている人物は思いつかない。

マリアを危険に晒すかもしれんが……私が守れば良いだけだ。

「……マリアだと?」

「ええ、女性しか潜入できない場所もあります。ジョージに変装させる手もありますが、立ち振る舞いが不自然ですし、万が一正体が露見すれば大切な部下を失ってしまいます。それに、マリアは聖帝国ラーアントの言葉を話せますし、マナーも熟知しています。貴族社会に溶け込むにはマリアでないと無理です」

「分かった。ガルシアに協力してもらい君達の身分を用意する。マリアにベッタリの王女様は俺が引き受けよう。ちょうど良い」

「ちょうど良い、とは?」

「あの王女様、ロバートに惚れてるぞ。だからマリアにベッタリ張り付いて君とマリアの時間を奪っているんだ」

「……え?」

「絶望していた時に助けてくれた男なら惚れもする。鈍いのは相変わらずだな。妹は姉よりしたたかだ。あれくらいの方が王妃に相応しいと思わないか?」

「ガルシア様はマチルダ様を愛しています。他の女性を王妃にする事はないでしょう」

「ガルシアはマチルダがぴったりだよ。あの2人の代になる頃、俺も即位する。その時、俺の妻がマチルダの妹だったら……両国の関係は更に強固になると思わないか? うまくやれば聖帝国との関係も良くなる。俺は婚約者がいないからな。ちょうど良い」

「ちょうど良いとは、いささか乱暴な物言いではありませんか?」

「ふむ、確かにそうだ。言い方を変えよう。俺はミーシャが気に入った。だから、彼女を俺の妻にする」

「また、いきなりですね」

「なんだ? 自分に惚れている王女様が惜しくなったか?」

「なんでそうなるんですか」

「ははっ、いきなり王女様に好かれていると言われてもどうしていいか分からんだろう? 王女様を俺が引き取ってやろうと言ってるんだ」

「いくら王太子殿下でも、その物言いはいけません。まるでモノのようではありませんか」

瞬間、王太子殿下の顔が厳しいものに変わった。しまった、つい進言してしまったが不敬だと咎められるだろうか。

だが、次の瞬間王太子殿下はとても優しく微笑んだ。

「……その通りだよ。だから、俺はあの国が嫌いなんだ。辺境を守っているのがロバートで良かったよ」

そうか。聖帝国ラーアントでは、女性はモノのように扱われるのか。

王太子殿下がミーシャ様を望まれたのは、政治的な意味だけではないのだな。
我々がこうして穏やかに過ごせるのも、国王陛下や王太子殿下が素晴らしい人だからだ。

「お褒めいただきありがとうございます。今後も精進します。準備はすぐに整えます。明日の午後には出られるようにします」

「うむ。頼んだ」
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