上 下
10 / 16

10. 執事は、潜む

しおりを挟む
「くそっ……! 父上も母上も……リリーばかり褒める!!!」

王太子は、イライラしていた。

周りに当たり散らす王太子に人望はなく、どんどん侍従は入れ替わる。侍従は10人以上居るので、辞めやすいといった事情もある。

フォッグは、退職した侍従のマントを盗んで侍従のフリをしていた。名前も聞かないし、顔すら覚えていない王太子を騙すのは簡単だとフォッグは思っているが、それは魔法を駆使して変装しているからであり、普通はバレる。

「確かに、リリー様は優秀ですからね」

「なんだと?! 貴様、クビにするぞ!」

「……クビですか。承知しました」

そしてまた別人としてやってくる侍従は、やはりフォッグの変装だ。

この国、大丈夫か?

そう思ったフォッグだが、おかしいのはフォッグであって王太子ではない。いや、名前すら聞かない王太子もおかしいが、侍従に与えられるマントは厳重に管理されている。マントを付けているなら信用するのも致し方ない事ではある。

王太子の侍従が入れ替わり過ぎて、マントの数が足りなくなっていなければ……だが。それから、名乗らない事に疑問を持たないのもおかしい。

王太子は侍従の事を使用人程度だと思っている。本来なら侍従は王太子の補佐を務め、陰日向に支えるべき存在なのだが……そんな志のある者は、もう残っていない。優秀な者は他国に留学している。それは、国に見切りをつけている証。

だからこそ、国王は優秀なリリーを手放す訳にはいかなかった。

侍従のフリをしたフォッグは、なんとかリリーに婚約破棄の書面を叩きつけてくれないかと、リリーの父の所業を伝えたりもした。だが、先手を打っていた国王に厳しく厳命されていた王太子は、気軽に書面を書いてくれない。

そんなに文句があるならさっさと婚約を解消しろと何度も思った。側妃狙いの令嬢に正妃を狙うよう唆したりもした。だが、どの令嬢も正妃の大変さを知っている。側妃として楽して贅沢をしたい。そんな令嬢ばかりなので正妃を目指そうと唆すと姿を現さなくなってしまう。

だが1人だけ、なにも分かっていない令嬢が居た。

「また、お姉様にいじめられたんですの……」

「ふん、リリーのヤツ……嫉妬して醜い事をして……」

そう言いながらも、王太子の瞳の奥に仄かな喜びがある。フォッグの心はその度に灼けついた。

「リリー様より、正妃に向いておられるのではないですか?」

「王太子殿下の愛を一身に受けている方が正妃に相応しい。同じお家からなのですから、問題ないでしょう」

変装したフォッグは、怒りを抑えながら何度も何度も婚約解消を薦めた。

だが、王太子はなかなか首を縦に振らない。
その気になるのは嘘吐きな妹だけ。

フォッグは気が付いていた。この男は、リリーを手放す気はない。たくさんの女性と遊びながら……リリーまで……。

いっそ暗殺してやろう。そう何度も思ったが、もしリリーが王太子を好いているなら悲しむ。だからフォッグは、必死で自らを戒めた。

リリーとフォッグが心を通わせ、家出の準備を整えている頃、王太子は明るく、美しくなったリリーに心を傾けるようになった。国王も王妃も、息子の変化に喜んだ。これで国は安泰だと思った国王と、玩具が無事息子と結婚してくれそうだと安心した王妃は、久しぶりに夫婦で外交に出かけた。

リリーの心が王太子にないのなら、見たくないものなど見ない。フォッグは既に、王太子の侍従のフリをやめていた。

だからフォッグは知らなかった。

イライラしたリリーの妹が最終手段に出た事に。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「卒業パーティーで王子から婚約破棄された公爵令嬢、親友のトカゲを連れて旅に出る〜私が国を出たあと井戸も湖も枯れたそうですが知りません」

まほりろ
恋愛
※第16回恋愛小説大賞エントリーしてます! 応援よろしくお願いします! アホ王子とビッチ男爵令嬢にはめられ、真実の愛で結ばれた二人を虐げた罪を着せられたアデリナは、卒業パーティで第一王子から婚約破棄されてしまう。 実家に帰ったアデリナは、父親と継母から縁を切られ、無一文で家を出ることに……。 アデリナについてきてくれたのは、親友の人語を話すトカゲのみ。 実はそのトカゲ、国と国民に加護の力を与えていた水の竜だった。 アデリナを虐げた国民は、水の竜の加護を失い……。 逆にアデリナは幸福いっぱいの二人?旅を満喫していた。 ※他サイトにも掲載してます。(タイトルは少し違います) ※途中から推敲してないです。 「Copyright(C)2021-九頭竜坂まほろん」

誰ですか、それ?

音爽(ネソウ)
恋愛
強欲でアホな従妹の話。

冤罪を受けたため、隣国へ亡命します

しろねこ。
恋愛
「お父様が投獄?!」 呼び出されたレナンとミューズは驚きに顔を真っ青にする。 「冤罪よ。でも事は一刻も争うわ。申し訳ないけど、今すぐ荷づくりをして頂戴。すぐにこの国を出るわ」 突如母から言われたのは生活を一変させる言葉だった。 友人、婚約者、国、屋敷、それまでの生活をすべて捨て、令嬢達は手を差し伸べてくれた隣国へと逃げる。 冤罪を晴らすため、奮闘していく。 同名主人公にて様々な話を書いています。 立場やシチュエーションを変えたりしていますが、他作品とリンクする場所も多々あります。 サブキャラについてはスピンオフ的に書いた話もあったりします。 変わった作風かと思いますが、楽しんで頂けたらと思います。 ハピエンが好きなので、最後は必ずそこに繋げます! 小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿中。

【完結】妹が私から何でも奪おうとするので、敢えて傲慢な悪徳王子と婚約してみた〜お姉様の選んだ人が欲しい?分かりました、後悔しても遅いですよ

冬月光輝
恋愛
ファウスト侯爵家の長女であるイリアには、姉のものを何でも欲しがり、奪っていく妹のローザがいた。 それでも両親は妹のローザの方を可愛がり、イリアには「姉なのだから我慢しなさい」と反論を許さない。 妹の欲しがりは増長して、遂にはイリアの婚約者を奪おうとした上で破談に追いやってしまう。 「だって、お姉様の選んだ人なら間違いないでしょう? 譲ってくれても良いじゃないですか」 大事な縁談が壊れたにも関わらず、悪びれない妹に頭を抱えていた頃、傲慢でモラハラ気質が原因で何人もの婚約者を精神的に追い詰めて破談に導いたという、この国の第二王子ダミアンがイリアに見惚れて求婚をする。 「ローザが私のモノを何でも欲しがるのならいっそのこと――」 イリアは、あることを思いついてダミアンと婚約することを決意した。 「毒を以て毒を制す」――この物語はそんなお話。

公爵令嬢エイプリルは嘘がお嫌い〜断罪を告げてきた王太子様の嘘を暴いて差し上げましょう〜

星井柚乃(旧名:星里有乃)
恋愛
「公爵令嬢エイプリル・カコクセナイト、今日をもって婚約は破棄、魔女裁判の刑に処す!」 「ふっ……わたくし、嘘は嫌いですの。虚言症の馬鹿な異母妹と、婚約者のクズに振り回される毎日で気が狂いそうだったのは事実ですが。それも今日でおしまい、エイプリル・フールの嘘は午前中まで……」  公爵令嬢エイプリル・カコセクナイトは、新年度の初日に行われたパーティーで婚約者のフェナス王太子から断罪を言い渡される。迫り来る魔女裁判に恐怖で震えているのかと思われていたエイプリルだったが、フェナス王太子こそが嘘をついているとパーティー会場で告発し始めた。 * エイプリルフールを題材にした作品です。更新期間は2023年04月01日・02日の二日間を予定しております。 * この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。

【完結】出逢ったのはいつですか? えっ? それは幼馴染とは言いません。

との
恋愛
「リリアーナさーん、読み終わりましたぁ?」 今日も元気良く教室に駆け込んでくるお花畑ヒロインに溜息を吐く仲良し四人組。 ただの婚約破棄騒動かと思いきや・・。 「リリアーナ、だからごめんってば」 「マカロンとアップルパイで手を打ちますわ」 ーーーーーー ゆるふわの中世ヨーロッパ、幻の国の設定です。 完結迄予約投稿済みです。 R15は念の為・・

婚約破棄されたのでグルメ旅に出ます。後悔したって知りませんと言いましたよ、王子様。

みらいつりびと
恋愛
「汚らわしい魔女め! 即刻王宮から出て行け! おまえとの婚約は破棄する!」  月光と魔族の返り血を浴びているわたしに、ルカ王子が罵声を浴びせかけます。  王国の第二王子から婚約を破棄された伯爵令嬢の復讐の物語。

くだらない冤罪で投獄されたので呪うことにしました。

音爽(ネソウ)
恋愛
<良くある話ですが凄くバカで下品な話です。> 婚約者と友人に裏切られた、伯爵令嬢。 冤罪で投獄された恨みを晴らしましょう。 「ごめんなさい?私がかけた呪いはとけませんよ」

処理中です...