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79.追放テイマーとお祭りの朝

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 両手を大きく広げて、朝の冷たい空気を思い切り吸い込んだ。
 
 ふぅぅ。
 やっぱり気持ちいい。

 透き通るような青い空と、ふわふわ浮かぶ白い雲。
 丘を吹き抜ける心地ち良い風。
 すぐ目の前には緑の地面が広がっている。

「えい!」

 少し背伸びをして、丘のふもとを眺めてみる。

 まるで取り囲むように建ち並んでる赤い屋根の建物。
 出来立ての新築ばかりだから、陽の光でキラキラ光っているみたい。
 通り沿いには花壇が作られて、街にいろどりを加えている。

 ……本当に。
 ……絵本やゲームの景色みたい。
 

 田舎だったフォルト村が、こんなににぎやかになるなんて。
 
 嬉しいような。
 悲しいような。
 
 うーん、なんだか複雑な気分。
 ノンビリ田舎生活とかけ離れちゃったけど。 

 でも。
 魔族も人も、みんな優しくて。
 
 ――私。
 ――やっぱりこの世界が大好きだ。


「うぁ、ちょっとくすぐったい!!」

 黒馬のチョコくんと白狼のアイスちゃんが、思い切りじゃれついてきた。
 甘えてくるのは嬉しいけど。

 でも、今日はダメなんだってば。

「衣装が汚れちゃうから、ゴメンね。帰ってきたら遊ぼうね」

 ふんわり広がるボリュームフリルのスカート。
 キュートなフリル付きワンピ。
 胸元には髪のツインテとお揃いの大きなリボン。

 くるりとその場で回転してみると、衣装全体がまるで花のように広がった。

 ……すごくカワイイ。

 ミルフィナちゃんとシェラさん、あと水の魔性メルクルさんが朝から私をコーデしてくれたんだけど。
 完全に吟遊歌姫アイドル の衣装なんだよね、これ。
  
 って。 

「こらっ!」

 今度は背中にじゃれつかれた。
 もう、みんなあまえっ子なんだから。

 本当に伝説の魔獣……ナイトメアと雪狼、フェニックス……うーん? 

「めっ! 今日は本当にダメなんだったら!!」

 振り向くと、赤色の生き物コンビがいる。
 大きな鳥のイチゴちゃんと……赤いまんまるドラゴン……。
 
「え……? ベリル王子?!」
「やぁ」

 ボンと小さな音がして。
 金髪のイケメンが髪をかき上げて現れた。
 
 ……。

 …………。

「なになに? ビックリして声も出ない感じかな?」 
「も、もう、なにしてるんですか!」

 ドラゴンの姿だったけど。
 だったけどさぁ。

 王子にあんなにぴったり身体を寄せられるなんて。
 胸の鼓動が……すごく大きな音を立てて……。
 顔の火照りも止まってくれない。

 どうしようこれ。
 絶対変な子だと思われるよ。

「……ショコラ?」
「ええ。えーと?」
「ねぇ。それって、今日のステージ衣装なの?」
「あはは。うん、まだ全然時間じゃないんだけど。ど、どうかな? 変じゃない?」

 ええ。こうなったら!
 両手でスカートの端をちょこっと掴んで、ポーズを作ってみる。
 
 もう顔真っ赤だし、これ以上恥ずかしいことなんてなにもない……はず!!

「……あの、王子?」

 ちょっと。
 今度は固まってるんですけど。

「もしかして……変でした?」

 うわぁぁぁぁ。
 ……消えたい。
 ……今すぐこの場から消えてしまいたいよぉ。

 おもわず、その場で両頬を押さえてうずくまる。

「ちがうんだ! あまりにもショコラが……」
「……はい……」
「可愛かったから……さ」

 ビックリして顔をあげると、真っ赤な顔で手を差し出す王子が見えた。
 
「王子……ホントに……?」
「似合ってるよ、本当に。あー、それとさ」

 王子は少し照れた表情で言葉を続ける。

「もう王子じゃないからさ。『ベリル』って呼んでよ」
「え……だって……」
「ね。呼んでみて?」
 
 そんな急に言われても。
 どうしよう。

「えーと。ベリル………さん……」
「ちがうよ。ちゃんと呼んでみて」

 彼の澄んだ瞳に吸い込まれそうになる。

「ベリル…………」
「うん。ショコラ」

 王子……ううん、ベリルの顔がゆっくり近づいてくる。
 
 えーと。
 えーと。

「ショコラちゃん!!」

 家の扉が開いて、ミルフィナちゃんが勢いよく飛び出してきた。
 そのまま私に抱きついてくる。

「ミルフィナちゃん!?」
「二人で先に会場に行きませんか? ステージで少し練習もしたいですし」

 彼女の柔らかな頬がぴったりとくっついて、心地いい香りが広がってくる。
 完璧な美少女ヒロイン。
 うん。
 こんなに可愛らしい女の子が存在してること自体、奇跡だと思う。

 顔の火照りが、少しおちついてきた気がする。
 はぁぁぁ、ミルフィナちゃんは私の心のオアシスだよ。

「あのさ、ショコラ?」
「ベリ……ル。あはは、よかったら見に来てくださいね。席は確保してるので!」
「……うん。必ず見に行くよ」

 ミルフィナちゃんは私に抱きついたまま、お兄ちゃんのベリルに向けてベーっと舌をだす。

「お兄さま……油断も隙もありませんわね」 
「可愛い妹は、兄の幸せを願ったりはしないのかな?」
「それは無理ですわ。ライバルですもの」
   
 ライバルって。
 何の話だろう?


**********
 
「うわぁ……会場って本当にここなんですか?」
「ええ。主様の為に、魔王軍が総力をあげて準備しましたので」

 魔王軍四天王の一人、水の魔性メルクルさんが嬉しそうに私の両手を握ってきた。

「ご覧ください、これが魔王軍の力です!」

 今いるのは、村の郊外に作られた特設ステージなんだけど。

 私たちが歌う舞台には、巨大なスクリーンと可愛らしいハートの装飾。
 会場内にも巨大なスクリーンとスピーカーが大量に立てられている。

 前世の歌番組とかイメージPVでも、こんなに豪華なの見た事無いんだけど……。
 なんかスケールが大きいというか。

 魔王軍って……頑張るところ間違えてる気がする。

「ねぇ、もう人がたくさんいるけど。ホントに今から練習するの?」
「当り前ですわ。まだ時間がありますもの」

 ミルフィナちゃんが、両手をぐっと握りしめる。

 彼女も私と同じリボン付きのワンピにフリルスカート。
 髪型もハーフツインテにして双子みたいなお揃いコーデ。

 えーと。
 見惚れてる場合じゃないよね。

「ねぇ。バ、バックステージでやらない? 観客に見られちゃうし」
「でも本当のステージじゃないと、最終チェックが出来ませんわ?」
「う……」

 そうだけどさぁ。
 こういうのって、せめて前日にやったりしない?

「ほら、行きましょう。大丈夫、まだ練習ですもの!」
「うわ!」
 
 ミルフィナちゃんに手を引かれて、ステージの中央付近まで一気に進んだ。
 会場にざわめきがおこる。

 ……だよね。
 ……私だってビックリだよ。
 
「おはようございます、みなさま。今から練習をしますので、お気になさらないでくださいね」

 ミルフィナちゃんが笑顔でお辞儀をする。
 
「うぉぉ、早く来て正解だぜ!」
「練習風景までみれるなんて……最高ですよ!」
「あいつ……トイレからまだ戻ってこないな……まぁ、その分俺が見てやるよ!」  

 最前列のアリーナ付近から沸き起こる歓声。

「うふふ。練習ですもの、観客はまだ気にしなくて平気ですわ」
「え……えええ?!」

 ……気にするなって言われても。

 ちらっと、観客席を見ると。
 歓声のボリュームがさらに大きくなって、会場全体を包み込んでいく。

「さぁ、はじめますわよ!」

 ミルフィナちゃんは、満面の笑みを浮かべると、何度も練習した曲の出だしのポーズになる。
 
 ――こうなったら。
 
 私も彼女の横に並ぶと、同じようにポーズを作った。

 あはは……。
 異世界で私がアイドルやるなんて。

 前世の友達が聞いたら驚くだろうな。
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