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63.追放テイマーと夢の中の夢

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 午後の穏やかなひと時。
 私はストロベリーティーを片手に、ゆっくりと流れていく空の景色を眺めていた。

 大きなバルコニーにレースのかかった可愛らしいテーブル。
 ティーカップを口に運ぶと、ほんのり甘い香りに包まれていく。

 ふぅ。
 気持ちいい。
 なんて贅沢な時間なんだろう。

 これよね、これ。
 私が求めていたのはこんな穏やかな生活なんだよね。
 うー。癒されるなぁ、ホントに。

「ふーん。なんだか、ご機嫌だね」
「ふっふっふ。それはもう。って、え?」

 イス座ったまま身体をのけぞらして後ろをむくと、上下が反対になったイケメンが立っていた。
 
「ぷ。なんてカッコしてるのさ」
「え……え。ええええ!?」
 
 ……ななな。
 ……なんで。

 ここにベリル王子がいるの!?。
 私はそのままイスごと地面に倒れ込そうになる。

「うわ!」
「危ない!」

 フワッとした感覚があって。
 私の身体はまるで宙に浮いたみたいに、ベリル王子に抱きとめられた。 

「……大丈夫、ショコラ?」
「……う、うん。ありがとう」
 
 心配そうな青い瞳に、私の顔が映っている。
 
 この前は、まんまるドラゴンの状態でのお姫様抱っこ。
 今回はさわやかイケメンモード……。

 あの時のドキドキした気持ちと、今の心臓の鼓動がまるで合わさったように響きあってるみたいで。

 どうしよう。
 内側から響いてくる音が大きすぎて。
 王子が笑顔で何か話しかけてきてるんだけど、何もきこえない。

 それに……。
 頬が蒸発しちゃいそうに熱くなってて……。

「……ねぇ、聞いてる?」
「……え?」
「だからさ、僕を置いて輸送の仕事にいくなんて、ひどいじゃないか」
「あー、それはね。この家を使って輸送してるから……」

 ネコ型の巨大な屋敷は、ギルドの旗をくわえながら楽しそうに歩いている。
 
 ――真っ白な雲の中を。

「すごいね、こんなに大きな屋敷が空を飛ぶなんて、さすが女神様……」
「うん。魔王城を見たときも思ったけど。この世界の建物って幻想的でちょっとすごいね!」
「……この世界って?」
「ううん、何でもない!」

 ふぅ、危ない。
 思わず転生の話をするところだった。
 
 まぁ……言っても信じてもらえないよね。
 もし私が逆の立場で、『実は剣と魔法の世界から転生してきたんだ』なんて前世で聞いたとしたら。
 
 ……うん、絶対信じなかったと思う!

「でさ。それと僕が置いていかれたことと、関係あるのかな?」
「あはは。だから、それは……」

「ちょっと、この家は男子禁制なんですけど!!」
「お兄様、どこから来たんですの! ここは女性専用ですのよ!」

 バルコニーの扉が開いて、エリエル様とミルフィナちゃんが飛び込んできた。

「いや、なにそれ。ここショコラの家だよね?」
「違いますわ、お兄様。ここは、勇者パーティー女子寮です!」
「その通りよ、そこの王子! わかったらすぐに出て行って!」
「ちがますって。そういうのはないから!」

 もう!
 たしかになんだか、女子寮っぽいけど。
 別に変な取り決めとしてないから。

「あのね、王子。今回はこの家を使って輸送してるだけだから、住んでるメンバーだけで十分かなって」
「ふーん、でもさ」
「なに?」

 王子は、私の手をとると、その手の甲に口づけをした。

「………え、え、え?!」
「僕はさ、ショコラといつも一緒にいたいんだけどな」

 うわぁぁぁ。
 なんて甘い表情でささやくのかしら。

 ダメだ。
 頭がのぼせすぎて……ぼーっとしてきた。

「え、あれ? ショコラ?」
「ショコラちゃん?!」
「どしたのよ、勇者。大丈夫?」

 なんだか。
 みんなの声が遠くなっていくような気が……。

 薄れていく意識中で、なんども王子の声がリピートされていた。

 王子……それは反則……。
 ばたん。


**********
 

 気が付くと、見覚えのある天井の模様が、目の前に飛び込んできた。
 窓から見えるのは、いつもの丘の上の風景。 
 
 差しこんでくる赤い陽の光が、もう夜が近いことを教えてくれる。

「あれ? えーと……」
「……気がついた?」

 ゆっくり周囲を見渡すと、ベリル王子がベッドの横にあるイスに座っている。

「あれ? さっきの……夢……じゃないよね?」
「なにかいい夢をみたの?」

 ……いい夢。
 ……いい夢だったのかなぁ、あれ。

 うん、でも。
 とても幸せな気分だった……と思う。

「あのね、王子が私の手の甲にキスをしてくれたの……一緒にいようって」
「そうか。それはどんな気分だった?」
「えーと……恥ずかしくて……でも……嬉しかった……」

 なんだかまだふわふわする。
 えーと
 これはまだ夢? 現実?

「そっか。嬉しかったんだ。よかった……」

 王子は私の頭を優しくなでると、そっと目に手をあててくる。
 うふふ。
 なんだかあたたかい空気に包まれてる気分。
 
 ……そっか、まだ夢の中……なんだ。

「ずっと色々あったから疲れてるんだよ。今はゆっくり休んだ方がいい」
「……あのね。猫の屋敷が空を歩いたの。荷物を運ぶために。なんだか絵本みたいで不思議だったぁ……」
「不思議?」
「うん、だって……前世なら絶対にありえなかったから」

 ベリル様が頬に手をあててくる。
 私はその手を両手でぎゅっと握しりしめた。

 夢なんだし……これくらいいいよね。

「ねぇ、前世って言ったよね? もしかして生まれる前の記憶があるの?」
「……うん。あるよ。別の世界の……」
「……ホントに? それってどんなところか聞いても良い?」

「うん。剣や魔法が無くてね……でも。電気とか科学が進んでいて……車とか……電車とか……」

 なんだか、また意識が遠くなっていく。
 夢の中なのに眠くなる、どういうことなんだろう……。

「前世……はっ、そうか! ショコラは別の世界からきた『転生勇者』なんだね!!」

 王子が、ラノベのタイトルみたいな言葉を言った気がするけど。

 まぶたが仲良くくっついて……離れなくなってきて。
 再び、王子の声が遠くなっていった。
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