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星降る世界とお嬢様編

50.お嬢様と世界を飲み込む者

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 空に広がった黒い影は、滲むように広がっていき。
 周囲が闇に包まれていく。

 砦の照明の光すら。
 吸い込まれていくように消えていく。

「消えろ! 消えろ! 世界のすべてを無にしてやる!」

 暗黒竜から聞こえてくる声は、もう由衣のものではなくて。
 雷のような激しい怒りの響きで。

 恐怖の感情が、指の先まで伝わっていくの感じた。

 なにあれ……。
 なにあれ……。

 暗黒竜がいたはずの場所にあるのは、黒い巨大な球体。
 丸い塊は……不気味な光を放ちながら。
 星と、そして周囲の魔物を吸収していく。

 黒い光なんて……こんなの初めて見た……。
 なんて禍々しい輝きなんだろう……。


**********

「ダメですわ、わたくしの魔法の木々もすべて吸収されています!」
「私の氷の壁もよ……なんなのあれ……」
「うーん。ゲームの展開とはだいぶ違うみたいだね」

 三人の放つ攻撃魔法は、黒い球体に届く前に。
 霧のように拡散して、吸収されていく。

「お姉ちゃん。なんだか体中の魔力が……」

 ナナミちゃんを覆っていたハートの数がどんどん減っていく。

 まさか。
 あの黒い球体。

 ――私たちの魔力まで吸収してるの?!

 どんどん目の前の景色が大きくゆがんで。
 立っていられない。

 強烈な魔力不足によるめまいに、意識を失いそうになる。
  
「クレナ!」
 
 あたたかい何かに、やさしく抱き抱えられる感覚がした。
 ぼんやりと見える景色に、金色の美しい髪が見える。

「まずいです、ご主人様。ストップの魔法が……」

 慌ててかけよってくる大きな赤いドラゴンが瞳に映った瞬間。

 砦のざわめきが……周囲の音が戻ってきた。


「うふふ、これで形勢逆転ね、お姫様?」

 激しく魔法と武器のぶつかり合う音が、砦に響き渡る。
 再び動き始めた魔人たちが、暴れているの?
 視界がぼやけて……良く見えない。

「竜姫様おさがりください。ここは我らが!」
「王子と姫を守れ!」

「無駄よ……大人しく倒されなさい!」
「ごめんねー! やっぱり降参取り消しでー!」

 近くで大きな戦闘音と……。
 人が倒れていく音が聞こえる……。
 
「さぁ、王子。おとなしくお姫様を引き渡してもらえます?」
「ふざけるな! クレナは……渡さない!」

 シュトレ様が……危ないの?
 ダメだ……。
 目を開けると景色が大きくゆがんで、
 意識が集中できない……。
 
 (お母さま……)

 鈴の音のような、可愛らしい声が意識の奥に響いてくる。
 なんだろう……この声。

 (お母さま……お父さまを助けて!)

 もしかして。
 パルフェちゃんなの?
 ゴメンね……情けないお母さんで。
 でももう魔力が……。

 (わたしの魔力をお母さまにあげる。だから……お願い!)

 まるで、腕の中に愛おしい誰かを抱きしめたような感覚がして。
 お日様のような優しい香りに包まれていく。

 胸の奥から、光があふれてくるような強い力が流れてきた。

 桃色の柔らかそうな長い髪。
 青空のように澄んだ瞳をした女の子が、一瞬頭に浮かぶ。

「パルフェちゃん!」


 ――目を開けると。

 シュトレ王子が私を庇うように抱きしめていて。
 周囲を魔人達が取り囲んでいた。

 その奥では。

 リリーちゃん。
 ジェラちゃん。
 ガトーくん。
 ナナミちゃんが……地面に倒れている。

 うそ……。
 そんな……。


「なにも、私たちも敵対したいわけじゃないのよ? おとなしく捕まってよね」

 サキさんが妖艶な動作で髪をかき上げると。
 私たちに手を伸ばしてきた。

「……ふざけるな。クレナはオレが必ず……」

 シュトレ王子は、その手をはねのけると……。
 ずるりと地面に崩れ落ちた。

「シュトレ様!」

 多分……王子は。
 庇っている時にずっと攻撃をうけてくれれたんだ。
 
 私は慌てて、王子に回復魔法を唱える。

「なに。まだ動けたの? それにその魔力……はぁ、さすが主人公側よね……」

 サキさんは、周囲の魔人が攻撃しようとしたのを制止して。
 優しい声で話しかけてきた。 

「転生者同士仲良くしましょうよ? 暗黒竜の力と魔人、そして貴女たちが手を組めば……」

 私は大きく首をふると。
 空に浮かぶ黒い球体を指さした。

 それは……不気味な輝きを放ちながら、砦の上空を覆うほど巨大になっている。

「……あれが本当に……由衣が望んていたことなの?」
「そうよ。アリアちゃんなら、暗黒竜を制御できるから……」
「あれのどこが、制御できてるのよ!!」

 私の叫びに。
 取り囲んでいた魔人たちが動揺する。

「ちゃんと見て! このままじゃ、世界のすべてを飲み込んじゃうんだよ?」

 乙女ゲーム『ファルシアの星乙女』のバッドエンドは。
 ヒロインと攻略対象が、暗黒竜に負けて。
 竜は世界中の星を食べつくしたあと……そこにいる生き物ごと……世界そのものを吸収して。
 すべてが無になって終了する。

 乙女ゲームなのに、なんて最悪なエンドなんだろうって。
 妹と……由衣とよく話してたけど。

 今、目の前で起きてる現実は……。
 私の知っているラスイベよりさらにひどい状況で……。

 このままじゃ本当に世界が……。

「……世界を飲みこむなんて……そんなことあるわけないじゃない!」
 
 サキさんは大きな声で叫ぶと。
 私に掴みかかろうとする。

 その手を……シュトレ王子が振り払った。
 
「クレナ……行こう。あの黒い影を倒そう……」
「……シュトレ様!」

 目を覚ました王子は、私の両手を握る。

 私たちの周囲を、大量の星が包み込んだ。
 サキさんも取り囲んでいた魔人たちも、星の力で吹き飛ばされる。

 ――星乙女の最強魔法。
 ――恋する力。
 

「アンタたちだけにカッコいいとこ取られるのは……許せないわ……きょ、協力させなさいよね!」

 気が付くとジェラちゃんが起き上がっていて。
 私たちに近づくと、そっと手を重ねてきた。

「お姉ちゃん……私も戦うよ」
「……クレナちゃん、兄上。最後くらい、かっこつけさせてよ」

 ナナミちゃんも。
 ガトーくんも。
 いつのまにか星の輪の中に入ってきて。
 両手を差し出だしてくる。

「その星の力……あたたかくて……傷が回復していきますわ……」

 リリーちゃんが私の横にそっと寄り添うように近づくと。
 みんなの手の上に、両手を重ねてきた。


 私たちの周囲には、今までで一番たくさんのほしがきらめいて。
 一つ一つにみんなの思い出が映し出される。

 それは、子供の頃からの……大好きな仲間と過ごした。
 大切な。
 大切な思い出たち……。

 私はみんなの顔を見渡すと。
 出来る限りの笑顔で答えた。


「行こう……この世界を……絶対に救うんだ!!」
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