上 下
168 / 201
星降る世界とお嬢様編

34.お嬢様と黒い影の塊

しおりを挟む
「もう、なんで主人公側って、すぐに力に頼ろうとするのかしら?」
「あはは。でも、あの炎ブレスの奇襲はすごかったね。結構いけてたと思うよ!」

 私たちは、帝国のテントの中で。
 サキさんとカレンさんにかけられた結界魔法でぐるぐる巻きにされていた。

 ストップの魔法が使えなかった私たちは……くやしいけどほとんど抵抗できなかった。

 結界がかかった状態って。
 ある程度動いたりは出来るんだけど。
 魔法は全く使えないし、小さな子供くらいの力しか出せないみたい。

「お姉ちゃん待っててね。すごいもの見せてあげるから!」
「お供しますわ、アリアちゃん」

 由衣は私たちに結界がかかったのを確認すると。
 満面の笑みを見せて、リリーちゃんと先にテントから出ていった。


「ねぇ、サキさん。由衣を止めて! サキさんのいうことなら……」

 サキさんは、この世界で由衣のお姉ちゃんだと思う。
 私の言葉は届かなくても、彼女の言葉なら。

「んー。止める理由がないのよね。あの子、この日の為に頑張ってきたし」
 
 彼女はテントの奥にあった金庫のような箱から、書類の束を持ってきた。
 どれもぎっちり可愛らしい文字が書き込まれている。

「これは……」
「あの子の努力の一部よ。転生してからゲームのエンディングをどう回避するのか。あの子なりにずっと考えてたの」

 『ラスボスを回避するには……』
 『魔人の子たちの救い方……』
 『王国と帝国の戦力分析……』 

 帝国側から見たこの世界の事が、由衣の視点で書かれていた。
 そういえば……。
 あの子、テスト対策ですごく綺麗なノートを作ってたよね……。
 
 こういうとこは……変わってないんだ……。
 不器用なくらい真面目で……。
 しっかりものの、大切な私の妹……。

「世界を制服したあとの政治形態とか、国や人の配置まで、ホントにいろいろ書かれているわ」

 サキさんは紫色の長い髪をかきあげると、真剣な表情で見つめてきた。
  
「思い付きで言ってるわけじゃないのよ、あの子。これも全部……あなたと一緒にいたいから……よ」

 由衣……。 
 私がうつむいていると、カレンさんが嬉しそうに近づいてきた。

「いいじゃん。転生者で集まって、ゲームの世界で無双しちゃおうよ! ほら、ラノベの定番って気するっしょ!」

 確かに……。
 大好きだった異世界転物のラノベやマンガって、そんな話が多かった気がする。

 チート無双で英雄になったり。
 影の支配者になったり。
 自分の国を作ったり。

 でもそれって。
 その世界に住んでいる人たちや国のことを……本当に考えてたのかな……。
 

**********

 しばらくすると、嬉しそうな顔をして由衣が飛び込んできた。

「お姉ちゃん、準備出来たよ! こっちこっち!」

 私の手を引いて、テントの外にひっぱっていく。
 サキさんとカレンさんに促されて、ほかのメンバーもテントの外に出た。
 
 ――そこには。

 いつの間にか、巨大な魔法陣が描かれていた。
 魔法石を砕いて書いたみたいで、文字や図形がキラキラ光っている。

「ね? お姉ちゃん、キレイでしょ!」
「……そうね」

 確かにすごくキレイだけど。

 なんだろう。
 全身の感覚が危険を知らせている。
 よくわからない不安な感情が膨らんでいく。

「ご主人様、今すぐその魔法陣を壊して! 発動させちゃダメ!」
「それはダメなのだ!」
「アリアちゃんの邪魔はゆるしませんわ!」

 駆け寄ろうとするだいふくもちの前に、リリーちゃんが立ちふさがる。
 魔法の木が現れて、大きな壁になった。

「ちょっと、大人しく見ててよね。せっかく準備したんだから」

 由衣は不満そうに頬を膨らませた。

 もしかして、あの魔法陣。
 
 ……まさか!?
 ……まさかだけど。

「由衣やめて! この魔法陣はラスボス召喚の……」

 由衣は満面の笑みで振り返ると、胸のネックレスに両手を当てた。

「あたりよ、お姉ちゃん。宮廷の地下で育てたこの子を見せてあげるね!」

  
 ネックレスから、黒い影が幾重にも伸びて。
 魔法陣に流れ込んでいく。

 やがて影は魔法陣を包み込み。
 巨大な黒い塊になっていく。
  
「さぁ、私の呼びかけに応えて!」

 あっという間に巨大化した黒い塊から。
 大きな手と、三本の大きな首。
 巨大な翼。
 長い尻尾が伸びてくる。

 
 それは……。

 妹と何度もゲーム画面で見た……。

 公式には名前がついてなくて。
 ゲームキャラやプレイヤーから『暗黒竜』とだけ呼ばれていた存在。

 巨大な……影の集合体。
 この世界の空の星を食べつくし、やがて世界そのものも飲み込んでしまう存在。


 乙女ゲーム『ファルシアの星乙女』に登場するラスボスが……。 

 そこに……出現した。

「どう! すごいでしょ。これが私たちの切り札よ!」

 由衣の言葉に、暗黒竜が答えるように大きな咆哮を上げた。

 それは。
 砦が……ううん。
 この世界全体が大きく揺さぶられるような恐ろしい声で。

 私たちは恐怖で動くことが出来なかった。


 ――次の瞬間。

「やっぱり、召喚されちゃいましたかー。ここは一度逃げましょうー」

 金色の輝く少女が目の前に現れた。

 彼女が、両手を大きく広げると。
 いきなり視界が強い光に包まれる。

 眩しくて目を開けていられない。
 やがて、意識がゆっくりと遠くなっていった。


**********
 
 気が付くと、全てが白い空間にいた。
 周囲を見ると。
 みんな真っ白な空間でぷかぷか浮かんでいる。

「ちょっと……これどうなってるのよ?」
「ひょっとして僕……死んじゃいました?」
「死後の世界でもお姉ちゃんと一緒なんて……嬉しい……」

 ジェラちゃんとガトーくんは身体を回転させながら、周囲をくるくると見渡している。
 
 ナナミちゃんは、頬を赤くして潤んだ瞳で見つめてきた。
 さすがヒロイン……どこまでもカワイイ。

「……クレナごめん。約束を守れなかった」
 
 シュトレ王子は、水中をおよぐように私に近づいてくると。
 そのまま泣きそうな顔をして、強く抱きしめてきた。
 私の頬に、彼のぬくもりと心臓の音が伝わってくる。

 そっか。
 突然こんなところに来たら。
 死んだって思うよね。

 ……ラスボスの目の前だったし。 

 私はそっとシュトレ王子を抱きしめ返すと、笑顔で話しかけた。

「あのね……ここ天国じゃないよ。多分、私の知ってる場所だから」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結160万pt】王太子妃に決定している公爵令嬢の婚約者はまだ決まっておりません。王位継承権放棄を狙う王子はついでに側近を叩き直したい

宇水涼麻
恋愛
 ピンク髪ピンク瞳の少女が王城の食堂で叫んだ。 「エーティル様っ! ラオルド様の自由にしてあげてくださいっ!」  呼び止められたエーティルは未来の王太子妃に決定している公爵令嬢である。  王太子と王太子妃となる令嬢の婚約は簡単に解消できるとは思えないが、エーティルはラオルドと婚姻しないことを軽く了承する。  その意味することとは?  慌てて現れたラオルド第一王子との関係は?  なぜこのような状況になったのだろうか?  ご指摘いただき一部変更いたしました。  みなさまのご指摘、誤字脱字修正で読みやすい小説になっていっております。 今後ともよろしくお願いします。 たくさんのお気に入り嬉しいです! 大変励みになります。 ありがとうございます。 おかげさまで160万pt達成! ↓これよりネタバレあらすじ 第一王子の婚約解消を高らかに願い出たピンクさんはムーガの部下であった。 親類から王太子になることを強要され辟易しているが非情になれないラオルドにエーティルとムーガが手を差し伸べて王太子権放棄をするために仕組んだのだ。 ただの作戦だと思っていたムーガであったがいつの間にかラオルドとピンクさんは心を通わせていた。

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした

葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。 でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。 本編完結済みです。時々番外編を追加します。

ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~

柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。 その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!  この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!? ※シリアス展開もわりとあります。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?

すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。 一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。 「俺とデートしない?」 「僕と一緒にいようよ。」 「俺だけがお前を守れる。」 (なんでそんなことを私にばっかり言うの!?) そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。 「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」 「・・・・へ!?」 『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!? ※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。 ※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。 ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。

貴方といると、お茶が不味い

わらびもち
恋愛
貴方の婚約者は私。 なのに貴方は私との逢瀬に別の女性を同伴する。 王太子殿下の婚約者である令嬢を―――。

【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!

ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、 1年以内に妊娠そして出産。 跡継ぎを産んで女主人以上の 役割を果たしていたし、 円満だと思っていた。 夫の本音を聞くまでは。 そして息子が他人に思えた。 いてもいなくてもいい存在?萎んだ花? 分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。 * 作り話です * 完結保証付き * 暇つぶしにどうぞ

処理中です...