上 下
66 / 131
第2章 英雄の最期

第25話 ルシエン(後編)

しおりを挟む
 赤髪の魔女に私を預けて、背中を向けたノイズに問う。

「ノイズ。一つ教えて」
「様つけろやクソガキ」
「あんたを睨んだ私以外の奴って生きてんの?」
「さあ?知らね。興味ねえもん」

 そう言ってノイズは部屋から去っていった。

 それから私は赤い髪の魔女の指導の元、魔法と体術を鍛えた。
 そして裏社会で生きるための術も学んだ。
 だがそれは私にとってどうでもよかった。
 ただこの力を使って、クソッタレな世界をめちゃくちゃにしたかった。

 殺して殺して殺して実績を重ねていくうちに、自分と似たような境遇の魔女や剣士、民に溶け込んでいる連中と知り合った。
 皆、私と同じ目をしていて、同じことしか考えてなかった。
 だから私は彼等を仲間だと認識した。

 ノイズはそんな私たちを見て笑っていた。
 そして言ったのだ。
 この腐った世界を変えるのは俺たちだと。
 その日から私はノイズの右腕となった。
 そして裏社会で生きる魔女や剣士、民が徐々に増えていった。
 それはまるで……そう、まるで……私の理想とする世界の縮図のようだった。

「キヒ♥ルシエンてさあ、あのノイズの右腕なんだってぇ?
 やっぱ夜の奉仕とかしてんのぉ?」

 ただ、苦手な仲間も当然出てくる。
 とある仕事で一緒になったジーニア・クレッセントとかいう似た年頃の魔女がそうだった。

「無視かよ。……そういや知ってるかぁ?
 ノイズってデリムの少年兵率いて叛乱してたじゃん?
 その頃の唯一の生き残りが、今はアランの傭兵団にいるらしいぜぇ?」
「ほう……ジーニアにしてはいい情報だな。
 それを聞かせたかっただけか?」

 ジーニアは腕を組んで口笛を吹く。

「ヒャハ♥情報料欲しいけど、あたしとルシエンの仲だ。
 特別に教えてやるよぉ。
 名前はリョウ・アルバース。
 まだ無名だけど、こいつはそのうち世に出てくるよぉ。
 なんでかって?決まってるじゃねえかぁ。
 ノイズ・グレゴリオに復讐するって公言してるんだからさぁ♥」

 どういう感情が、私に渦巻いたかは思い出せない。
 ただ、その時感じたのは憎悪だったのは間違いない。
 ノイズに復讐?
 私ができないことをあっさりと言ってのける存在がいるという事実と、ノイズを貶されたことによる怒りが私を支配した。

「キヒ♥ま~だ卵から孵化もしてないから、殺しのターゲットにもなってないぜぇ?
 でもでもぉ、いつかは殺しの依頼が来るかもなあ。
 ウヒヒヒ♥」

 ジーニアはそう言って嗤う。

 これをあの日、ノイズに会った直後に聞いていたらどうなっていただろう。
 もしかしたらなんとしてでも逃げ出し、リョウとかいう少年に会いに行き、共にノイズを殺そうと手を握りしめていたかもしれない。
 私の持てる全てを少年に捧げ、賭けたかもしれない。

 でも、今はもう違った。
 私にノイズを殺すことは出来ない。
 何故なら、理想の世界を我らが神に捧げるには必要不可欠な男だと理解してるから。

 それから私は慎重にリョウ・アルバースの行動を探った。
 ダーランド王国で起きた麻薬戦争。
 裏で手を引いていたのは我々だった。
 ダーランド王国の将軍と、一部の貴族と結託して麻薬を広めていたのだ。

 戦端を開いたのも我々。
 勝敗はどうでもよく、混沌を撒き散らすことが目的だった。
 だが、アラン傭兵団が早期介入したことで戦局が変わった。

「恐るべしは団長グレンよ。
 奴の、戦がどこでどう始まり、どう動けば戦果を得られるか嗅ぎ分ける嗅覚は厄介じゃ」
「いずれは始末せねばならぬが、軍勢率いるグレンを先に潰すのは至難の業」
「アラン傭兵団。この恨みは忘れぬぞえ」
「思ったより死者が出なかったのう。
 じゃがまあ案ずることはなかろうて」
「ヒューイットを討ち取ったという、アランの傭兵はまだ16歳の少年じゃとよ。
 ヒューイットも所詮は小物であったのぉ」
「ベルガーの仕込みも大分進んでおるが、邪魔せんで欲しいのぉ」

 我々の頂点に君臨する、髪色でしか見分けがつかぬ、赤色の髪と白色の髪と水色の髪と黒色の髪と紫色の髪と緑色の髪の老婆。6人の老婆の魔女の会話。
 控えながら聞いていた私は身震いした。
 ようやくリョウ・アルバースが世に出たのだと実感したのだ。

「恐れながら申し上げます。
 ヒューイットの敵討ちを、是非とも私にお命じください」

 だが、全員無関心だった。

「よいよい。そんなことよりもルシエンは、己の任務を精進せえ」

 それで会話は終わった。
 まだ奴の知名度がないから重要視してないのだろう。
 暢気なババアどもよと思いつつも、逆らわず引き続き監視だけをしていった。

 奴がダーランド王国から、隣国ベルガー王国へ単身で渡ったのは暫くしてからのことだった。
 そこでビオレールの街で我々の計画を台無しにした事実と、ジーニアを退けた手腕。
 七剣神アデル・アーノルドの子にして麒麟児と名高きオルタナ・アーノルドと戦い引き分けたとの話を聞き、少しだけ小躍りしてしまった。

 これで奴を始末する口実が出来たと。

「英雄とは天運と実力を兼ね備えた者のことをいいます。
 リョウ・アルバースはその両方を持っております。
 まだ実績少ないのは確かですが、進んでる道は英雄への王道かと。
 始末するなら今がタイミングでありましょう」

 私を長年駒と見てきた老婆の魔女たちに熱弁した。

「ふむ。仲間にあのローゼマリー王女と、エルフまで加えておると言うしのう」

 赤髪の老婆チャービルが呟く。

「そっちのほうが重要視すべきぞえ。
 だから我は言ったのじゃ、報告を聞いた段階で早急に魔女ローゼと名乗る者を捕らえるべきじゃと」

 白髪の老婆フェンネルが喚く。

「待て待て、魔女が騒ぎを起こしたばかりのビオレールで我々が行動を起こすは愚策よ」

 水髪の老婆タイムが仲裁する。

「領主が殺されるとはのう。世も末じゃ」

 黒髪の老婆マツバが嘆く。

「英雄を望んでる連中は多い。
 その者らを挫くにはリョウ・アルバースは絶好の的じゃぞ?」

 紫髪の老婆ローレルがほくそ笑む。

「エルフ。欲しいのう」

 緑髪の老婆アロマティカスが涎を垂らす。

 老婆の魔女たちは勝手に盛り上がっていった。

 そしてジーニアが戻って来て詳細を報告後、私に命が下る。
 私は喜んで受けた。

 出立前にノイズに訊いた。
 リョウ・アルバースを覚えているかと。

「ん?男の名前なんざいちいち覚えねえよ。
 でも、あの根性だけは認めてやるぜ」

 ノイズはそれだけ言って、またどこかへ行ってしまった。

 覚えていたのだとわかった。
 ならば忘れさせてやろう。
 ノイズを睨んだ人間は私1人で十分だ。
 私が奴を必ず仕留める。

 どんな手段を用いてでも。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

結婚しても別居して私は楽しくくらしたいので、どうぞ好きな女性を作ってください

シンさん
ファンタジー
サナス伯爵の娘、ニーナは隣国のアルデーテ王国の王太子との婚約が決まる。 国に行ったはいいけど、王都から程遠い別邸に放置され、1度も会いに来る事はない。 溺愛する女性がいるとの噂も! それって最高!好きでもない男の子供をつくらなくていいかもしれないし。 それに私は、最初から別居して楽しく暮らしたかったんだから! そんな別居願望たっぷりの伯爵令嬢と王子の恋愛ストーリー 最後まで書きあがっていますので、随時更新します。 表紙はエブリスタでBeeさんに描いて頂きました!綺麗なイラストが沢山ございます。リンク貼らせていただきました。

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

アレキサンドライトの憂鬱。

雪月海桜
ファンタジー
桜木愛、二十五歳。王道のトラック事故により転生した先は、剣と魔法のこれまた王道の異世界だった。 アレキサンドライト帝国の公爵令嬢ミア・モルガナイトとして生まれたわたしは、五歳にして自身の属性が限りなく悪役令嬢に近いことを悟ってしまう。 どうせ生まれ変わったなら、悪役令嬢にありがちな処刑や追放バッドエンドは回避したい! 更正生活を送る中、ただひとつ、王道から異なるのが……『悪役令嬢』のライバルポジション『光の聖女』は、わたしの前世のお母さんだった……!? これは双子の皇子や聖女と共に、皇帝陛下の憂鬱を晴らすべく、各地の異変を解決しに向かうことになったわたしたちの、いろんな形の家族や愛の物語。 ★表紙イラスト……rin.rin様より。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

処理中です...