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第1章 復讐の魔女

第2話 傭兵の少年

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(今日中に森を抜けて、村まで行けるかな?
 旅費も稼がなきゃだし、王都目指すのにビオレールで冒険者登録も必要だろうし)

 私は王都まで旅をするために、とりあえず森を抜けようと歩いていた。

 ビオレールという街が目標だ。
 ビオレールは、ベルガー王国の東に位置し、隣国ダーランド王国と国境を接する街だ。

 要衝の地であるビオレール領。
 そこには多くの村が点在していて、魔獣や魔物も多く生息している。
 冒険者を生業にしている者も多いと聞いているから、仕事にも困らないだろう。

(黒髪の漆黒の剣の持ち主の、恐らくは魔女の女。
 ……両親を殺した人物の情報や、復讐の手がかりが掴めるかもしれない)

 王都ベルンに行くのは、それからでも遅くはない。
 その前に、ビオレールで冒険者登録をしておきたい。
 何故なら、身分を証明するものを持ってない私なのだ。
 1人旅をするなら、やはり冒険者登録しておいた方が何かと都合が良いだろう。

 王女という身分のままだったら、情報集めなんて楽勝だったかも。
 復讐もアデル等の配下任せで、既に完了していたかもしれない。
 ディルによって王女は死亡したことになっているので、今更そんなことは不可能だし、そうなった選択した自分に後悔してない。

 何年かかろうとも、私個人の力だけで必ず復讐をやり遂げてみせる。
 そう心に誓いながら、鬱蒼たる森の中を歩いてゆく。

 突然、前方から木々が折れる音がした。
 森に住まう魔獣の中でも、上位種であるフォレストウルフの登場だ。

「やるのかな?やめておいたほうが良いのに」

 私は呟きながら、杖を構えた。
 フォレストウルフとは、体長3メートル前後の狼型の魔獣で鋭い牙と爪が特徴的だ。
 通常の狼よりも身体能力も高く、動きは俊敏である。
 グルルルと唸りながら涎を垂らしたフォレストウルフが、私の前方に躍り出て鋭い爪を向けてくる。
 敵意むき出しの様子で威嚇してくるが、私は杖を構えると短くこう呟くのだ。

『炎よ、敵を穿て!』

 杖から放たれた炎の弾を、フォレストウルフはモロに浴びて倒れ込む。

「手加減したから命に別状はないと思うけど。
 ……どうする?続ける?」

 倒れたまま、起き上がろうとしないフォレストウルフに問いかける。
 グルルルル……と低い唸り声をあげながらこちらを睨みつけてくる。
 まだ敵意は消えてないようだが、一向に私に飛びかかろうとしてこないのを確認して、私は杖持つ構えを解く。

「テリトリーに入っちゃったから怒ってるのかな?
 すぐ出てくから安心して」

 森の中は弱肉強食。
 弱い者は強い者に食べられるのは自然の摂理。
 強い者が勝つのではなく、生き残っている者が勝ちなのだ。
 弱肉強食の摂理は魔獣の世界でも一緒。
 だから、とどめを刺さない私を不思議に思ってるのかもしれない。

 私は倒れているそいつの横を警戒しながら素通りして、その場を後にするのだった。
 私がそこから立ち去った後、しばらく森の中に獣の唸り声が木霊したような気がした。

 それからも色んな魔獣の視線を背後から感じる。
 どうやらフォレストウルフ以外の、この辺り一帯の魔獣が私を警戒しているようだった。

(なんか物凄く警戒されてる?
 修行でよく群れの中に放り出されて倒しまくったしなあ。
 まあいいや、旅の邪魔さえしなければね)

 街に着く前に面倒事は起こしたくない。
 魔獣たちが私に手を出してこなければ良しとしよう。
 私は歩きながら空を見上げた。
 空はまだ青く、日暮れまでには時間があるようだった。
 魔獣は夜行性が多い為、まだ襲いかかられても私が有利だ。

 木漏れ陽の森の中、私の動向を注視しているかのような魔獣たちの気配はヒシヒシと感じる。

 それでも何事もなく、1時間ぐらいは歩き続けた頃合いだろうか? 

 行けども行けども獣道を歩きつつ、気配のする魔獣に牽制していると疲れが出てきた。
 どこかに休める場所でもないかなぁ、と思いつつ歩いていると、水のせせらぎが聞こえてきた。

 森の木々が、その一面だけ開けた空間になっている。
 泉が、木々から漏れる日の光で水面を照らしている。
 とても綺麗な光景に、私は驚きながら呟いた。

「へえ、ずっとこの森の中で住んでいたのに、全然知らなかった」

 思えば昼は魔法の修行、夜は祖母の書庫を漁ることに没頭していたから、気づかなかったのかも。

「なんか変なのいないよね?」

 周囲を警戒し、魔獣の気配がないか確認し、水の中にも何かいないか慎重に見て回る。
 幸いにも何もいないので、私は手で水を掬ってみる。

「毒もなさそうね、これなら」

 泉の水を口に含んでみると、冷たくて美味しい。
 両手で水をすくって顔を洗って、顔を上げて空を仰ぐ。

「ああ、本当にいい天気。鳥の囀りが心地良い。
 ……少し水浴びしていこうかな」

 私は服を脱いで、泉の中に足を踏み入れると、冷たい水が火照った身体に染み渡る。

「はあ~良い気持ち」

 木々の揺らめきと木漏れ陽と、水のせせらぎが私を癒やしてゆく。
 しかし、そんな癒しの一時が、突然終わりを告げる。
 木々からバサバサッと鳥が飛び去り、魔獣共の興味が私から別に向かった雰囲気。

 剣戟と怒声が聞こえてくる。
 ……誰かが戦っているようだ。

 私は咄嵯に木の陰に隠れ、様子を伺った。
 そこで目にしたのは黄土色の皮鎧を着た黒髪の少年に、いかにも野盗風の3人の人相の悪い男たちが斬りかかっていた光景だった。

(黒髪……それにあの剣⁉漆黒の剣!)

 落ち着け私……性別も年齢も私の両親を殺した人物と違う。
 黒髪なんて他国では珍しくないって、お祖母ちゃんも言ってたじゃないか。

 それに私の仇の女は、傾国の美女と言っていいぐらいの美女だった。
 けれども少年の容姿は目つきは悪く、美男子とは言い難い。
 それに男だから当然だけど魔力もなさそうで、血縁関係もなさそうかな?
 少年の着ている黄土色の皮鎧……たしか大陸一の傭兵団の団員の証だった気が……

 それにしても、あの少年強いな。
 私はその戦いぶりを見て素直な感想を抱く。
 相手の攻撃を紙一重で交わしながら、剣で反撃していく。隙のない動きだ。
 そして最後の1人を斬ろうとした時、私はハッと息を飲む。
 彼の背後から、魔獣が漁夫の利を得ようと今にも飛びかかろうとしていた。

 少年は3人目を仕留め、安堵の表情を浮かべて大きく息を吐いている。
 駄目!気付いてない‼ 

 私は思わず飛び出し魔力障壁を展開させ、魔獣の攻撃を防ぐ。
 魔獣はグリフォン、鷲の上半身と翼と獅子の下半身を持つ幻獣だ。

『炎よ、我が魔力を糧とし、敵を滅ぼさん力をここに!』

 私は詠唱して手から火の玉を出現させ、魔獣に向かって放つ。
 魔獣は回避行動を取る間もなく、直撃を受けて燃え盛る。

「なっ⁉」

 少年が驚いた表情でこちらを見る。
 燃えるグリフォンを確認し、私を見るや顔を真っ赤にして視線を逸らす。

 慌てて自分の姿を確認する。

 しまった!私……裸だ。

 見られた⁉ 
 胸元を隠してしゃがみ込む。
 頭の中で羞恥心と混乱が入り混じる。

「す、すまん」

 少年は、申し訳なさそうな表情を浮かべながら背を向けた。

「ちょっと待ってて。
 服を着るからそのままこっち見ないで!
 あと、絶対覗かないで!」

 私は急いで衣服を身につけてから、改めて少年の方を見た。
 少年はこちらを振り向いてはいなかった。

「もういいよ」

 私の呼び掛けに応えて振り向く少年は、顔は少し赤らめていて視線が定まっていない。

 うーん話しづらい……こっちだって初めて異性に肌を見られたんだし。

「助けられたようだな、礼を言う」

 彼はそう言うと、私に頭を下げてきた。
 目つきは悪いけど意外と礼儀正しいなぁ。
 よく見ると、背は私より10センチぐらい高く、体つきは細身だけど引き締まっている。

 柄が悪くないのはありがたい。
 こっちとしても接しやすいので助かる。
 歳は私と同じか少し上かな? 
 黒髪黒眼で、ベルガー王国ではあまり見かけない容姿だ。

「まあ、偶々目撃しちゃったからね。
 そっちは大丈夫なの?なんか人にも襲われてたようだけど」

 3人の倒れてる野盗風の男たちに視線を向ける。
 遠くからその死体を狙う魔獣の気配も感じるが、私たちを警戒して出てくるのを躊躇っているようだ。

 戦っていた理由を知るまでは、目の前にいる少年が悪人の可能性だってある。
 警戒しながら返答を待つ。

「自己紹介がまだだったな。
 俺はリョウ。アラン傭兵団所属の傭兵をしている」

 アランの傭兵団、それは千年前の七英雄の1人、アランを祖とする傭兵の集団。
 アラン自身は英雄として名を馳せた後も国に仕えず大陸を放浪し、一介の傭兵として生涯を閉じている。

 アラン傭兵団というのが結成されたのは500年ぐらい前。
 それまで大規模な組織的な傭兵団はなく、小規模な集団があっただけだった。
 やがて、古の英雄アランの理念を慕い掲げる者たちが集まってできた組織だ。
 傭兵団に入る条件はただ一つで、現団員3名の許可を得ればいいだけ。
 けれどそれがかなり厳しい条件のようで、余程の腕前がないと許可が貰えないと聞く。

 リョウと名乗った少年は、そんな傭兵団の一員のようだ。
 俄には信じられないという眼をしていると、リョウは慌てて身分証である銀の認識証を見せてくる。
 そこには名前と性別と生年である、1100年の文字が記載されていた。
 ということは年齢は私より2つ上の17歳か。
 性別は当然ながら男で、名前はリョウ・アルバース。
 他にも発行された年月に場所や保証人の名前も記載されていて、わざわざ偽物を作るにしては凝ったデザインもしていた。

「ま、盗んだものかもしれないけど信じたげる」

 盗んだり偽造はリョウの腕前や年齢から、可能性はほぼゼロと思いつつも一応釘を指す。
 するとリョウの顔は、見るからにホッとした表情になる。

「私はローゼ。この森に住んでいた魔女よ。
 今日、旅に出て森から出ようとしてたところだけど」

 魔女なのはさっき魔法を見せてるからわかってるだろうけど。

「それで、貴方と戦っていた連中は何者なの?」
「ああ、アイツ等は盗賊だ。
 このスノッサの森とかいう所から近いカルデ村が盗賊団に襲われていた。
 偶然村に立ち寄った俺と戦闘になった。
 何人かがこの森に逃げ込んだから追ってきたんだ。
 そしたら、君と会ったってわけだ」

 カルデ村はここから近い村だ。

「カルデ村が盗賊団に襲われてる?どうして?」

 私の疑問にリョウは顔をしかめた。
 どうやら詳しい事情は知らないらしい。

「ならまだ村に盗賊がいるかもしれないんだね。
 だったら急がなきゃ」

 急ぎ走る私に、リョウは予想外だったらしく慌てて付いてこようとする。

「君が関与して、わざわざ危険に飛び込む必要はないだろう」

 私を心配しての言葉だろうけど、私は首を横に振って拒否する。

「悪いことは許さないし、困ってる人がいたら助ける。
 それが私のルールなの」

 そんな私の言葉にリョウは苦笑し、納得したように頷いた。
 ふと魔獣の気配で振り向くと、リョウが倒した盗賊の死体を数匹の魔獣が食べていた。
 これがこの森での日常風景であるかのように。

 気持ち悪くなる光景だし、いくら盗賊とはいえこのような最期はあまりに惨い。
 踵を返して魔法を放ち、魔獣を追っ払おうとするがリョウに止められる。

「戦場ではよくある光景だ。
 今更追っ払った所で食い荒らされた死体を持って村に行く気か?」
「それは!……」

 言ってる意味はわかるが後味が悪い。
 けれど追っ払ったところで、私たちの姿が見えなくなればきっとすぐに戻ってくるだろう。
 埋葬しても魔獣は掘り返すだろうから対処は難しい。
 それに下手に食事中の魔獣を相手にして時間をロスするのも、カルデ村が盗賊に襲われてる念頭がある以上は避けるべきだろう。
 私は唇を噛み締めた。

「……急ごう。道はわかるか?
 俺は連中を追っただけだったから道はわからん」

 それってこの人、私と出逢ってなかったらこの森で魔獣のエサにされてたってことだよね。
 運の良い奴め。

「任せて。それと私のことはローゼって呼んで」

 私はそう言うと、リョウを案内しながらカルデ村へと急いだ。
 
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