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 翌朝、稽古の後、西門へと向かう。時間が早いので歩きだ。

 侯爵家からだと西門までは結構ある。歩きだと、1時間以上掛かる。待ち合わせは10時なので、このままでは遅れる事になる。

 だが、僕は悠然と歩いて貴族街を出る。まあ、時間になったら転移すれば良いだけの話だ。

 僕は考える時間が欲しかったのだ。昨日は古代の魔法書に興奮して、クラ―ネルの育て方を考える時間が無かった。朝気が付いて焦った。流石に稽古中は考える時間が無い。考えていたら死ぬ自信がある。

 と言う事で移動時間を利用して、考え事をしているのだ。

 正直、あの見た目には参った。アレをどう言う風に育てれば良いのか、方向性が見えない。

 会う前は、冒険者として育てるつもりだった。だが、アレを冒険者にして良い物だろうか?

 男だと知っていても襲い掛かる冒険者が多そうだ。それに、あの華奢な体では僕の様なスタイルの魔法使いは難しいだろう。

 となると、純粋な魔法使いに育てるか?なんかそれも違う様な気がするし。いっその事付与魔法使いに育てると言うのも面白いかもしれない。

 クラ―ネルは上級魔法が使える、もし最悪初級魔法が駄目でも付与魔法使いなら、その能力を生かす事が出来るであろう。

 お婆さんの店を手伝うと言ったのも冗談ではない。半分は本気だ。クラ―ネルが貴族になれば、それなりの稼ぎが必要になる。その時に、あの店にクラ―ネルが居れば、貴族の客は間違いなく増えるだろう。

 貴族の中には平民を見下している者も多い。おばあさんは平民だ。幾ら需要があっても、平民に頭を下げるのを良しとしない貴族は多い。そこに、下級とは言え貴族のクラ―ネルが務めて居れば、状況は変わる可能性が高い。

 それに、あの見た目は、冒険者よりも商人向きだとも言える。

 まあ、もうすぐ、本人の実力が見れる。それから判断しても良いのだが、ある程度の方向性を持っておかないとテストをするのにも基準と言う物がある。

 10時が近づいて来る。そろそろクラ―ネルは来て居るかもしれないな。そう思い、人気の少ない場所で転移をする。

 西門に着くと、商人や冒険者で結構賑わっている。サーチでクラ―ネルを探し合流する。

「これからテストの為に西の草原に向かおうと思うのだが、その格好は何だ?」

 クラ―ネルは学院の制服を着ていた。学院の制服は魔法使いの正装を模して造られている。ローブとマントだ。ただでさえ女に見えるのに、そんな中性的な衣装を着たら、まず男だと思う者は居ないだろう。

「え?魔法を見るんですよね?この格好はおかしいですか?」

「言われてみれば、魔法を使うのに魔法使いの格好は正しいのか?」

「なんで、疑問形なんですか?」

「まあ、良い。行くぞ。」

 2人で門を潜り王都の外へと出る。西の草原は歩いて10分程度だ。

 5分程歩いてから街道を外れて、草原に向かう。この辺は小麦畑も多く。魔物は定期的に討伐されているので出る事は滅多に無い。その分人気も少ないのだが、それが魔法を使うのに丁度良い。

 草原に着いて、周りを確認し、人が居ない事をサーチで探る。問題無さそうだ。

「この辺で良いだろう。まず、基本的な所から見せて貰おうかな。」

「基本と言うとファイヤーボールですか?」

「そうだな、属性は何でも良い。初級魔法を見せてくれ。」

 そう言うとクラ―ネルが、空に向けてファイヤーボールを撃った。ちゃんと火魔法は火災の危険がある事は理解している様だ。

 おかしな所は無いな。いや、それがおかしいのか?

「もしかして、魔法学院に入ってから魔法を教わったのか?」

「はい、そうですけど、おかしいですか?」

 いや、それ自体はおかしくない。学院に入ってから魔法を始めて使う者は多い。入学生の半数は魔法が使えない状態で入学すると聞いた事がある。

「おかしくは無い。だが、あまりにも教科書通りの魔法だな。」

「はい、教科書に載っている通りに撃っていますから。」

「魔法はイメージだと教科書には載っていなかったか?」

「はい、そう書いてありました。イメージの仕方も書いてあったので、その通りにイメージしています。」

 なるほど、それが原因だな。良くも悪くもクラ―ネルは真面目なのだ。

「では、イメージで、今のファイヤーボールが丁度倍の大きさになる様に撃てるか?」

 やってみますと、先程と同じように魔法を発動する。先程と同じファイヤーボールが空に撃ち上がった。

「あれ?ちゃんとイメージしたのに。」

 なるほど、初級魔法が上手く制御できていないってのはこう言う事か。

「ちなみにどんなイメージをしたのか教えて貰えるか?」

「えっと、掌からさっきの倍の火の玉が出るイメージをしました。」

「その時に使用する魔素の量はちゃんと倍にしたか?」

「え?魔素の使用量ですか?」

「もしかして、教科書には魔素についての記述が無かったか?」

 学院の教科書は帝国語に翻訳した事がある。確か、魔素についての記述はあったが、使用量についての記述は無かった気がする。そこは教師が教える部分だと思っていた。

「教科書に魔素の使用量と言うのは載って無かったと思います。」

「教師は教えてくれなかったのか?」

「学院の教師は僕たちの様な劣等生には授業をしません。教科書で学び、魔法が使える様になると試験を受けられます。合格すると更に上の教科書が貰えます。」

「授業で教師が何も教えないのか?授業中は何をしているんだ?」

「上位の学生は個別指導が付きます。それ以外の学生は、座学と練習場での訓練と自分たちで工夫して魔法を覚えます。」

 なんとなく解って来たぞ。クラ―ネルはその見た目から、ボッチだったんじゃ無いだろうか?教師にも教えて貰えず、友達とも競い合う事が無かった。だとすると、この歪な魔法使いが誕生した理由になる。

「君はもしかしたら、友達が居ないんじゃ無いか?」

「な、なんで知ってるんですか?」

 やはり、そうか。あれ?でも、それだと上級魔法が使える理由が判らないな?

「君はどうやって、中級以上の魔法を覚えたんだ?」

「それは、あの魔道具屋のお婆さんです。魔法の本を探していた時に偶然入って。相談したら、中級の魔導書をくれたんです。しかも無料で。」

「魔導書を読んだだけで中級魔法が使える様になったのか?」

「はい。その後も上級魔法や魔法陣の本も貰いました。まあ原本では無くて複製でしたけど、凄く役に立ちました。」

 なるほど、お婆さんが誰かに古代の魔導書を売って、その翻訳版を手に入れたのかもしれないな。お婆さんは魔法使いでは無さそうだから、クラ―ネルに譲ったのかもしれない。

 おそらく、あのお婆さんは薬師だ。魔道具の知識もかなりあるみたいだが、本業では無い様だしね。もし、魔法使いが本業なら、古代の魔法の本は手放さないだろう。

 さて、クラ―ネルの現状をどう捉える?天才なのか努力家なのか判断に困る所だ。通常、努力だけでは上級魔法は使えない。だが、古代の魔導書を教科書にしたら、事情は変わって来る。

 彼は非常に稀有な存在だ。古代の知識を持つ凡人だとすると、彼に僕の知識を与えたら、どうなるのだろうか?

 それ以前に古代の魔法の理論を理解したのならば、凡人だとは言えないのかもしれないけどね。

「だいたい君の力量は理解した。約束通り1か月で1人前の魔法使いにしてあげよう。その後どうするかは、少しずつ決めて行こう。」

「本当に可能なんですか?」

「ああ、独学でここまで出来たのなら、そう難しい話では無い。ちゃんとした魔法使いにきちんと魔法を教われば、魔法学院をトップで卒業する位は軽くなれる。」

 そう言うとクラ―ネルが大きな目を更に見開く。

「まずは、魔素操作を覚えて貰おう。これは魔法の基本だ。それ程難しくは無いが重要だ。これをキッチリ覚えないと魔法は上手くならない。」

「魔素操作ですか?学院では教わってませんし、教科書にも載ってませんでした。」

「魔法使いにとっては基本中の基本なんだが、それを教えない教師と言うのは怠慢と言わざるを得んな。貴族の場合、魔法の素養がある子は小さい内から家庭教師を雇って練習を始めると言う。おそらく、基本過ぎて、全員が知って居る物として省いてしまったんだろうな。」

 魔法学院はどうやら、優等生しか育てるつもりが無い様だ。そのせいでクラ―ネルの様な生徒が潰れて行くのを見過ごしているとは愚の骨頂だな。
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