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009 商人の実力

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 包丁類が無くなった机に一応布をテーブルクロス代わりに引いてから、その上にサンドウィッチと飲み物を出した。

「これは、薄いパンに何かを挟んだ物?こっちの箱は何かな?」

 コートニーは興味津々だ。

「まあ、順番に説明するよ。」

 そう言いながらサンドウィッチの包装を外して、紙パックのコーヒー牛乳にストローを刺し食べ易い様に準備する。こんな事なら皿も用意するべきだったな。今度からはアウトドア用の紙皿とか紙コップとかも持ち歩こう。

「まずは、この辺から食べて見てくれ。パンに茹でたタマゴを挟んだ物だ。」

 そう言ってタマゴサンドを手渡す。マナー的に手渡しはどうかと思ったが、コートニーは気にせず受け取り口に入れた。

「なにこれ、これ本当にパンなの?信じられない柔らかさだけど?白いパンってのは貴族の間では流通しているけど、ここまで柔らかいパンは貴族だって食べた事無いんじゃないかしら。」

 コートニーがかなり大げさに驚いてるが、まあ、庶民に流通している硬い黒パンと比べればそうなるのかな?

「そのパンは恐らくまだ知られて居ない製法で作られている。貴族の間で流通している白パンってのを俺は知らないから何とも言えないが、手に入るなら一度食べてみたいな。もし、このパンが売り物になるのなら、その製法を教えても良いぞ。ただし、俺達2人が儲かる方法を考えてくれるならね。」

「当然の条件だね。それに、これが売り出せるなら、ここの小麦を扱っている商会にも協力を仰がないとね。」

 コートニーはパンを噛みしめながら何やら考えがある様で、思考を巡らせている。

「そっちの飲み物も飲んでみてくれないか?」

 ストローがこの世界にあるかどうかは知らないが、俺が飲んでみたらコートニーは真似をして飲んでいる。

「これは、コーヒーでは?でも、私が知っているコーヒーとは味わいが全然違うし、これには砂糖が使われて居るんじゃないかしら?」

 味覚は日本人とそれ程変わらない様だ。

「コーヒーに砂糖とミルクを入れて飲みやすくした物だよ。パンに合うだろう?この町ではパンとスープが定番の様だが、俺達が売るパンにはコーヒーの方が合うと思わないか?」

「確かに。このパンは具が入って居て味があるので、スープよりも甘い物の方が合うかもしれないわね。でも、砂糖は高価だからなぁ。」

 やはり砂糖の値段がネックになって居る様だ。砂糖を直接日本から持って来るのは色々と問題がありそうだが、こうやって飲み物やお菓子にしてしまえば、安く提供出来るのでは無いだろうか?

「他のパンも味を見てくれないか?この町の人に受け入れられそうなら良いのだが。」

 そう言って今度はハムサンドを渡した。この辺の定番商品は大丈夫だと思うのだが、恐らく、この世界にはハムは無いのでは無いかと思う。

「こっちは、肉の様な物が入って居るみたいだね。」

 コートニーはじっくりと観察してから口に入れた。柔らかいのは解ったので今度は具材が気になったのかもしれない。

「それは干し肉と同じ様に日持ちする肉の加工品を挟んだ物だよ。」

「この柔らかい肉が日持ちするのですか?それは不味くて硬い干し肉の地位を揺るがすのでは無いですか?」

 んー、どうかな?保存性の高さから行けば干し肉の方が圧倒的に優位なんじゃ無いかな?まあ、真空パックやレトルト商品なら、その辺の問題も解決できるかな?あ、そうなると缶詰も売れるかな?

「まあ、干し肉程長期間の保存は無理だから、完全に取って代わるのは無理だろうけど、10日位の旅行なら十分対応出来るかもね。」

「10日ですか?それでも革命的な商品ですよ。これも何とかして、売りたいですね。」

「他にももっと日持ちする商品があるけど、それも今度持って来ようか?」

 そう言うと、コートニーが前のめりになって首を縦にブンブンと振っていた。

「ちなみに、美味しい物と日持ちする物、どちらが需要が高いのかな?」

「どちらも需要はありますが、売る相手に寄ってその辺は変わって来ますね。冒険者を相手にするなら日持ちが重要。貴族を相手にするなら味ですね。」

 なるほど、売る相手を想定するのが重要なんだな。勉強になる。

「なら、庶民を相手にするなら何を売れば良いんだ?」

「庶民を相手にするなら安さですね。でも、正直、商人は庶民を相手には考えません。庶民100人に売るより、貴族1人に売った方が儲かるからですね。」

 確かにそうだろうが、市場規模は貴族より庶民の方が圧倒的に大きい。それを無視して良い物なのだろうか?

 まあ、俺は自分のやり方で失敗したので、とりあえずは、コートニーのやり方で任せてみよう。それで成功するのなら、コートニーに商売のやり方を学べば良いだろう。

「解った。じゃあ、とりあえずは明日を楽しみにしているよ。今後の商売に関してはまた明日話し合おう。何をどの位仕入れるか一応考えて置いてくれないか?」

「そうだね。仕入れのお金が無いと話にならないしね。商品は確かに預かったわ。じゃあ、明日の夕方またここに来てね。」

 コートニーの言葉に頷き席を立つ。裏口から2人で外へ出ると、そこからは別々の道を行く。道をしっかりと覚えて置かないとね。

 道を確認しながら、南へと向かう。市場まで来れば後は大丈夫だ。そのまま南下して、自分の家へと帰る。

 コートニーにも言ったが、俺も売れそうな物を考えて置かないとね。まあ、何が幾らで売れるか解らないと仕入れは出来ないから、明日の結果待ちな部分はあるが、コートニーの反応からするとパンの製法は売れそうだ。そうなるとドライイーストを仕入れる必要があるので値段を調べて置こう。

 今日は少し時間が早いが家に帰ろう。

 家に帰って自分の部屋でネットショップで調べたら、食パン1斤分のドライイーストは3グラムで、グラム10円位で販売されている。食パン1斤は小麦粉250グラムに相当するらしい。つまり、小麦粉1キロに対してドライイーストは12グラム必要で、単価は120円程度だ。

 高いのか安いのか良く解らない数字だ。そう言えば向こうの世界でパン1個の値段ってどの位なんだろう?

 値段に寄っては、既に砂糖やスキムミルクなどが入って居るパンミックスを売ると言う方法もある。砂糖は高価だと言う話だから、場合に寄ってはこちらの方が安価に提供出来る。

 全粒粉でもドライイーストがあればそれなりに柔らかいパンは作れるが、やはりパンにはパンに合った小麦粉が必要だ。その製法を教える事も可能だが、設備的にどうなのだろうか?

 また、向こうの世界にバターがあるのかどうかも確認が必要だ。バターが入るか入らないかでパンの味はかなり変わって来る。

 まだ、販売できるかどうかは解らないが、色々と想像は膨らむ。

 向こうの世界の料理のレベルが上がれば、俺もこれから過ごしやすくなって来るしね。流石に毎日飯を用意してから出かけるのは面倒だし。

 柔らかいパンが普及すれば、サンドウィッチも種類が増えるだろうし、スープも要らなくなるから違う料理が1品増えるかもしれない。主食が変わればおかずも変わる。革命が起こるかもしれない。

 そんな事を考えながら、ネットショップの画面を色々と見て回る。日本ではお馴染みの商品が向こうの世界では革命的な商品と言う可能性が高い。それは砥石で解った。そこに一早く気が付いたコートニーの商才は認めざるを得ない。

 翌朝は少し遅めに起きて、朝飯を食う。今日は夕方に約束しているので時間はある。少し婆ちゃんと話をした。

 俺が向こうで稼いだら、向こうの世界の経済が破綻したり、文化破壊になるんじゃ無いか心配だと言ったら、婆ちゃんは笑っていた。

「悠人一人が稼いだり持って行ける物位じゃ向こうの世界はビクともしないよ。まあ、もしそんな事が起きる様なら私がなんとかするから心配せずに思い切ってやりな。」

 そう言うもんなのだろうか?まあ、婆ちゃんがそう言うなら自重はこの際止めて色々と試してみよう。

 午後になると車を出して、向こうの家に向かう。途中でスーパーに寄って食品を色々と購入して置く。コートニーに何を見せるかは話し合い次第なので向こうの世界で受けそうな物を適当に5千円分位買った。

 向こうの世界に着いたら、例の商会へと向かう。時間的には15時を回って居るので早すぎる事は無いと思う。夕方と言う約束だが、商人は相手を待たせないと言うのがこの世界の常識らしいので、こんなもんだろう。

 商会に着いた時には16時少し前だった。

 結果から言うとコートニーは金貨6枚を持って来た。日本円で60万円だ。しかも、売ったのは100円の包丁3本と砥石3つだけだと言う。

 4800円が60万円になるとか、優秀過ぎないか?

 俺の取り分は20万円、仕入れ金が20万円になる。20万円も仕入れ金があれば、相当数の刃物と砥石が買える。

「さて、次の仕入れも刃物と砥石で構わないのか?」

 そう言うとコートニーは頷いてから話し出す。

「今日はあまり回れなかったけど、包丁と砥石には見た人全員が驚いていたわ。とりあえず、この安い包丁と砥石を多めに仕入れて下さい。後は、ナイフをもう10本位欲しいわ。出来れば同じ様な値段で仕入れて貰えると有難いわ。」

「解った。その3つは近い内に揃えて渡すよ。それで、他に何か商売になりそうな物は無いかな?金貨2枚もあれば色々な物が仕入れられるぞ。」

「私が睨んだ通り、ハルトは優秀な仕入れ人ね。そうね、1つお願いしたい商品があるんだけど、可能なら仕入れて欲しいわ。」

 コートニーが笑いながら言う。

「俺が仕入れられる物なら良いんだが。」

「この町は王都から離れているってのは知ってるわよね?」

 ああと俺は頷く。

「そのせいで、この町では手に入りにくい物があるの。」

「ほう?それはどんな物なの?」

「お酒よ。エールはこの町でも作られているけど、その他に手に入るお酒は王都に比べると極端に少ないのよ。基本、王都は物価が高いので出来たお酒も王都に集まるわ。その方が高く売れるしね。」

 なるほど、そう言う事か。

「って事は、王都の方がエールも美味いのか?」

「いいえ、エールの味はどこも一緒ね。正直あまり美味しいとは言えないわ。他に手に入るのは安いワイン位になるわ。安いワインは酸っぱくて不味いの。ドワーフが作るアルコール度数の高いお酒なんかは王都の2倍位の値段を出さないとこの町では手に入らないわ。なので、安くて美味しい度数の高いお酒が手に入れば、間違いなく儲かるわ。」

 安くて美味い酒か、実際に飲んで貰わないと解らないが、安い酒は日本では色々と揃えられる。

「ちなみに安いと言うのはどの位の価格を想定しているんだ?」

「そうね、度数の高いお酒ならグラス1杯で銅貨3~4枚かしら。美味しければもっと出す人も居ると思うわ。」

 グラス1杯と言うと200㎖から300㎖程度になるな。発泡酒なんかだと350㎖で100円程度で仕入れられるから400円で売れればかなりの儲けになる。

 恐らくエールのアルコール度数は2~3%程度だと思うので、アルコール度数の高いお酒と言う基準はクリアしているだろう。

 焼酎なんかなら25度の物が4リットルで2000円程度で買える。度数が高いだけで良いなら、これも売れそうだ。

「解った。美味い酒と度数の高い酒を幾つか仕入れて来るから、飲んで判断して貰えるか?」

「解ったわ、では明日も同じ時間にここで待ち合わせしましょう。」

 コートニーがそう言って今日の話し合いは終わった。
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