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エルト王国編

Report21. 発明家の苦悩

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「後衛部隊は正門に位置し、前衛部隊と遊撃部隊のサポートに当たれ。前衛部隊は接近戦にならぬよう魔法を使いながら、中・長距離での撃退を心がけろ。わかったな!」

エルト城内の作戦会議室。
エルステラは、その場にいる全兵に聞こえるよう声を張り上げた。

「はっ!」

それに応えるように、エルト兵たちは一糸乱れぬ動きで、主君に対しエルト式の敬礼を行う。
イサミは他の兵の動きを見て、やや遅れながらエルステラに敬礼をするのであった。

ディストリア帝国との戦いの準備は、最終段階を迎えていた。

非戦闘員である国民は次元ゲートを使い、友好関係を結んでいる国やイサミたちが以前訪れた隠れ里レジーナなどへと避難し、本国に残っているのは、3000人あまりのエルト兵士と、現国王であるエルステラ、そしてイサミたちだけとなった。

予想されるディストリア帝国兵5000人を迎えうつには、かなり不利な状況であるにも関わらず、エルト兵士たちの士気は高かった。

エルステラ国王のカリスマ性。
それがエルト兵士たちの士気を高めていた。

普段は妹のメアリーに甘えっぱなしのだらしない雰囲気のエルステラであるが、一度国民や兵たちの前に立つと、人が変わったように威厳のある凛とした態度で国全体を引っ張っていた。

尚且つ、国一番の天才魔法使いであるということがエルステラのカリスマ性に拍車をかける。特に防衛魔法においては、エルステラの右に出るものはいなかった。

性格も、国王という立場でありながら気取った態度は見せず、度々町に降りては民たちとの交流を図り、戦闘訓練では直々に兵士たちの指導にあたっていた。

非の打ち所のない完璧なエルトの王は、全国民の憧れと尊敬の対象となっており、歴代国王の中でもトップの支持率を誇っているのであった。

「すごいな…エルステラ王は。」

イサミは、そんな毅然とした態度のエルステラを見て、思わずポツリとつぶやいた。

しかし、イサミの横にいるエルト王の妹、メアリーは少し困ったように笑っていた。

「ええ…そうね。でも、いつも心配なの。」

「……心配?今もしっかりと国王としての務めを果たしていると思うが。」

イサミの返答にメアリーは小さく首を横に振る。

「ううん…そうじゃないの。姉さんは国のことばかりを優先して、無理をしてしまう……それがいつも心配なの。
今回だって戦う準備の為に何日もまともに寝てないわ。」

「そうだったのか……メアリーの方からそのことを言っても治らないのか。」

「うん…いつも、大丈夫。心配ないよって、はぐらかされるだけ。同じ家族なのに、なかなか本心を見せてくれないの。姉さんを本当に救えるのは、心から安心して頼れる人だけなのかもしれないわね。」

「心から安心して頼れる人…か。」

イサミはメアリーの言葉を繰り返しつぶやく。

自分はそのような人物になりえるだろうか?

そうメアリーに聞こうとしたイサミであったが、寸前で思い留まった。

「どうしたの?イサミくん?」

「いや…なんでもない。気にしないでくれ。」

それは行動で示せば良い。
イサミは人知れず、静かなる決意を胸の内に秘めるのであった。

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日比谷研究所の実験室。
そこには、どんよりとした重苦しい空気が流れていた。

「ソニアちゃんの国との戦争…か。嫌なもんに巻きこまれちまったなあ…おい日比谷。お前はこんなことイサミにやらせていいのかよ?」

羽倉は、納得できないという表情で日比谷に問いかけた。

「私たちは…あくまで観測者だ。イサミにも、そうあらかじめ言っただろう?この世界で何をするかは自分で決めろとな。
全てはイサミが決めたことなんだ。我々はこの状況を静観することしかできない。」

「だが、イサミだって無事じゃ済まないかもしれないんだぞ⁉︎
この戦いに負けて、ぶっ壊されちまうかもしれねぇ。そうなったら、お前の悲願でもあった異世界観測もここで終わっちまうんだぞ!」

「わかってる‼︎」

日比谷は机を強く叩き、声を荒らげた。
しかしその数秒後には冷静さを取り戻し、羽倉に対して頭を下げて謝罪をするのであった。

「すまない…少し感情的になってしまった。正直な話…私にもどうしたらいいのかわからないんだ。
私がこれ以上この戦争に介入するなと言えば、イサミはそれに従うだろう。
だが、イサミ自身の意思はどうか?恐らくイサミはこのエルト王国を救いたいと考えているだろう。」

「なら…本人に直接聞いてみるしかないじゃねーか。」

羽倉は顎でイサミの指示マイクを指し示した。

「それもできない…その問いはイサミの判断を鈍らせることになる。」

「じゃあ、黙って見てることしか出来ねーってのかよ!」

「私は、そうあるべきだと考えている。」

羽倉は諦めたような大きな溜め息を吐き、近くにあった椅子にドカッと腰を下ろした。

「そうかよ…イサミを発明したお前がそう言うなら、俺ぁもう何も言わねーよ。
でもよ…お前は何も感じねーのか?自分で生み出したロボットが、異世界と言えども戦争に駆り出されるんだぞ。
それをお前は良しとするのか?日比谷 恭二は、戦争兵器を作っちまうようなクソッタレな発明家なのかよ⁉︎」

「それは…」

日比谷は、羽倉の刺すような鋭い視線から目を逸らした。

「少し、考える。悪いが羽倉は一度、ここから席を外してくれないか?」

「はぁ…わかったよ。」

そう言うと羽倉は、やれやれという呆れたようなジェスチャーをしながら実験室を出て行くのであった。

こうして、実験室には日比谷一人だけが残った。

日比谷は再度誰もいないことを確認すると、指示マイクの方へと向かい、マイクのスイッチを入れる。

「日比谷だ。イサミ、聞こえるか?」

『こちらイサミ、聞こえております。マスター、一体どうされましたか?』

「イサミ、お前にひとつ聞きたいことがある。」

『はい?なんでしょうか?』

「お前は何故、今回の戦いに参戦しようと思ったんだ?」

『……この戦いを、止めたいと思ったからです。』

「どうして、止めたいと思った?」

『ディストリア帝国は、俺の大切な人の故郷。そして、このエルト王国は俺にとって大事な国……その二つが争いあうというのは…とても悲しいことだと感じたからです。』

「悲しい…か。随分と人間らしいことを言うようになったじゃないか。」

『はっ!恐縮です!』

「だが実際問題、イサミ一人では戦争を止める程のスペックは無い。それは開発者である私が一番良く分かっている。」

『そう…ですか。やはり、難しいですか…』

「そうだな。はっきり言って、そんな感覚で戦場に出ようものなら即スクラップになるだろうな。あまりにも戦争を舐め過ぎている。」

『認識が甘く、申し訳ございません。』

「その上で、お前にひとつミッションを与える。絶対に達成してもらいたい最重要案件だ。受けてもらえるか?」

『もちろんです。マスターのミッションであれば何なりと。』

「わかった。では、そのミッションを今から言う。最重要記憶に保存しておけ。」

『はっ!よろしくお願いします!』

「敵・味方問わず戦死者を一人も出さずに、この戦争を終結させろ。よろしく頼むぞ、イサミ。」


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