上 下
14 / 20

第14話:モブの罠

しおりを挟む
 ルーイは、「一人でゆっくり考えたいから」と言って、アーロンと解散し、自分の部屋に戻っていった。

 すると、家の前が何やら騒がしい。

「あっ、ルーイ! 大変だよ! この建物に泥棒が入ったんだ!」

 近所のおばちゃんに声をかけられ、慌てて駆け寄ると、一階の雑貨屋で、衛兵と雑貨商が深刻な表情で話し合っていた。

「あの、この家の三階に住んでいる者なんですが……」

 ルーイがおそるおそる声をかけると、衛兵は気の毒そうな顔で眉をひそめた。



 ルーイが自分の部屋を確かめると、これまでの貯金すべてが入った宝箱は、大きな鈍器で滅多打ちにされたかのようにひしゃげ、口をこじ開けられて、空っぽの中身をさらしていた。



 ◇ ◇ ◇



 呆然として三階から下りてくると、ルーイはへなへなとその場にくずおれた。

 ──魔法でロックをかけても、あれだけ滅多打ちにされたら、意味がないな……。



 衛兵によれば、犯人は顔を隠した数人の集団で、客がいない隙に、店番を殴って気絶させたそうだ。

 昼日中の犯行なので、見とがめた近所の者もいたが、いずれも殴られ、振り切って逃げられてしまったという。

 通報を受けて衛兵が駆け付けた時には、店子のものも含めて、金目のものはすっからかんになっていたそうだ。



「なんて荒っぽい……」

「許せないな」

「気の毒にねぇ……」

 野次馬たちの声に、かえっていたたまれなくなって、ルーイはよろよろと歩き出した。

 その時、ドンッと誰かにぶつかられ、驚いて振り向くと、カサッと服のポケットに何かが入れられたのがわかった。



「かねを かえして ほしかったら だれにもしらせず ひとりで こい」

 と書かれた紙きれには、簡単な地図が描いてあった。

 紙をポケットに差し入れたと思しき人物は、いつの間にか人混みに消えていた。



 ◇ ◇ ◇



 指定された場所は、ローナが住んでいたスラム街近くの廃屋だった。

 ギイっときしむドアを開けると、床に、何やらどす黒い矢印が書いてある。

 あからさまな罠だったが、家を買うためにギルドでクエストをこなし続けていたのだ。金がなくなったら、生きている甲斐もない。

 ルーイは重い足取りで、矢印の示す方に向かって歩き出した。



 矢印は、地下へと続く階段に向かっていた。

 地下室の扉をそっと開け、扉を開いたまま中へと足を踏み入れた。中は真っ暗で何も見えない。

「灯明」の魔法を使おうと、構えた瞬間、後ろでバタンッと扉が閉まる音と、何か重たいものでふさがれる、ゴトゴトという音が聞こえてきた。



 ──しまった! 

 と思って後ろを振り向いた瞬間、横っ面を激しく殴打され、ルーイは吹っ飛んだ。

「ぐあっ!」

 何かにぶつかり、殴られた痛みと衝撃に、ルーイは苦悶の声を上げた。

 すかさず蹴りが襲ってくる。

 地下室は真っ暗で何も見えないが、向こうにはこちらの位置が丸見えのようだ。

 魔法で明るくしようとすると、すかさず殴打される。



「アイス・ストーム!」

 ルーイは、広範囲魔法を使った。これなら位置がわからなくても当たるだろう。

 ビキビキビキッ! と周囲に置いてあるらしきものが凍っていくのがわかる。

 しかし謎の襲撃者は、かまわず殴りつけてきた。

「ぐあっ!」

 と床に叩きつけられたルーイに、

「寒いじゃねぇかよ」

 と野太い男の声が降ってきた。聞き覚えのない声だ。

 氷属性に耐性があるのだろうか。氷魔法の中でもそこそこ強力な、アイス・ストームをくらったはずなのに、大して苦にもしていなさそうだ。



 すかさず、

「ライトニング・ボルト!」

 声のした方向を狙って、今度は雷属性の魔法を撃つ。

「ぎゃあっ!」

 命中したようだが、びかっと一瞬照らされた地下室の中を見て、ルーイは恐怖に震えた。

 屈強な男たちが5~6人もいた。手には、それぞれ鈍器などを持っている。

 ──くそっ……!

 ルーイは、お金が無くなったらもう生きている意味もないからと、衛兵はおろか、アーロンを呼ぶことすら考えなかった自分を呪った。



 ◇ ◇ ◇



 実家近くの食堂で、アップルパイにかぶりつこうとしていたアーロンは、突然ガタッ! と椅子から立ち上がった。

「どうしたアーロン」

 店長が笑いながら声をかけた。



「……ルーイが……危ない」

 全身が総毛だつような、ピリピリしたカンジがする。

「へ? ルーイいるの? いないじゃん」

 店長が不思議がったが、アーロンは聞く耳を持たず、

「ルーイ! 今行く!」

 と叫んで走り出した。



「おい! アーロン! 金! アップルパイの金払え!」

 店長が叫んだが、全速力のアーロンに追いつけるわけがない。次回からアーロンは前払いにしよう、店長はそう思った。



 ◇ ◇ ◇



「ぐっ!」

 ルーイは、何度も床に叩きつけられた。

 どうやら向こうは、夜目が効くようだ。



「なんで……」

 まったく見覚えがない奴らなのに、何故ルーイをリンチしようとするのか。



「あのね、お前は俺たちのお仕事の邪魔したの」

 闇の中から声がする。

「俺たちはね、色々あって、うまくやっていけなかった奴……ダグとかそういう奴の、お世話をしてやってるの。住む場所を手配してやったりとかね」

 ローナと一緒に住んでいた、ゴミのような暴力男か。

「その代わりに、お世話のお礼として、お金をもらっているわけ」

「ダグはダグで、田舎育ちで都会に住む場所がなくて、悪い男にすぐ騙されちゃうような、バカ女のお世話をしてやってるわけ」

「その代わりに、ダグもお礼としてお金をもらう」

「お前たちがダグをボコって、バカ女を解放しちゃったおかげで、俺たち皆困ってるわけよ」



 闇の中から、口々に声がする。

 どうやら、ダグがローナから奪い取っていた金は、ハーピー退治の2万5千Gも含めて、彼らに上納されていたようだ。

 ルーイだけを狙っているところを見ると、フィンガルのいるかもしれないアーロンの家には、盗みに入ってはいないのだろう。きゃしゃで弱そうな者にだけ強気に出る、真正のゴミだ。



「クズが……」

 ルーイは、口の中に溜まった血をペッと吐いた。



 その瞬間、またしても闇の中から拳が振り下ろされた。

「がっ!」

 ルーイは、また床にたたきつけられた。慌てて治癒魔法で治すと、

「アニキ、こいつ治癒魔法使えるし、ちょっとめんどくさいですよ。さっさと殺しちゃいませんか」

 闇の中から声がした。



「待てよ。こいつちょっとかわいい顔してるんだよな。殺す前に、ちょっと味見してぇんだ」

 ルーイの腕が、力任せに持ち上げられた。

「ヒッ……!」

 ルーイは、過去の恐怖を思い出し、全力で抵抗した。

「やめろおお!!」

 雷魔法を放つと、ルーイの腕を掴んでいた大男は、うめき声を上げて後ろに跳ね飛ばされた。

「テメエ!」

 残りの男たちが、四方八方から手を伸ばしてルーイを押さえつけ、地面に腹ばいにさせ、頭を床に押しつけた。



「離せっ!」

 ルーイはもがくが、多勢に無勢だ。

「へへっ」

「味見した後は、陰間茶屋にでも売るか」

 暗闇から男たちの手が伸びてきて、ルーイの服をつかみ、ビリビリと裂いた。

「うわああああ!!」

 ルーイが腹の底から悲鳴を上げた時、



 バキイッ!!



 雷が落ちたような音がして、メリメリと地下室の扉が裂けた。

 驚いて入り口を見ると、扉に亀裂が入り、陽の光が差し込んできた。

 まぶしさをこらえながら隙間を見ると、

「おりゃああ!!」

 と叫びながら、斧を振りかぶる、アーロンの姿が見えた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

白雪王子と容赦のない七人ショタ!

ミクリ21
BL
男の白雪姫の魔改造した話です。

推しに監禁され、襲われました

天災
BL
 押しをストーカーしただけなのに…

童貞が建設会社に就職したらメスにされちゃった

なる
BL
主人公の高梨優(男)は18歳で高校卒業後、小さな建設会社に就職した。しかし、そこはおじさんばかりの職場だった。 ストレスや性欲が溜まったおじさん達は、優にエッチな視線を浴びせ…

陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 まったり書いていきます。 2024.05.14 閲覧ありがとうございます。 午後4時に更新します。 よろしくお願いします。 栞、お気に入り嬉しいです。 いつもありがとうございます。 2024.05.29 閲覧ありがとうございます。 m(_ _)m 明日のおまけで完結します。 反応ありがとうございます。 とても嬉しいです。 明後日より新作が始まります。 良かったら覗いてみてください。 (^O^)

こっそりバウムクーヘンエンド小説を投稿したら相手に見つかって押し倒されてた件

神崎 ルナ
BL
バウムクーヘンエンド――片想いの相手の結婚式に招待されて引き出物のバウムクーヘンを手に失恋に浸るという、所謂アンハッピーエンド。 僕の幼なじみは天然が入ったぽんやりしたタイプでずっと目が離せなかった。 だけどその笑顔を見ていると自然と僕も口角が上がり。 子供の頃に勢いに任せて『光くん、好きっ!!』と言ってしまったのは黒歴史だが、そのすぐ後に白詰草の指輪を持って来て『うん、およめさんになってね』と来たのは反則だろう。   ぽやぽやした光のことだから、きっとよく意味が分かってなかったに違いない。 指輪も、僕の左手の中指に収めていたし。 あれから10年近く。 ずっと仲が良い幼なじみの範疇に留まる僕たちの関係は決して崩してはならない。 だけど想いを隠すのは苦しくて――。 こっそりとある小説サイトに想いを吐露してそれで何とか未練を断ち切ろうと思った。 なのにどうして――。 『ねぇ、この小説って海斗が書いたんだよね?』 えっ!?どうしてバレたっ!?というより何故この僕が押し倒されてるんだっ!?(※注 サブ垢にて公開済みの『バウムクーヘンエンド』をご覧になるとより一層楽しめるかもしれません)

勇者の股間触ったらエライことになった

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
勇者さんが町にやってきた。 町の人は道の両脇で壁を作って、通り過ぎる勇者さんに手を振っていた。 オレは何となく勇者さんの股間を触ってみたんだけど、なんかヤバイことになっちゃったみたい。

束縛系の騎士団長は、部下の僕を束縛する

天災
BL
 イケメン騎士団長の束縛…

処理中です...