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第1章 あなたには綺麗な花束を

会話のない我が家

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「さぁ着いたわよ!」
私が張り切って来た場所は、いつも暮らしていた家。
きっと真由ちゃんはここにいる。
ドアを背中に担いでいる彼女が、ドアを開けなくてもすり抜ける事ができると言うからやってみたけど、まさか本当にすり抜けられるとはね。
死んだら一つ一つの動作をしなくてマシになったから、年寄りには優しいわ。
「まだ真由ちゃんは帰ってきてないようね。」
リビングに入った私達は、夕日のオレンジ色に染まったこの部屋を見回した。
「どこか行ってるの?」
「学校よ、あなた学校も知らないの?」
「知らない、興味なかったから。」
淡々と話す彼女は本当に世間知らずらしい。
死者の魂をあの世に送る仕事をしているなら、この世には何度も来ているはず。
なのに知らない事が多いのね。
「帰ってくるまで待ちましょう。」
私は真由ちゃんが帰ってくるのを、彼女と待つことにした。
彼女は急いで欲しいと言いたげな顔をしていたけど、私はお構い無しに家中を歩き回った。
一通り自分の家を歩き回って、自分はこの家に住んでいたのだという謎の実感が湧いた時、私の部屋の前に着いた。
「この部屋は?」
「私の部屋よ。」
彼女には、この部屋は誰の部屋、この押し入れには何が入っているのか、そういうことを伝えながら家中を歩き回ったけど、最後は自分の部屋になりそうね。
私は自分の部屋の扉を開けた。
「ふーん、綺麗じゃん。」
「汚いのは嫌いなのよ。」
彼女は私の部屋に入って、うろちょろと色んなものを見ていた。
そして彼女は、棚の上に飾ってあるクマのぬいぐるみが目に入ったらしく、珍しく彼女から質問をしてきた。
「綺麗好きなんでしょ?なのに何でこんな汚ったないぬいぐるみ飾ってんの?」
「それ、孫のよ。詳しく言うと小さい頃に孫にプレゼントしたぬいぐるみ。」
「じゃー孫の物じゃん、何でここにあるの?」
「小学生までは大事にいつも持ち歩いてくれていたのだけれど、中学生になってからはその辺に放り投げる事が多くなった。だから、可哀想でこの部屋に置くことにしたの。」
「へー・・・、子どもの成長って早いね。」
彼女の何気なく言ったその言葉が、私の胸を突き刺した気がした。
真由ちゃんはついこの前までは、すっごく小さくて甘えん坊なはずだったのに、気づいたら私には構わなくなった大人になっていた。
大人になるってそういうことね。
小さい頃は人間関係がまだ乏しく、大人ともたくさん関わらなければいけない時期。
でも大人になるって事は、友達は増えるし、大人の力なんて借りなくても生きていけるようになるって事。
そりゃ、私となんて話す必要も無くなってくるわけで。
そんな事を考えていたら、玄関の鍵が開く音が聞こえた。


あの後、真由ちゃん、嫁、息子という順番で家に帰ってきた。
ご飯を食べ終わった真由ちゃんは、あの日と同じように、リビングのソファーに座り携帯を触っていた。
真由ちゃんにとってはあの日の出来事なんて小さい事。
だから、気にもしていない。
私は少し寂しく感じ、私だけが気にしているのかという絶望感にも襲われた。
嫁がお皿を洗う音、息子が何かの雑誌をめくる音、そして真由ちゃんの携帯を触る音。
この家には会話が無い。
昔は皆の笑い声があった我が家は、いつの間にか物の音しかしない家に変化していた。
会話を始めたとしても、いつも最後は喧嘩になる。
これが最近の我が家だ。
お皿を洗い終わった嫁が、真由ちゃんの座っているソファーに怖い顔をして近づいた。
「真由、携帯やめなさい!」
「・・・・・・。」
「聞こえてないの?あなたの耳は何も聞こえなくなったの?」
「・・・・・・。」
「真由!いい加減にしなさい!」
「うるさいな!」
その会話を近くで聞いていた私は、真由ちゃんの「うるさい」という言葉に反応し、肩をビクッとさせた。
「いつもいつも携帯やめなさいって、この会話が友達と終わったら、やめるつもりだったよ!!」
「本当かしら!そう言ってあなたはいつも携帯やめないでしょ!?」
「だからやめてるって!」
「やめてる所なんて1回も見たことがないわ!」
「それお母さんが知らないだけじゃん!」
嫁と真由ちゃんが大声で怒鳴り合っているのを、息子がうるさく感じたのか、とうとう口を開いた。
「お前達うるさいぞ。」
「あなたからも何か言ってください!」
「じゃー、次言われて携帯やめなかったら没収する。これでいいだろ?」
そう言い放った息子は、また雑誌へと目を向ける。
「ふざけないでよ・・・。」
真由ちゃんの震えた声。
「ふざけないでよ!どうせ大人には分からないんでしょ!?会話を途中でやめちゃえば、次の日私は友達の輪に入れなくなる!だから会話が終わるまでやめられないの!!」
「そんな友達は、友達じゃないわ。」
「そんな友達しかいないから、こうするしかないんじゃないの!!」
真由ちゃんは泣きながら叫んでいた。
そして、とうとう聞きたくなかった真由ちゃんの言葉を聞くハメになる。
「おばあちゃんの時もそうだったけど、鬱陶しいんだよ!!放っといてよ!」
「こら真由!」
真由ちゃんはあの日と同じ、怒りながらリビングを出ていった。
私はというと、真由ちゃんの背中を見送った後、ドアを背中に担いでいる彼女と家の外に出ていった。
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