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オセロで白と黒をひっくり返していると性別までひっくり返りそうに思える話

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「あー、疲れた! ちょっと休憩っと」

 隼人は大きく伸びをすると、学習デスクから離れた。
 5.5畳の自室。窓とは反対側に置いてあるベッドに仰向けになり、目をつぶる。
 しかし、すぐにパッチリと開け直した。

(あ、これ休憩のつもりでこのまま朝まで寝るやつだ。あぶないあぶない)

 前科は無数にある。同じ過ちを繰り返さぬよう、ベッドからも離れた。
 野球部の練習の疲れはあるが、期末テストでも点を取るため、毎日勉強をしないといけない。

 あいつも褒めてくれるだろうし――
 と、隙あらば彼が頭に出てくることに苦笑いしながら、隼人はゴロ寝以外の気分転換を模索した。

(スマホでも……って、塞がってたか)

 何かすぐに終わるようなミニゲームでも、という発想に至ったが、今はいつもプレイしているRPGを立ち上げたまま自動モードにしている。使えない。
 自分専用のパソコンもないため、どうやらこの部屋の中では問題が解決しないようである。
 そこで、隼人はリビングにあるパソコンを使うことにした。

「パソコン使うから」

 階段を降りてから、キッチンのところにいる母親にそう言うと、どうぞご勝手に的な返事が返ってきた。

(オセロでもやっか)

 リビング壁際のラックにおいてあるデスクトップパソコン。ブラウザを開くとヤフーのトップページが表示されるようになっている。
 隼人はヤフーゲームにログインし、オセロを選択した。

 夜ということで、席に待機状態となっているプレイヤーはたくさんいる。
 上からざっと眺めていった。

(ん? soichiro16?)

 そのユーザー名に目がとまった。
 例の彼のような名前である。

(いや、まあ、絶対違うんだろうけど)

 彼――総一郎は、インターネットを調べ物やニュースサイトの閲覧くらいにしか使わないイメージだった。ブラウザゲームなど絶対にやらないだろう。
 そして万一やったとしても、同じ時間で同じゲームに入り込む確率など、限りなく0パーセント。

(ま、何かの縁か。対戦を申し込んでみよっと)

 隼人はポチっとゲーム開始ボタンを押した。
 あっさりと対戦が承認される。
 相手が先手番・黒のほうに座っていたため、隼人は後手・白である。

 隼人が相手の初手を待っていると、ゲーム画面下部にあるチャット欄のところに、あいさつが飛んできた。

『隼人君、よろしくお願いします』

(なんだ? いきなり君付けか?)

 隼人はモニタの前で首を傾げた。
 こちらのユーザー名はhayato2525なので、隼人という漢字表記で来るのはまあわからなくはない。ハヤトといえばほぼその漢字だからだ。

 だが、君付けはやや違和感があった。
 ゲーム内のチャットといえば、普通はさん付けだ。初対面で君付けする人は見たことがない。

(君付けといえば……。いや、まあ、ありえないんだろうけど)

 また彼の顔がチラつくが、すぐに打ち消した。
 とりあえずこちらも挨拶を、ということで、隼人は両手の人差し指だけでキーボードを叩く。

(えーっと。よろしく、総一郎……って、やべ、変換しちまった。しかもこの漢字、あいつと同じじゃねーか)

 このまま送るわけにはいかないので、直そうとした。
 だがバックスペースキーを押したつもりが、エンターキーを押してしまった。
 無情にも送信されてしまう。

『よろしく、総一郎』

 隼人は自分のパソコンを持っていない関係で、キーボード入力はずいぶん前に学校の授業で少しやった程度。慣れていないがゆえのミスだった。
 しかも名前に「さん」も付けていない状態で送信されてしまった。大失敗だ。
 だが、アチャーと隼人が思ったのとほぼ同時に――。

『誤って君付けしてしまいました。申しわk』

 と、相手からも中途半端なメッセージが来た。
 タイミングが早すぎるので、こちらのミスメッセージを見てから打ったものでないことは明らかだ。
 隼人がメッセージを送ったときにはすでに打ち途中だったものを、ミスして送ってしまった……そんな感じだった。

(こっちが変な返し方をしちまったからびっくりして、間違えてエンターキー押しちゃったのかな?)

 隼人はそう思いながら、とりあえずこちらも一言謝罪をと思い、またキーボード入力をしようとした。
 が、いかんせんタイプが遅い。途中で相手が一手目を打ってしまった。
 対戦開始だ。

 訂正と謝罪のタイミングを逃した隼人は、打ち途中のメッセージを消し、仕方なくそのまま対戦を進めた。

(あ、隅取られた)

 さっそく隅を取られた。

(あ、また取られた)

 次は自分が、と思っていたが、二箇所目の隅もあっさり取られてしまった。
 さらに相手の猛攻は続く。

(こいつ……強すぎないか?)

 最終的に四隅を全部取られ、あっという間に大惨敗となった。画面は黒石だらけで真っ黒に染まった。
 こちらは考慮時間を制限ギリギリまで使い切ったが、相手はほとんど使っていない。それでこの差である。

(もう一回頼んでみよっと)

 一回だけではまぐれという可能性もある。そう思った隼人は、再戦を申し込もうとした。
 相手が離れる前に申し込まないといけない。スピード勝負だ。

(えっと、「もう一回やらないか」、と送らないと……。もう一階……いや一階ってなんだよ。一回だよ……一介……なんだこのパソコン、変換壊れてんの?)

 焦る。
 バックスペースキーで誤変換の「一介」を消そうとしたら、慌ててしまい「もう」まで消してしまった。
 さらに焦る隼人。
 そこで相手から『ありがとう』というメッセージが来てしまった。

(やべ! ログアウトされちまう!)

 隼人は慌ててエンターキーを押した。

『やらないか』

 そんな文が送信されてしまう。

(なんかちょっと変な感じになったぞ……通じんのか?)

 不安しかなかったが、とりあえずログアウトはとめられたようだ。相手の名前が消えることもなければ、「退席しました」のメッセージも出ない。
 ホッとした隼人は、今度は落ち着いてもう一文補足した。

『先攻後攻入れ替えてもう一回やらないか?』

 すると、返事が来た。

『よろしく』

 めでたく、今度は隼人の先手・黒で二戦目が実現した。
 隼人は気合を入れて対戦を始めた……
 ……ものの。

(ぁあ?)

 まだ最後までやっていないのに、全部の石が白になってしまった。

(これ、パーフェクト負けってやつじゃねーか……)

 呆然とモニタを見つめる隼人。
 そこに後ろから声が飛ぶ。

「スゲー! 兄ちゃん、こいつめっちゃつえーじゃん?」

 隼人が振り向くと、そこには黒いタンクトップ姿で中学二年生の弟・日向(ひゅうが)がいた。いつのまにか後ろで観戦していたようだ。

「オレにもやらせて!」

 パソコンチェアごと強引に隼人をどかすと、日向はパソコンの前に立て膝になった。

「あ、いいけどアカウント変え……あ、こら」

 とめる前に申し込みボタンを押してしまった。
 彼もパソコンは持っていないのだが、今ちょうど中学の授業でパソコンをやっているらしく、隼人よりもタイプが速い。
 バドミントン部所属のため色は白いが、かなり引き締まった両腕を伸ばし、日向はカタカタと軽快にキーを叩く。

『お前つえーなwwwもう一回やろうぜ!』

 そんなテキストメッセージを相手に飛ばしたようだ。
 隼人は慌ててパソコンチェアから離れ、弟の肩を掴む。

「お前……しゃべりかた、もうちょっとなんとかしろよ。中身変わったのが向こうにバレるだろーが」
「だいじょーぶだって! どうせ相手とリアルで会うことなんてないだろ?」
「そういう問題じゃねえよ!」

 憤慨する隼人だったが、相手も承諾ボタンを押したようだ。
「よろしく」という返事も来て、相手の先手、日向の後手で三戦目が開始された。

 隼人はパソコンチェアに座り直さず、横で観戦した。
 割と日向は善戦しているように見えた。途中、かなり白が多くなり、隼人は感心してしまう。

「へー。お前、けっこうやるな」

 だが日向の表情はやや厳しい。

「兄ちゃんはどうせ知らないと思うけどさー。オセロって途中の数じゃ勝敗決まんねーよ?」
「そうなのか?」
「うん。あー、マズいとこ取られた。これダメそう」

 彼の形勢判断のとおり、終盤になって一気に黒が盛り返し、あっという間に盤面が真っ黒になって終了した。

「うげー。負けた」

 隼人よりも長い髪の毛を両手で掻き、日向が悔しがる。

「こいつたぶんマジでつえー。兄ちゃんじゃ死んでも勝てなそう」

 そう言いながら、カチャカチャとキーを叩いた。

『おめー強すぎだろwww天才かよwwwwwww』

 またおかしな調子でメッセージを飛ばされ、隼人は慌てた。

「あっ。だからその口調はやめろって」
「いいだろ別に」

 日向はどこ吹く風。
 そしてさらに、日向とは別の高い声が、別方向から飛んでくる。

「わたしにもやらせて」

 今度はTシャツ姿のショートヘア、小学四年生の妹・夏葉(なつは)だ。
 隼人は三人兄妹であるので、一番下が彼女である。空いていたパソコンチェアにいつのまにか座っていた。

「お前もやるのか……」

 呆れる隼人をよそに、夏葉はパソコンチェアに乗ったままパソコンの前に行く。
 日向とポジションをチェンジした。

「わたし『じょうせき』しってるから、いいしあいできるよー」

 何やら自信満々である。

「わたしアルファベットもよめるよ。あいてはそーいちろーだね。おにいさんだ」

 そう言いながら、夏葉はキーを叩く。
 人差し指打ちなのに、かなり速い。

『じゃあおにいさん、もういっかいいくわよ』

 変換キーを押さなかったのか、全部ひらがなで送信されている。

「だから中身変わったのバレるから、もっとうまく演技しろって……。というか、おにいさんじゃなくておじさんかもしれないだろ。勝手に相手の歳を決めつけるなって」

 呆れ半分の隼人の前で、四戦目が開始された。

 定石などまったく知らない隼人ではあるが、序盤に相手と妹の打ち手が噛み合っていたのは雰囲気でわかった。
 そして中終盤のねじりあいも見ごたえがあった。
 知っているもの同士がやっている。そんな感じだった。

「そこに置いてもすぐひっくり返されるだろ」
「うん。でもいまはそのほうがいーの」
「ん? 端っこ取れるのに、取らないのか?」
「まだそこはとらないほうがいいよー」

 一見無駄に見える手。一見チャンスを逃しているように見える手。そのようなものも、実は意味があるようだ。
 終盤に入っても、どちらが勝っているのかわからないまま試合が進んだ。
 だが、最後の最後でわずかに白・相手が上回ったようだ。僅差で相手の勝利となった。

「夏葉、お前すごいな。もうちょっとで勝つところだったんじゃないか?」

 隼人が感心して妹を褒める。弟・日向も「スゲー」と笑っていた。
 だが、当の夏葉は首を振る。

「ううん。かずのさはちょっとだけだったけど、じつりょくのさはけっこうあるとおもうよー。あっちのおにいさん、すごくつよい」

 隼人の目には、妹の言う「実力差」はよくわからなかった。
 が、野球でも、ほんのちょっとの差に見えて、裏に実は大きな努力差や実力差が潜んでいることはある。妹の言っていることは本当なのかもしれないと思った。

 そして隼人が考えているうちに、夏葉がまた文字を打っている。

『わたしつよいおにいさんすきよ』

「お・ま・え! 変なメッセージ送ってんじゃねえよ!」

 頭を掴む。だが妹はまったくへこたれない。

「あ、あっちのひと、もうやめるって。おわりのあいさつしとくね。えーっと」

 また人差し指で素早くキーを叩く。

『ありがとう、つよいおにいさん。およめさんにはなってあげられないけど、げんきでね』

「だから変なメッセージ送るなって言ってるだろ!!」
「えー」
「これはさすがに訂正しないとやべーよ」

 妹を強引にどかせて、隼人は自分で文字を打とうとした。

「あ、むこうログアウトしちまってる……」

 間に合わなかった。
 すでにsoichiro16の名前は盤面から消えていた。
『退席します。ありがとうございました』という発言だけが、チャット欄に残されていた。



 * * *



 翌日。

「おはよう……」
「おはよ……うわ、お前、なんかげっそりしてないか?」

 朝の電車でヨロヨロと席の前にやってきた総一郎を見て、隼人はそう言葉をかけた。

「ああ……少し……体調がな……」
「大丈夫か? 席代わるぞ。ホラ」

 隼人は席から立ち上がり、彼の背中に右手を回した。
 体に力が入っておらず、彼の体が簡単に引き寄せられた。
 一瞬ドキッとしたが、相手は体調不良。すぐに気を取り直す。

「は、隼人君……」
「どうした?」

 総一郎は、顔が隼人の耳元あたりに来ている状態でしゃべった。
 そのため、耳がくすぐったい。
 隼人は顔も熱くなり、焦る。

「君は……どこかにお嫁に行ってしまったり……しないよな?」

 そこでこのセリフである。
 顔の熱は一気に引き、隼人は笑ってしまった。

「いきなり何言ってんだ? あるわけないだろ。俺、男だぞ?」

 だがなぜか。隼人が突っ込みを返したその瞬間――。
 フニャフニャしていた総一郎の体に、芯が入ったような気がした。

「そうか。よかった」

 そんな言葉とともに、彼の手が隼人の肩にかかる。肩先ではなく、肩上部の筋肉を包み込むような、フワッとはしているが力強さもある握りだった。
 隼人は席のほうに押し戻された。

「ん、座らなくていいのか? 体調悪いんだろ?」
「いや。たった今、体調はとても良くなった」
「へ?」





(『オセロで白と黒をひっくり返していると性別までひっくり返りそうに思える話』 終)
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