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最終章『大魔王の夢 - 不毛の大地グレブド・ヘル -』
最終話 旅はこれから
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見上げれば、青い空。
風には森の匂いが混ざっていて、どこまでも爽やかだった。
久々に寄った、森の町チェスター。
シドウとティアは冒険者として受けた仕事を終え、ギルドを目指して町の大通りを歩く。
「シドウ、なんか歩くの速くない? もうちょっとゆっくり」
彼女が背負っているのは、大剣。大魔王から貰ったものだ。
明らかにその重さに体力を吸い取られているらしく、仕事後の足取りはしんどそうだった。
気づいていながらもつい速度があがってしまっていたシドウは、ごめんと謝る。
「いまさらだけど、剣士転向って少し無理があったんじゃないかな」
「大丈夫! というか転向じゃなくて、どっちもやれるようになるの」
「武闘家と剣士の両立なんて不可能だって、どこかで聞いた気がするけど」
「いいの! 頑張りまくってそんな定説覆してやるから!」
冒険者ギルドに到着すると、相変わらず待合室には二十人ほどの冒険者が溜まっていた。
シドウはティアとともに、仕事を終えたことを受付の若い女性に報告した。
前に来たときと同じ女性だ。
「あら、やっぱり仕事が早い。さすが」
「ありがとうございます。あ、これ、ペザルに送ってほしいんですが」
「手紙ね? わかったわ」
受付の女性に封書を手渡した。師匠宛である。
それをティアが関心したように見つめる。
「シドウ、あんたマメだよねー。偉い」
「約束、だからね」
師匠だけでなく、亡き大魔王との――。
シドウはそう付け足したのは内心でだが、ティアには伝わっているはずだ。
グレブド・ヘルでの一件については、ダラムの王城や冒険者ギルドなど、しかるべき機関に報告を終えている。
師匠にも子細を報告し、アルテアの民については彼が学術報告としてまとめている最中である。近いうちに世界にその実態が広まることになる。
まず広く知ってもらうことが必要。知らないから恐れられる。
非常に大きなことだとシドウは確信していた。
まだ今はただのモンスター扱いである他の知的生物たちのことも、地上の大部分で連鎖の頂点に立つ人間が正しく理解する時代になればいい。
そうすれば、まだ自分を含め八人しかいない〝ドラゴンの血を引く者〟の居場所も、おのずと確立されてくるのかもしれない。
自分は人間であり、人間以外でもある。旧魔王軍の公用語もわかる。知的なモンスターのほとんどと会話が可能。それを生かさない手はない。
これからも旅を続け、いろいろなものを見て、考え、それを世界に還元していく。
自分だから見えるものもきっとあるだろう。
「父さんも母さんも張り切っていたし、アランさんも今ごろ頑張っていると思うから。俺たちも頑張ろう」
「そうね。あんたの師匠、また世界地理の本を書くんでしょ。いっぱい旅して、ネタをあげないとね」
デュラは、ペザルから贈られていた『山神様』の称号を返上。
ソラトや子どもたちと一緒に、もっと積極的に山から出て、人間と触れ合う機会を増やすようにする方針にしたらしい。
伝説になるのではなく、現実で居続けること。それが大魔王との約束を果たす第一歩――そう夫婦で結論を出したようだ。
ゆくゆくはアルテアの民を招いて交流することも考えているとか。
赤髪の青年アランは『死霊還帰の魔法を広める旅』に出た。
今は大陸のどこかを旅していることだろう。
「そういうことで、ティア」
ティアに一度話しかけてから、シドウはチラッと少しだけ受付の女性を見た。
受付の女性が、拳を握って応える。
そしてまたティアへと顔を戻す。
「ティア。この町のこの場所で言うのがいいかなって思ったから、言うけど」
「何?」
聞き返したティアの前で、シドウは息を吸い込む。
大きく、肋骨に痛みが走るほど吸い込む。
そして目をつぶり、ティアに向かって力の限り叫んだ。
「お・れ・とっ!! けっ・こ・ん・し・て・く・だ・さ・いっ!!」
あまりの声の大きさと、その内容。
待合室の歓談がピタリとやんだ。動きも固まる。
時がとまったかのような静寂となった。
「は? え? ちょっと、何!?」
あっけにとられるティア。
「いや、俺のほうからきちんと言わないとって――」
「なにもそんな大きな声で言うことないでしょ! あっちに丸聞こえじゃないの!!」
ティアの抗議に、横から受付の女性の声が挟まった。
「ティアちゃん、いちおう返事はしてあげてね。たぶん今のは一世一代の大声だったと思うから」
顔は二人とも赤いが、より濃度が高いのはシドウのほうである。
うつむき、亜麻色の髪を搔きながら審判を待つ。
やがてティアが口を開いた。
「……じゃあシドウ、顔上げて」
シドウが茹で蛸のような顔を上げる。
「はい、こちらこそよろしくお願いしますっ!」
こちらは大声ではないが、満面の笑顔とビンタ付きだった。
頬を張られたシドウが吹き飛んでカウンターにぶつかると、待合室の冒険者が一人、口笛を吹いて静寂を破る。
ギルド内は爆発するような拍手喝采となった。
―――――――――――――――
『自然地理ドラゴン』 -完-
風には森の匂いが混ざっていて、どこまでも爽やかだった。
久々に寄った、森の町チェスター。
シドウとティアは冒険者として受けた仕事を終え、ギルドを目指して町の大通りを歩く。
「シドウ、なんか歩くの速くない? もうちょっとゆっくり」
彼女が背負っているのは、大剣。大魔王から貰ったものだ。
明らかにその重さに体力を吸い取られているらしく、仕事後の足取りはしんどそうだった。
気づいていながらもつい速度があがってしまっていたシドウは、ごめんと謝る。
「いまさらだけど、剣士転向って少し無理があったんじゃないかな」
「大丈夫! というか転向じゃなくて、どっちもやれるようになるの」
「武闘家と剣士の両立なんて不可能だって、どこかで聞いた気がするけど」
「いいの! 頑張りまくってそんな定説覆してやるから!」
冒険者ギルドに到着すると、相変わらず待合室には二十人ほどの冒険者が溜まっていた。
シドウはティアとともに、仕事を終えたことを受付の若い女性に報告した。
前に来たときと同じ女性だ。
「あら、やっぱり仕事が早い。さすが」
「ありがとうございます。あ、これ、ペザルに送ってほしいんですが」
「手紙ね? わかったわ」
受付の女性に封書を手渡した。師匠宛である。
それをティアが関心したように見つめる。
「シドウ、あんたマメだよねー。偉い」
「約束、だからね」
師匠だけでなく、亡き大魔王との――。
シドウはそう付け足したのは内心でだが、ティアには伝わっているはずだ。
グレブド・ヘルでの一件については、ダラムの王城や冒険者ギルドなど、しかるべき機関に報告を終えている。
師匠にも子細を報告し、アルテアの民については彼が学術報告としてまとめている最中である。近いうちに世界にその実態が広まることになる。
まず広く知ってもらうことが必要。知らないから恐れられる。
非常に大きなことだとシドウは確信していた。
まだ今はただのモンスター扱いである他の知的生物たちのことも、地上の大部分で連鎖の頂点に立つ人間が正しく理解する時代になればいい。
そうすれば、まだ自分を含め八人しかいない〝ドラゴンの血を引く者〟の居場所も、おのずと確立されてくるのかもしれない。
自分は人間であり、人間以外でもある。旧魔王軍の公用語もわかる。知的なモンスターのほとんどと会話が可能。それを生かさない手はない。
これからも旅を続け、いろいろなものを見て、考え、それを世界に還元していく。
自分だから見えるものもきっとあるだろう。
「父さんも母さんも張り切っていたし、アランさんも今ごろ頑張っていると思うから。俺たちも頑張ろう」
「そうね。あんたの師匠、また世界地理の本を書くんでしょ。いっぱい旅して、ネタをあげないとね」
デュラは、ペザルから贈られていた『山神様』の称号を返上。
ソラトや子どもたちと一緒に、もっと積極的に山から出て、人間と触れ合う機会を増やすようにする方針にしたらしい。
伝説になるのではなく、現実で居続けること。それが大魔王との約束を果たす第一歩――そう夫婦で結論を出したようだ。
ゆくゆくはアルテアの民を招いて交流することも考えているとか。
赤髪の青年アランは『死霊還帰の魔法を広める旅』に出た。
今は大陸のどこかを旅していることだろう。
「そういうことで、ティア」
ティアに一度話しかけてから、シドウはチラッと少しだけ受付の女性を見た。
受付の女性が、拳を握って応える。
そしてまたティアへと顔を戻す。
「ティア。この町のこの場所で言うのがいいかなって思ったから、言うけど」
「何?」
聞き返したティアの前で、シドウは息を吸い込む。
大きく、肋骨に痛みが走るほど吸い込む。
そして目をつぶり、ティアに向かって力の限り叫んだ。
「お・れ・とっ!! けっ・こ・ん・し・て・く・だ・さ・いっ!!」
あまりの声の大きさと、その内容。
待合室の歓談がピタリとやんだ。動きも固まる。
時がとまったかのような静寂となった。
「は? え? ちょっと、何!?」
あっけにとられるティア。
「いや、俺のほうからきちんと言わないとって――」
「なにもそんな大きな声で言うことないでしょ! あっちに丸聞こえじゃないの!!」
ティアの抗議に、横から受付の女性の声が挟まった。
「ティアちゃん、いちおう返事はしてあげてね。たぶん今のは一世一代の大声だったと思うから」
顔は二人とも赤いが、より濃度が高いのはシドウのほうである。
うつむき、亜麻色の髪を搔きながら審判を待つ。
やがてティアが口を開いた。
「……じゃあシドウ、顔上げて」
シドウが茹で蛸のような顔を上げる。
「はい、こちらこそよろしくお願いしますっ!」
こちらは大声ではないが、満面の笑顔とビンタ付きだった。
頬を張られたシドウが吹き飛んでカウンターにぶつかると、待合室の冒険者が一人、口笛を吹いて静寂を破る。
ギルド内は爆発するような拍手喝采となった。
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『自然地理ドラゴン』 -完-
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