自然地理ドラゴン

どっぐす

文字の大きさ
上 下
43 / 55
三・五章『あなたは生き残りのドラゴンの息子に嘘をついた』

第43話 許しては、もらえないのですか

しおりを挟む
「俺にお願いする資格はないのかもしれません。ですが、母を許していただくことは……できないのでしょうか」

 なんとかシドウはそう切り出したが、とても言葉に力は込められない。

 シドウがまだ生まれる前。母親デュラはシドウの父ソラトの必死の懇願により、勇者一行による討伐を免れた。その後勇者一行のとりなしにより、巣の近くにあったペザルの民との和解が成立。それを全土の国・ギルドが追認するかたちとなっている。

 しかしそれは、ウルカジャーニアがドラゴン族の襲撃で文字通り〝消滅〟し、ドラゴン族による直接の影響を受けた町がペザルくらいしか存在しなかったことが前提となっていた。
 ウルカジャーニアの生き残りがいたならば、すべてが覆ってしまうことになる。

「あなたの頼みでも、不可能です」

 あまりにも予想どおりの回答。
 シドウは焦り、母親のほうに顔を向けた。
 しかしデュラはまぶたを閉じ、頭を小さく振った。

「この赤髪の人間の言っていたことについては、私も記憶は鮮明だ」

 シドウは次に顔を向ける先を探し、視線をさまよわせた。
 そして今さらながら一人、ここにいるはずの人間がいないことに気づく。

「そういえば父さんは。父さんはなんて言ってたのですか。姿が見えませんが」
「ソラトはいない。買い出しのために街に出ている」

 シドウの父でありデュラの夫であるソラト・グレースは、不在。
 母親のどこか安心した口調は、彼が巻き込まれなくてよかったと思ってさえいるのかもしれない。シドウはそう感じ、さらに焦る。

「もう説明はいいですね。さて、では始めましょうか」

 アランの視線はふたたび母親へと向かう。
 腰の剣は抜かない。半身の姿勢で手のひらを向けた。魔法を撃つ構えだ。

「ウルカジャーニアの生き残りとして、あなたを処刑――」
「あっ。待ってください」
「……まだ何か?」
「無理なお願いであるのは承知しています。それでもお願いします。母を許してください」

 シドウはドラゴン態の長い首を垂れ、頭を下げた。

「不可能だと申し上げたばかりのはずですが?」
「そこをなんとか、お願いします」
「あなたにはなんの恨みもありません。ですが邪魔をするのであれば話は別です。まずあなたと戦うことに――」

 まずあなたと戦うことに。
 シドウの心臓が、ふたたび大きく拍動した。跳ねて飛び出すのではないかとすら思った。
 思わず首を上げてしまったシドウの前には、アランの冷たい顔。

「――いや、戦いにはならないでしょうね。一瞬で私が勝つでしょう。脇で処刑をおとなしく見ていることをおすすめします。そうしていただければ、あなたにもティアさんにも危害は加えません」

「おとなしく見ているって……。そんなこと……」
「いや、私からもそれをすすめよう。シドウ、離れていなさい」
「――!?」

 死刑宣告されている本人から声が飛んできて、シドウは驚く。

「このような日がいつか来るのかもしれない、とは思っていた」
「母さん……」
「よい御覚悟です。硬い爪を振るうのか、それとも鋭い牙で噛みつこうとするのか、燃え盛る炎を吐くのか。どうぞご自由に、そして全力で抵抗なさってください。あなたがどんな手段に打って出ようとも、私は確実に死刑を執行します」

 その煽りには、自信と余裕が満ちているようだった。
 だが。

「抵抗するつもりはない。望む方法で処刑してほしい」

 デュラが静かに自らの刑死を受容すると、赤髪の青年の表情は一変した。

「それでは意味がありません。私がこの日のためにどれだけの準備と修行をしてきたか。抵抗していただいて、そして命が尽きるまで苦しんでいただかないと困ります」

「……。今の私は人間に生かされている身だ。人間に手をあげるつもりはない。ただもしも一つ願えるのであれば、死ぬ前にドラゴン族族長の娘として、そしてドラゴン族最後の生き残りとして、そなたに詫びを入れ――」

 デュラがそこまで言うと、アランの濃い碧眼が強く光った。
 赤い髪が激しくざわつく。地面に広がる薄い植生の揺れが、彼を中心に水面の波紋のごとく広がった。

「ふざけるなっ」

 シドウらが行動を共にしていたときには聞いたこともなかったような口調。
 デュラに向けられた手のひらが、強烈に発光した。



 爆音は激しかった。
 あたりは濃い煙に覆われ、視界が失われた。

 煙が晴れると、デュラの前方で翼を畳み、受け身のような姿勢で黒煙をあげるドラゴンの姿があった。

「シドウ!」

 これはティアの声である。
 シドウがとっさに間に入り、アランが放った魔法を体で受けたのだ。

「アランさん……」

 その場で態勢を戻すシドウ。その声は一段と落ちくぼんだ。
 自身の体からは黒煙が上がっている。が、無事だったからである。

 兄弟たちを焼いた火魔法は、おそらく下から高温の炎を出現させたものだろうと思われた。
 地面から火を出し、周りの木々は焼かず、対象のみを一撃で倒す。
 通常はそのような火魔法の操作は不可能だ。伝説の勇者の仲間であったという魔法使いを師匠に持つ彼だからできた技だと思われた。

 だが、今のはただの大火球。鱗で受ければなんともない大火球。
 計算づくで出した魔法ではなく、きっと衝動的に放った一発――。

「なるほど。わかりました。邪魔をするということですね」

 口調を元に戻した赤髪の青年は、一つ大きく息を吐いた。

「復讐成就の前に、一度は一緒に旅をした者を手にかけることになるわけですか。偶然ここで君と再会してしまった不運を私は呪います」

 そしてふたたび、いつでも魔法を撃てる構えを作る。
 標的はもちろんシドウ。

 一方、シドウのほうは特に構えなかった。

 ――ここで君と再会してしまった不運。

 その言葉を頭の中で反芻させながら、アランの顔を、その濃い碧眼を見つめた。
 記憶とは違う彼の表情を見つめるのはつらかった。
 でも見なければならない。じっと見つめた。
 そして、言った。

「アランさん。それは……嘘でしょう?」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

処理中です...