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三章『天への挑戦 - 嵐の都ダラム -』
第29話 棺の大魔王
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高い天井。
そこから等間隔に降りている太い石柱には、そのすべてに装飾として縦の溝が彫られていた。
床は、高地グレブド・ヘルの空気によって冷え切っている灰色の石畳。中央には赤いじゅうたんの道が伸びている。
その赤い道の一番先。段差の上には玉座があるのだが、誰も座っていない。
その代わりに、玉座のすぐ前に、装飾はないが重厚感のある木製の棺が置かれていた。
そして――玉座の段差の下。
玉座を背にするように、一人の若い男が立っていた。
目の前にひざまずく二人の男からの報告を、淡々と聞いている。
立っている男は、容姿だけならまだ壮年まではいかないように見えた。
彫刻のように整った顔。それを際立たせるかのように後ろに流されている茶色の長髪。上下赤黒い色の服。濃い茶色の高級そうなマント。銀の胸当てを着用しており、腰にも剣を下げていた。
人間でないことは耳の尖り具合を見ても明らかだが、その皮膚がくすんだ泥色をしていることも、この大陸の人間では絶対に見られない特徴である。
彼の前で片膝を立てて報告をしているのは、黒いローブの二人組。
一人は深くかぶられたフードで顔をうかがい知ることはできないが、もう一人は顔を出していた。髪は黒く、白い肌の顔は面長で、切れ長の目を持つ怜悧な容貌をしていた。
そう。マーシアの町で町長をアンデッドにした実行犯である。
「――報告は以上です。ダヴィドレイ様」
ダヴィドレイと呼ばれた男。彼は二人組から話を聞き終えると、表情を変えず、やや上方を向いた。
「今回の実験は半分成功、というところか」
「はい。現在の術では、アンデッド化後の性格を変化させることまではできないようです」
「なるほどな。だが記憶を保持したアンデッドの生成に成功したことは大きい。確実に術は完成に近づいている。よくやってくれた」
視線を戻しながら、ダヴィドレイは二人をねぎらった。
二人がひざまずいたまま、「ありがとうございます」と頭を下げる。
「ただ、問題があるとすれば……ドラゴンに変身したという人間だな」
「はい。ドラゴンはペザルの山に残っているという一匹を残して絶滅したと聞いております。ですが私たちの前に現れたのは、明らかにそれとは別の個体のように思いました」
ダヴィドレイは少しの間だけ体を横に向け、この旧『大魔王の間』の柱の隙間からよく見える青い空を見ながら、考えるそぶりを見せた。
「純粋な人間がドラゴンに変身する魔法など、この世界に存在しない。おそらくハーフドラゴンだ。ペザルにいる生き残りのドラゴンの子供ではないか?」
その推測に衝撃を受けたのか、黒いローブの二人は同時に首をピクリと動かした。
「先日、イストポートに潜入していた同志からも報告を受けた。シーサーペントをそそのかして、人間の冒険者の死体を大量に確保する予定だったのだが、ドラゴンに変身する少年の邪魔が入ったそうだ」
「それは……」
「まあ、同一人物だろうな」
「いかがなさいますか。放置は危険かと思われますが」
ダヴィドレイは顎に手をやった。
「ふむ……。そのハーフドラゴンは、こちらの組織のことをよく知らないはずだ。まずは味方に付けられそうかの判断が必要だろう」
「味方に、ですか」
二人のうち顔を出しているほうは、やや意外なことを言われたのか、聞き返すかたちとなった。
「もともとドラゴンは魔王軍の一員であったわけだからな。我々『新魔王軍』はまだ同志が少ない。そのハーフドラゴンが味方になるのであれば、非常に頼もしい存在となるだろう。まずはこちらに引き入れることを考え、それが無理だと判断すれば消すようにすればよい」
「――ダヴィドレイ殿」
その突然の声は、この謁見の間の入口の方角から聞こえた。
ひざまずいていた二人も振り向き、その声の方角を見る。
「エリファス……いたのか」
「興味深いお話ゆえ、聞かせていただきました」
エリファスと呼ばれた男は、銀色の髪を後ろだけ束ねた、騎士風の青年だった。金属の鎧に身を包み、赤いマントを着けている。
その青年は、赤いじゅうたんの上を歩いてきて、黒ローブの二人の横に出た。
立ったまま左手を胸に当て、一礼する。
「その役目、ぜひこのエリファスに」
エリファスと名乗ったその男はそう言った。面白そうな笑みを浮かべながら。
ダヴィドレイは少しだけ考えたが、その志願を受けた。
「では任せるか」
「ありがとうございます」
また立ったままの礼。
「もちろん説得には全力を尽くしますが。仲間にならないことがわかれば、その場で戦ってもかまわないのですね?」
「ああ。かまわない」
ダヴィドレイは即答したが、黒ローブ二人組のうちフードをかぶっているほうは懸念を口にした。
「エリファス殿。かつてドラゴンは味方であったから当然かもしれないが、同志のなかにドラゴンとの戦闘経験がある者はおらず、いまだその能力は計り知れないものがある。念のために一人ではなく、屈強な戦士を複数人連れて行ったほうがよいと思うが」
エリファスは、面白そうな笑みを浮かべたままだった。
「お気持ちは感謝するが、私は一人のほうが性に合っているな」
そう答え、再度ダヴィドレイに一礼して去っていった。
その背中をダヴィドレイは途中まで追うと、ふたたび黒いローブの二人に視線を戻した。
「お前たちには明日からは新しい仕事を頼むことになる。今日は休むとよい」
二人組も礼をして下がってゆく。
謁見の間に静寂が戻ると、ダヴィドレイは後ろを振り返り、そのままゆっくりと歩き出した。
玉座のすぐ前で止まり、下に視線を向ける。
「ただ復活するだけではなんの意味もない。もう少しだけ眠っていてもらうことになりそうだ」
そこにある棺に向かって、そう話しかけた。
そこから等間隔に降りている太い石柱には、そのすべてに装飾として縦の溝が彫られていた。
床は、高地グレブド・ヘルの空気によって冷え切っている灰色の石畳。中央には赤いじゅうたんの道が伸びている。
その赤い道の一番先。段差の上には玉座があるのだが、誰も座っていない。
その代わりに、玉座のすぐ前に、装飾はないが重厚感のある木製の棺が置かれていた。
そして――玉座の段差の下。
玉座を背にするように、一人の若い男が立っていた。
目の前にひざまずく二人の男からの報告を、淡々と聞いている。
立っている男は、容姿だけならまだ壮年まではいかないように見えた。
彫刻のように整った顔。それを際立たせるかのように後ろに流されている茶色の長髪。上下赤黒い色の服。濃い茶色の高級そうなマント。銀の胸当てを着用しており、腰にも剣を下げていた。
人間でないことは耳の尖り具合を見ても明らかだが、その皮膚がくすんだ泥色をしていることも、この大陸の人間では絶対に見られない特徴である。
彼の前で片膝を立てて報告をしているのは、黒いローブの二人組。
一人は深くかぶられたフードで顔をうかがい知ることはできないが、もう一人は顔を出していた。髪は黒く、白い肌の顔は面長で、切れ長の目を持つ怜悧な容貌をしていた。
そう。マーシアの町で町長をアンデッドにした実行犯である。
「――報告は以上です。ダヴィドレイ様」
ダヴィドレイと呼ばれた男。彼は二人組から話を聞き終えると、表情を変えず、やや上方を向いた。
「今回の実験は半分成功、というところか」
「はい。現在の術では、アンデッド化後の性格を変化させることまではできないようです」
「なるほどな。だが記憶を保持したアンデッドの生成に成功したことは大きい。確実に術は完成に近づいている。よくやってくれた」
視線を戻しながら、ダヴィドレイは二人をねぎらった。
二人がひざまずいたまま、「ありがとうございます」と頭を下げる。
「ただ、問題があるとすれば……ドラゴンに変身したという人間だな」
「はい。ドラゴンはペザルの山に残っているという一匹を残して絶滅したと聞いております。ですが私たちの前に現れたのは、明らかにそれとは別の個体のように思いました」
ダヴィドレイは少しの間だけ体を横に向け、この旧『大魔王の間』の柱の隙間からよく見える青い空を見ながら、考えるそぶりを見せた。
「純粋な人間がドラゴンに変身する魔法など、この世界に存在しない。おそらくハーフドラゴンだ。ペザルにいる生き残りのドラゴンの子供ではないか?」
その推測に衝撃を受けたのか、黒いローブの二人は同時に首をピクリと動かした。
「先日、イストポートに潜入していた同志からも報告を受けた。シーサーペントをそそのかして、人間の冒険者の死体を大量に確保する予定だったのだが、ドラゴンに変身する少年の邪魔が入ったそうだ」
「それは……」
「まあ、同一人物だろうな」
「いかがなさいますか。放置は危険かと思われますが」
ダヴィドレイは顎に手をやった。
「ふむ……。そのハーフドラゴンは、こちらの組織のことをよく知らないはずだ。まずは味方に付けられそうかの判断が必要だろう」
「味方に、ですか」
二人のうち顔を出しているほうは、やや意外なことを言われたのか、聞き返すかたちとなった。
「もともとドラゴンは魔王軍の一員であったわけだからな。我々『新魔王軍』はまだ同志が少ない。そのハーフドラゴンが味方になるのであれば、非常に頼もしい存在となるだろう。まずはこちらに引き入れることを考え、それが無理だと判断すれば消すようにすればよい」
「――ダヴィドレイ殿」
その突然の声は、この謁見の間の入口の方角から聞こえた。
ひざまずいていた二人も振り向き、その声の方角を見る。
「エリファス……いたのか」
「興味深いお話ゆえ、聞かせていただきました」
エリファスと呼ばれた男は、銀色の髪を後ろだけ束ねた、騎士風の青年だった。金属の鎧に身を包み、赤いマントを着けている。
その青年は、赤いじゅうたんの上を歩いてきて、黒ローブの二人の横に出た。
立ったまま左手を胸に当て、一礼する。
「その役目、ぜひこのエリファスに」
エリファスと名乗ったその男はそう言った。面白そうな笑みを浮かべながら。
ダヴィドレイは少しだけ考えたが、その志願を受けた。
「では任せるか」
「ありがとうございます」
また立ったままの礼。
「もちろん説得には全力を尽くしますが。仲間にならないことがわかれば、その場で戦ってもかまわないのですね?」
「ああ。かまわない」
ダヴィドレイは即答したが、黒ローブ二人組のうちフードをかぶっているほうは懸念を口にした。
「エリファス殿。かつてドラゴンは味方であったから当然かもしれないが、同志のなかにドラゴンとの戦闘経験がある者はおらず、いまだその能力は計り知れないものがある。念のために一人ではなく、屈強な戦士を複数人連れて行ったほうがよいと思うが」
エリファスは、面白そうな笑みを浮かべたままだった。
「お気持ちは感謝するが、私は一人のほうが性に合っているな」
そう答え、再度ダヴィドレイに一礼して去っていった。
その背中をダヴィドレイは途中まで追うと、ふたたび黒いローブの二人に視線を戻した。
「お前たちには明日からは新しい仕事を頼むことになる。今日は休むとよい」
二人組も礼をして下がってゆく。
謁見の間に静寂が戻ると、ダヴィドレイは後ろを振り返り、そのままゆっくりと歩き出した。
玉座のすぐ前で止まり、下に視線を向ける。
「ただ復活するだけではなんの意味もない。もう少しだけ眠っていてもらうことになりそうだ」
そこにある棺に向かって、そう話しかけた。
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