自然地理ドラゴン

どっぐす

文字の大きさ
上 下
21 / 55
二章『追いつかない進化 - 飽食の町マーシア -』

第21話 若き薬師

しおりを挟む
 シドウのケガは、すでに回復魔法で完治している。
 意識も戻っているため、これ以上ベッドに横になっている意味はない。
 治療所を出た三人は、冒険者ギルド兼宿屋二階にある部屋に戻った。



「……」

 シドウは、机のところにある椅子に座っていた。
 机は窓に向かって置いてあったので、椅子を反対向きにしている。

 ティアは一番窓に近いベッドの上で座り、枕を両手で抱えている。
 アランはベッドがある側と反対側の壁に寄りかかり、片足をゆるめて腕組み。
 既視感のある配置だ。

「シドウ、また顔が暗くなってるよ?」
「そうかな?」
「そうだよ。服ダサいしマザコンだしオタクだし露出狂だし匂いフェチだし覗き魔だし、救いようがないんだから、せめて明るくないと」
「ずいぶん悪口の数が増えてるね」

 思わず突っ込むシドウ。

「ふむ。かわいい顔で真剣に考え込んでいる様は悪くないと思いますけどね? 実に絵になっていますし」

 微笑みながらそう言うのは赤毛の青年、アランである。

「きもちわるー」
「ふふふふ。ところでシドウくん。考えていた内容は、治らないケガの件ですか?」

「はい。『そんな魔法は存在しない』ということであれば、魔法や呪いの類ではなく病気ということになるとは思うのですが……。でも伝染病であれば、外から来た人間だってその病気にかかっていいはずですし、大魔王討伐のタイミングから急に発生し始めたというのも不自然です。……ということは、これは『伝染病ではない何かの病気』だということになりそうな気がします」

「シドウの意見に異議なーし」
「私も異議はありません」

「しかもこんな病気が発生しているのって、多分この町だけですよね」
「たしかに聞いたことない」
「私も色々なところを旅しましたが、こんな病気が流行っている町は聞いたことがありませんね」

「そうなると、他の町とこの町を比較すれば、病気の原因が絞れそうな気がします」
「比較かあ……って、一個しか思い浮かばないけど?」
「たしかに、明らかな相違点が一つありますね」

 町の人間が肥満だらけ――。
 ハッキリとしているこの町の特徴は、それだ。

「俺はあまり病気のことには詳しくありませんが、町の人が肥満だらけになったのは大魔王討伐後と聞いています。病気が発生した時期と一致していますし、無関係とはとても思えません」
「それも異議なーし」
「なるほど。私も異議ありません。そういうことになりそうですよね」

「そして不思議なのは……。あまり病気に詳しくない俺ですらそう思うので、同じように思う人は他にもいると思うんです。なのに、なぜ何も対策されている気配がないのかな? ということなんです」

 原因が想像できるのに、何もしない。
 ケガが治らない人間をただ寝かせておき、「治らない」と嘆いている状態。それはシドウには理解できないことだった。

「ふむふむ……しかし、そうは言いますが、肥満が病気につながるという確実な証拠はありませんよね。
 しかもシドウくんの考え方もかなり独特なのですよ?
『肥満は自然界の掟に逆らっている状態なので、何か問題が起きてもおかしくない』
 なんていう発想は、普通の人間にはありません。
『他の町と比較すれば』という考え方もどうでしょうかね? 学者でもない限り、そのような考えはしないように思います」

「うーん……。でも、例えば薬師などであれば、何か気づいて調べていてもおかしくはないと思うのですが」

「薬師が全員研究熱心とは限りませんし、仮に熱心であっても研究の時間があるとは限りませんよ。上から言われない限りは、日々の仕事で精いっぱいかもしれませんしね」
「そういうものですか?」

 アランは「案外そういうものです」と言って、寄りかかった体を起こした。
 そして一つの提案をした。

「でも、一度しっかりと薬師に話を聞いてみるのは悪くなさそうですね。明日また聖堂に行ってみてはいかがですか?」



 * * *



 翌日。
 三人は、ふたたび治療所に向かった。

「また順調に首を突っ込んでるね!」

 ティアはそう茶化していたが、やはりシドウとしては、このまま何もしないのは気持ちが悪かった。

 なお、アランは正式なパーティメンバーではないのだが、ついてきてくれていた。彼はたまたまこの町に用事があり、たまたまこの町行きの馬車で一緒になった冒険者――のはずなのだが。

 時間を潰してしまっても大丈夫なの? というティアの問いには、
「大丈夫。私の用事は大したものではありませんから」
 とだけ答えていた。



「町長さん。おはようございます」

 聖堂に入ると、入り口のホールで車椅子姿の町長と再会した。また入院者の見舞いをしていたのだろうか。

「おお、おはようございます」

 この日も町長は、しっかり者の雰囲気を醸し出していた。中央で横分けされた髪、綺麗に剃られたヒゲ、ビシッと決まった服装。相変わらずである。
 車椅子を押している若い肥満男も、前日と同じ人物だった。世話役として固定されているのかもしれない。

「お三方は今日なぜ聖堂に?」
「はい。薬師の方に少しお話をお伺いしようかなと」

 聞かれたので正直に答えたのだが、町長は元々刻まれていた眉間の皺を一層深くし、やや怪訝な顔をした。

「薬師? それはいったいなぜ?」
「この町の方々は、手足のケガが治りませんよね? 下手をすればそのまま壊死してしまうと聞いています」
「そうですね。まあ私もそれで足を失った一人ではあります」
「あ、やっぱりそうでしたか。申し訳ありません」

 町長の足がない理由について、シドウは薄々わかってはいたが、無礼だと思い直接聞こうとは思っていなかった。
 あたかも誘導してしまったかのようになってしまい、シドウは少々慌てた。

「いえいえ、よいのです……。それで、薬師には何か相談をされるということなのですか?」

「はい。自分たちは今のところ、この現象は呪いや魔法の類ではなく、病気だと考えています。なので、この聖堂や薬師の方々が現在どう考えていて、どこまで研究されているのかを確かめたいなと」
「それはそれは……。よその方々にそこまで心配していただいて大変恐縮です」

 何かあれば私にも遠慮なくおっしゃって下さい――。
 町長はそう言って去っていった。



「僕がこの治療所に出入りしている薬師の責任者です。トーマスと言います」

 応接室でそう自己紹介してきたのは、おかっぱ頭の少年だった。
 薬師なのでタリス教の僧侶ではないと思われるのだが、足下くらいまで丈のあるダブダブの僧衣を着けていた。おそらく、聖堂の職員と服装を統一することになっているのだろう。

 その僧衣は濃紺を基調としており、中央には十字の印が入っていた。
 タリス教の僧衣の色は階級を表しており、偉い順に白・青・濃紺・黒となっている。この少年は責任者ということもあり、一般の僧侶よりは高い位の待遇となっているようだ。

 彼の顔は……丸い。体もぽっちゃりしている。
 が、それ以上に、とにかく若いことが印象的だ。まだあどけなさが残っている。
 シドウ、ティア、アランの三人は、そんな彼が責任者と聞いて顔を見合わせてしまったが、すぐに挨拶を返して自己紹介を済ませた。

「ずいぶん若いね? シドウと一緒くらいじゃない?」
「俺と一緒くらいなら、ティアとも一緒くらいということだよね。なんで俺の名前だけ出すの」
「うふふっ」

 ティアに引き続き、アランも興味深そうに彼の若さに触れていく。

「その若さで責任者ということは、相当に優秀な薬師さんなのでしょうね……。まるで十代のころから天才魔法使いと言われていた私のようです」
「アランの場合は『自称』でしょ」
「ふふふふ」

 だがそこで、トーマス少年は意外なことを言いだした。

「いえ、僕はどちらかと言うと落ちこぼれでした。でも前任の責任者や他の経験豊富な薬師がいなくなって、残っているのは僕より若い人ばっかりで……。仕方なく責任者をやっている感じです」

 また三人で顔を見合わせてしまう。

「あの……。前の責任者や、あなたより年上の他の薬師は……なぜいなくなったのか、聞いても問題ないですか」

 シドウは恐る恐る、そう聞いた。嫌な予感はもちろんあったが、聞かないわけにもいかない。
 すると、責任者トーマスは目をやや伏せ気味にして、言った。

「……全員、死にました」 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

〖完結〗私が死ねばいいのですね。

藍川みいな
恋愛
侯爵令嬢に生まれた、クレア・コール。 両親が亡くなり、叔父の養子になった。叔父のカーターは、クレアを使用人のように使い、気に入らないと殴りつける。 それでも懸命に生きていたが、ある日濡れ衣を着せられ連行される。 冤罪で地下牢に入れられたクレアを、この国を影で牛耳るデリード公爵が訪ねて来て愛人になれと言って来た。 クレアは愛するホルス王子をずっと待っていた。彼以外のものになる気はない。愛人にはならないと断ったが、デリード公爵は諦めるつもりはなかった。処刑される前日にまた来ると言い残し、デリード公爵は去って行く。 そのことを知ったカーターは、クレアに毒を渡し、死んでくれと頼んで来た。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全21話で完結になります。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

【完結】生贄になった婚約者と間に合わなかった王子

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
フィーは第二王子レイフの婚約者である。 しかし、仲が良かったのも今は昔。 レイフはフィーとのお茶会をすっぽかすようになり、夜会にエスコートしてくれたのはデビューの時だけだった。 いつしか、レイフはフィーに嫌われていると噂がながれるようになった。 それでも、フィーは信じていた。 レイフは魔法の研究に熱心なだけだと。 しかし、ある夜会で研究室の同僚をエスコートしている姿を見てこころが折れてしまう。 そして、フィーは国守樹の乙女になることを決意する。 国守樹の乙女、それは樹に喰らわれる生贄だった。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

処理中です...