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二章『追いつかない進化 - 飽食の町マーシア -』
第21話 若き薬師
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シドウのケガは、すでに回復魔法で完治している。
意識も戻っているため、これ以上ベッドに横になっている意味はない。
治療所を出た三人は、冒険者ギルド兼宿屋二階にある部屋に戻った。
「……」
シドウは、机のところにある椅子に座っていた。
机は窓に向かって置いてあったので、椅子を反対向きにしている。
ティアは一番窓に近いベッドの上で座り、枕を両手で抱えている。
アランはベッドがある側と反対側の壁に寄りかかり、片足をゆるめて腕組み。
既視感のある配置だ。
「シドウ、また顔が暗くなってるよ?」
「そうかな?」
「そうだよ。服ダサいしマザコンだしオタクだし露出狂だし匂いフェチだし覗き魔だし、救いようがないんだから、せめて明るくないと」
「ずいぶん悪口の数が増えてるね」
思わず突っ込むシドウ。
「ふむ。かわいい顔で真剣に考え込んでいる様は悪くないと思いますけどね? 実に絵になっていますし」
微笑みながらそう言うのは赤毛の青年、アランである。
「きもちわるー」
「ふふふふ。ところでシドウくん。考えていた内容は、治らないケガの件ですか?」
「はい。『そんな魔法は存在しない』ということであれば、魔法や呪いの類ではなく病気ということになるとは思うのですが……。でも伝染病であれば、外から来た人間だってその病気にかかっていいはずですし、大魔王討伐のタイミングから急に発生し始めたというのも不自然です。……ということは、これは『伝染病ではない何かの病気』だということになりそうな気がします」
「シドウの意見に異議なーし」
「私も異議はありません」
「しかもこんな病気が発生しているのって、多分この町だけですよね」
「たしかに聞いたことない」
「私も色々なところを旅しましたが、こんな病気が流行っている町は聞いたことがありませんね」
「そうなると、他の町とこの町を比較すれば、病気の原因が絞れそうな気がします」
「比較かあ……って、一個しか思い浮かばないけど?」
「たしかに、明らかな相違点が一つありますね」
町の人間が肥満だらけ――。
ハッキリとしているこの町の特徴は、それだ。
「俺はあまり病気のことには詳しくありませんが、町の人が肥満だらけになったのは大魔王討伐後と聞いています。病気が発生した時期と一致していますし、無関係とはとても思えません」
「それも異議なーし」
「なるほど。私も異議ありません。そういうことになりそうですよね」
「そして不思議なのは……。あまり病気に詳しくない俺ですらそう思うので、同じように思う人は他にもいると思うんです。なのに、なぜ何も対策されている気配がないのかな? ということなんです」
原因が想像できるのに、何もしない。
ケガが治らない人間をただ寝かせておき、「治らない」と嘆いている状態。それはシドウには理解できないことだった。
「ふむふむ……しかし、そうは言いますが、肥満が病気につながるという確実な証拠はありませんよね。
しかもシドウくんの考え方もかなり独特なのですよ?
『肥満は自然界の掟に逆らっている状態なので、何か問題が起きてもおかしくない』
なんていう発想は、普通の人間にはありません。
『他の町と比較すれば』という考え方もどうでしょうかね? 学者でもない限り、そのような考えはしないように思います」
「うーん……。でも、例えば薬師などであれば、何か気づいて調べていてもおかしくはないと思うのですが」
「薬師が全員研究熱心とは限りませんし、仮に熱心であっても研究の時間があるとは限りませんよ。上から言われない限りは、日々の仕事で精いっぱいかもしれませんしね」
「そういうものですか?」
アランは「案外そういうものです」と言って、寄りかかった体を起こした。
そして一つの提案をした。
「でも、一度しっかりと薬師に話を聞いてみるのは悪くなさそうですね。明日また聖堂に行ってみてはいかがですか?」
* * *
翌日。
三人は、ふたたび治療所に向かった。
「また順調に首を突っ込んでるね!」
ティアはそう茶化していたが、やはりシドウとしては、このまま何もしないのは気持ちが悪かった。
なお、アランは正式なパーティメンバーではないのだが、ついてきてくれていた。彼はたまたまこの町に用事があり、たまたまこの町行きの馬車で一緒になった冒険者――のはずなのだが。
時間を潰してしまっても大丈夫なの? というティアの問いには、
「大丈夫。私の用事は大したものではありませんから」
とだけ答えていた。
「町長さん。おはようございます」
聖堂に入ると、入り口のホールで車椅子姿の町長と再会した。また入院者の見舞いをしていたのだろうか。
「おお、おはようございます」
この日も町長は、しっかり者の雰囲気を醸し出していた。中央で横分けされた髪、綺麗に剃られたヒゲ、ビシッと決まった服装。相変わらずである。
車椅子を押している若い肥満男も、前日と同じ人物だった。世話役として固定されているのかもしれない。
「お三方は今日なぜ聖堂に?」
「はい。薬師の方に少しお話をお伺いしようかなと」
聞かれたので正直に答えたのだが、町長は元々刻まれていた眉間の皺を一層深くし、やや怪訝な顔をした。
「薬師? それはいったいなぜ?」
「この町の方々は、手足のケガが治りませんよね? 下手をすればそのまま壊死してしまうと聞いています」
「そうですね。まあ私もそれで足を失った一人ではあります」
「あ、やっぱりそうでしたか。申し訳ありません」
町長の足がない理由について、シドウは薄々わかってはいたが、無礼だと思い直接聞こうとは思っていなかった。
あたかも誘導してしまったかのようになってしまい、シドウは少々慌てた。
「いえいえ、よいのです……。それで、薬師には何か相談をされるということなのですか?」
「はい。自分たちは今のところ、この現象は呪いや魔法の類ではなく、病気だと考えています。なので、この聖堂や薬師の方々が現在どう考えていて、どこまで研究されているのかを確かめたいなと」
「それはそれは……。よその方々にそこまで心配していただいて大変恐縮です」
何かあれば私にも遠慮なくおっしゃって下さい――。
町長はそう言って去っていった。
「僕がこの治療所に出入りしている薬師の責任者です。トーマスと言います」
応接室でそう自己紹介してきたのは、おかっぱ頭の少年だった。
薬師なのでタリス教の僧侶ではないと思われるのだが、足下くらいまで丈のあるダブダブの僧衣を着けていた。おそらく、聖堂の職員と服装を統一することになっているのだろう。
その僧衣は濃紺を基調としており、中央には十字の印が入っていた。
タリス教の僧衣の色は階級を表しており、偉い順に白・青・濃紺・黒となっている。この少年は責任者ということもあり、一般の僧侶よりは高い位の待遇となっているようだ。
彼の顔は……丸い。体もぽっちゃりしている。
が、それ以上に、とにかく若いことが印象的だ。まだあどけなさが残っている。
シドウ、ティア、アランの三人は、そんな彼が責任者と聞いて顔を見合わせてしまったが、すぐに挨拶を返して自己紹介を済ませた。
「ずいぶん若いね? シドウと一緒くらいじゃない?」
「俺と一緒くらいなら、ティアとも一緒くらいということだよね。なんで俺の名前だけ出すの」
「うふふっ」
ティアに引き続き、アランも興味深そうに彼の若さに触れていく。
「その若さで責任者ということは、相当に優秀な薬師さんなのでしょうね……。まるで十代のころから天才魔法使いと言われていた私のようです」
「アランの場合は『自称』でしょ」
「ふふふふ」
だがそこで、トーマス少年は意外なことを言いだした。
「いえ、僕はどちらかと言うと落ちこぼれでした。でも前任の責任者や他の経験豊富な薬師がいなくなって、残っているのは僕より若い人ばっかりで……。仕方なく責任者をやっている感じです」
また三人で顔を見合わせてしまう。
「あの……。前の責任者や、あなたより年上の他の薬師は……なぜいなくなったのか、聞いても問題ないですか」
シドウは恐る恐る、そう聞いた。嫌な予感はもちろんあったが、聞かないわけにもいかない。
すると、責任者トーマスは目をやや伏せ気味にして、言った。
「……全員、死にました」
意識も戻っているため、これ以上ベッドに横になっている意味はない。
治療所を出た三人は、冒険者ギルド兼宿屋二階にある部屋に戻った。
「……」
シドウは、机のところにある椅子に座っていた。
机は窓に向かって置いてあったので、椅子を反対向きにしている。
ティアは一番窓に近いベッドの上で座り、枕を両手で抱えている。
アランはベッドがある側と反対側の壁に寄りかかり、片足をゆるめて腕組み。
既視感のある配置だ。
「シドウ、また顔が暗くなってるよ?」
「そうかな?」
「そうだよ。服ダサいしマザコンだしオタクだし露出狂だし匂いフェチだし覗き魔だし、救いようがないんだから、せめて明るくないと」
「ずいぶん悪口の数が増えてるね」
思わず突っ込むシドウ。
「ふむ。かわいい顔で真剣に考え込んでいる様は悪くないと思いますけどね? 実に絵になっていますし」
微笑みながらそう言うのは赤毛の青年、アランである。
「きもちわるー」
「ふふふふ。ところでシドウくん。考えていた内容は、治らないケガの件ですか?」
「はい。『そんな魔法は存在しない』ということであれば、魔法や呪いの類ではなく病気ということになるとは思うのですが……。でも伝染病であれば、外から来た人間だってその病気にかかっていいはずですし、大魔王討伐のタイミングから急に発生し始めたというのも不自然です。……ということは、これは『伝染病ではない何かの病気』だということになりそうな気がします」
「シドウの意見に異議なーし」
「私も異議はありません」
「しかもこんな病気が発生しているのって、多分この町だけですよね」
「たしかに聞いたことない」
「私も色々なところを旅しましたが、こんな病気が流行っている町は聞いたことがありませんね」
「そうなると、他の町とこの町を比較すれば、病気の原因が絞れそうな気がします」
「比較かあ……って、一個しか思い浮かばないけど?」
「たしかに、明らかな相違点が一つありますね」
町の人間が肥満だらけ――。
ハッキリとしているこの町の特徴は、それだ。
「俺はあまり病気のことには詳しくありませんが、町の人が肥満だらけになったのは大魔王討伐後と聞いています。病気が発生した時期と一致していますし、無関係とはとても思えません」
「それも異議なーし」
「なるほど。私も異議ありません。そういうことになりそうですよね」
「そして不思議なのは……。あまり病気に詳しくない俺ですらそう思うので、同じように思う人は他にもいると思うんです。なのに、なぜ何も対策されている気配がないのかな? ということなんです」
原因が想像できるのに、何もしない。
ケガが治らない人間をただ寝かせておき、「治らない」と嘆いている状態。それはシドウには理解できないことだった。
「ふむふむ……しかし、そうは言いますが、肥満が病気につながるという確実な証拠はありませんよね。
しかもシドウくんの考え方もかなり独特なのですよ?
『肥満は自然界の掟に逆らっている状態なので、何か問題が起きてもおかしくない』
なんていう発想は、普通の人間にはありません。
『他の町と比較すれば』という考え方もどうでしょうかね? 学者でもない限り、そのような考えはしないように思います」
「うーん……。でも、例えば薬師などであれば、何か気づいて調べていてもおかしくはないと思うのですが」
「薬師が全員研究熱心とは限りませんし、仮に熱心であっても研究の時間があるとは限りませんよ。上から言われない限りは、日々の仕事で精いっぱいかもしれませんしね」
「そういうものですか?」
アランは「案外そういうものです」と言って、寄りかかった体を起こした。
そして一つの提案をした。
「でも、一度しっかりと薬師に話を聞いてみるのは悪くなさそうですね。明日また聖堂に行ってみてはいかがですか?」
* * *
翌日。
三人は、ふたたび治療所に向かった。
「また順調に首を突っ込んでるね!」
ティアはそう茶化していたが、やはりシドウとしては、このまま何もしないのは気持ちが悪かった。
なお、アランは正式なパーティメンバーではないのだが、ついてきてくれていた。彼はたまたまこの町に用事があり、たまたまこの町行きの馬車で一緒になった冒険者――のはずなのだが。
時間を潰してしまっても大丈夫なの? というティアの問いには、
「大丈夫。私の用事は大したものではありませんから」
とだけ答えていた。
「町長さん。おはようございます」
聖堂に入ると、入り口のホールで車椅子姿の町長と再会した。また入院者の見舞いをしていたのだろうか。
「おお、おはようございます」
この日も町長は、しっかり者の雰囲気を醸し出していた。中央で横分けされた髪、綺麗に剃られたヒゲ、ビシッと決まった服装。相変わらずである。
車椅子を押している若い肥満男も、前日と同じ人物だった。世話役として固定されているのかもしれない。
「お三方は今日なぜ聖堂に?」
「はい。薬師の方に少しお話をお伺いしようかなと」
聞かれたので正直に答えたのだが、町長は元々刻まれていた眉間の皺を一層深くし、やや怪訝な顔をした。
「薬師? それはいったいなぜ?」
「この町の方々は、手足のケガが治りませんよね? 下手をすればそのまま壊死してしまうと聞いています」
「そうですね。まあ私もそれで足を失った一人ではあります」
「あ、やっぱりそうでしたか。申し訳ありません」
町長の足がない理由について、シドウは薄々わかってはいたが、無礼だと思い直接聞こうとは思っていなかった。
あたかも誘導してしまったかのようになってしまい、シドウは少々慌てた。
「いえいえ、よいのです……。それで、薬師には何か相談をされるということなのですか?」
「はい。自分たちは今のところ、この現象は呪いや魔法の類ではなく、病気だと考えています。なので、この聖堂や薬師の方々が現在どう考えていて、どこまで研究されているのかを確かめたいなと」
「それはそれは……。よその方々にそこまで心配していただいて大変恐縮です」
何かあれば私にも遠慮なくおっしゃって下さい――。
町長はそう言って去っていった。
「僕がこの治療所に出入りしている薬師の責任者です。トーマスと言います」
応接室でそう自己紹介してきたのは、おかっぱ頭の少年だった。
薬師なのでタリス教の僧侶ではないと思われるのだが、足下くらいまで丈のあるダブダブの僧衣を着けていた。おそらく、聖堂の職員と服装を統一することになっているのだろう。
その僧衣は濃紺を基調としており、中央には十字の印が入っていた。
タリス教の僧衣の色は階級を表しており、偉い順に白・青・濃紺・黒となっている。この少年は責任者ということもあり、一般の僧侶よりは高い位の待遇となっているようだ。
彼の顔は……丸い。体もぽっちゃりしている。
が、それ以上に、とにかく若いことが印象的だ。まだあどけなさが残っている。
シドウ、ティア、アランの三人は、そんな彼が責任者と聞いて顔を見合わせてしまったが、すぐに挨拶を返して自己紹介を済ませた。
「ずいぶん若いね? シドウと一緒くらいじゃない?」
「俺と一緒くらいなら、ティアとも一緒くらいということだよね。なんで俺の名前だけ出すの」
「うふふっ」
ティアに引き続き、アランも興味深そうに彼の若さに触れていく。
「その若さで責任者ということは、相当に優秀な薬師さんなのでしょうね……。まるで十代のころから天才魔法使いと言われていた私のようです」
「アランの場合は『自称』でしょ」
「ふふふふ」
だがそこで、トーマス少年は意外なことを言いだした。
「いえ、僕はどちらかと言うと落ちこぼれでした。でも前任の責任者や他の経験豊富な薬師がいなくなって、残っているのは僕より若い人ばっかりで……。仕方なく責任者をやっている感じです」
また三人で顔を見合わせてしまう。
「あの……。前の責任者や、あなたより年上の他の薬師は……なぜいなくなったのか、聞いても問題ないですか」
シドウは恐る恐る、そう聞いた。嫌な予感はもちろんあったが、聞かないわけにもいかない。
すると、責任者トーマスは目をやや伏せ気味にして、言った。
「……全員、死にました」
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