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第一章 それは秋葉原にそびえ立つ魔本の塔
第3話 なんで、いないんだ?
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「あ?」
アカリが願いを言うと、元々パッチリしていた青年の瞳が、さらに大きく見開かれた。
「『あ?』って何よ。具体的な願い事なら叶えてくれるんでしょ? 私のおじいちゃんを生き返らせて」
「そんなの無理に決まってるだろ」
「はあ? 叶えるって言ったのはそっちでしょ?」
「言ったけどよ……。悪魔の魔術はいろいろできるけど、人を生き返らせるのは無理だぞ」
アカリはため息をついた。
「役立たずだね。話にならない」
「なんでだよ」
「期待させてから落とすとか、あんた最低だわ」
「いや、俺は最高だぞ?」
「きもっ。どう考えても最低です」
「え? だってよ、悪魔が死人を生き返らせたとか聞いたことあるか? あってもゾンビとかじゃないのか?」
「なるほど。それはあんたの言うことが正しいかもね。さようなら」
「おい、ちょっと待てってば」
アカリが自分のトレーだけ持って席を立とうとすると、青年が慌ててそのトレーを机に押し戻してきた。
「何? もうあんたに用はありません」
「俺があるんだよ。ていうかよ。人間って、誰でも金がほしいとか物がほしいとか、そういう願いがいつもあるって聞いたぞ?」
「いや、本当にないんだって。なんか人間に偏見持ってない?」
「ええ? そういうもんだと教わったんだけどな。俺、もしかして特別な人間に当たっちまったかな」
まいったなという感じで、青年は真っ黒な髪に手をやった。
「ま、とりあえず。こうやって姿を見せたんだから、何かお願いしてくれよ。俺にもメンツってもんがあるからな」
「手ぶらでは帰れませんってことかー。悪い訪問販売を教える学校に行ってるの?」
「違うっての。悪魔と人間は契約するもんだろ。このまま何もしないで帰れるかよ」
契約。
学生の頃であれば、アカリがその言葉に警戒することはなかったかもしれない。
だが、社会人となった今では違う。
「ん。契約ってことは、対価を取るの?」
「もちろんそうだよ。そうしないと契約にならないだろ」
「もしかして、魂を抜くとか?」
「普通は抜くぞ。抜いてその魂を魔本にする」
「何その不利な契約。でもあんたは抜かないんだ?」
「俺は出血大サービスで抜かないことにしたんだ。お前はラッキーだ」
「よくわかんないね……。でも私は別に魂抜かれてもいいって思ってるくらいだけど? 痛くないんでしょ?」
青年はその回答に一瞬固まると、真顔になった。
「アカリ、あんまりそういうことを言うもんじゃないぜ?」
そう言って手元の分厚い本をパラパラとめくる。
「えーっと。この世界ではすべての人が主人公だ。主人公なんだから簡単に死んじゃだめだろ?」
「……今の言葉がその本に入ってたの?」
「そうだぞ。この本の元になった魂の持ち主の名言らしいな。『プロゲーマー』とかいう職業だったみたいだな」
このタイミングでゲーム中でおこなわれたと思われる名言、しかも少しピントがズレているものを出してくるのはどうなの? とアカリは一瞬思った。
だがすぐに、そんな突っ込みがどうでもよくなるくらいの重大なことに気づいた。
すなわち、『この本の元になった魂』という彼の言葉である。
「まさか、その本って。辞書じゃなくて?」
「ああ、たぶんお前が今想像したとおりだ。これは死んだ人間の魂を製本した『魔本』なんだ。その人間の歴史とか、知識とか、人生哲学とかが、これ一冊に全部詰まってるんだぜ」
青年はその分厚い本を、胸の前で見せるように開いた。
「――!」
横書きで段落の字下げもなく、小さな文字がびっしりと書き込まれていた。
しかもその文字は、明らかに日本語でも英語でもない。これまでに見たこともないような種類の文字だった。
アカリは驚き、目を見開いた。
しかし〝本魔〟というくらいである。特殊な魔本を持っていてもおかしくはないのかもしれないし、日本語でも英語でもない文字を使っていてもおかしくないのかもしれない。
すぐに頭は切り替わった。
「じゃあ話戻すけど。対価の中身はなんなの? 事前に聞かないとフェアな契約じゃないよね」
「ああ。願いを叶える代わりに……」
「代わりに?」
「お前のこれからの人生で、もっと本を読んでほしいんだ」
「はい? そんなんでいいの?」
「いや、それ、俺らにとってはまあまあ大事なんだ」
怪しむアカリに対し、青年は真剣な表情のまま、身振り手振りまじえて話し始めた。
本魔とはその名のとおり本の悪魔であり、普段はあの黒い塔の内に居住していること。
蔵書の魔本を読んで人間の知識を吸収することができ、それが塔内の文明レベルを支えていること。
人間の魂から魔本を生成する際には、副次的にエネルギーも産生され、その一部を使って塔が運用されていること。そのため、常に新しい魔本の生成を必要としていること。
魔本のもとになるのは死んだ人間の魂の一部だが、百パーセントが魔本になるわけではなく、生前に読書好きで読書量が多いほど率が高まること。
そのようなことを青年は説明していった。
ちなみに、塔の蔵書となった魔本については、書庫内で閲覧できるほか、一冊ずつであれば外への持ち出しも自由らしい。
「なんとなく理解したけど。もしかして、あんたが現れたのは、私が〝本嫌い〟だったからなのかな?」
本嫌いを自覚していたアカリは、そう聞いてみた。
「あー、まあ、そうだよ。このままだとお前は魔本にならない。お前みたいな人間ばかりになっちまうと、俺らの塔が困ることになるんだよ」
「ふーん」
はい読みますと契約して願いを叶えてもらって、そのあと約束を破って本を読まなかったらどうするのだろう。
アカリはそう思ったが、読んで〝ほしい〟だから、あくまでもお願いベースということなのかもしれないと考え、もっと気になったことを聞いた。
「さっき契約の対価について、『普通は魂を抜く』って言ってたけど、強制的に人間の魂を抜いて魔本にする場合だと、必ず製本は成功するんだ?」
「お前頭いいな。そのとおりだぞ。契約で魂を強制的に抜けば、本が大嫌いな人間でも、百パーセント魔本になる」
「それって苦しませずに魂を抜けるんでしょ? 別に抜いてくれてもいいけど」
「だからそういうこと言うなって」
「変な悪魔さんね」
「変で悪かったな。もうこれだけ話したんだから、契約しないとかだめだぞ。無理やりでもいいから、なんかお願いしろ」
ふたたび考え込んだが、やはり「悪魔に頼むならこれだ」という願いは出てこない。
うーん……。
あ。
アカリは、一つひらめいた。
「じゃあ。ちょうどいいの思い付いたから、それで」
「お。やっと決まったか。なんだ?」
「うん。一泊二日で旅行にでも行こうかなって。で、あんた、ついてきてくれる? ついてくるだけで、何もしなくていいから」
青年が「ん?」と首をひねる。
「それだと悪魔の魔術と関係ないだろ。別に俺に頼まなくてもよくないか? 一緒についていくだけなら、人間に……友達に頼めばいいんじゃないか?」
その疑問に、アカリは自身でも不思議なほど、さらっと答えた。
「友達、いないんだよね」
アカリが願いを言うと、元々パッチリしていた青年の瞳が、さらに大きく見開かれた。
「『あ?』って何よ。具体的な願い事なら叶えてくれるんでしょ? 私のおじいちゃんを生き返らせて」
「そんなの無理に決まってるだろ」
「はあ? 叶えるって言ったのはそっちでしょ?」
「言ったけどよ……。悪魔の魔術はいろいろできるけど、人を生き返らせるのは無理だぞ」
アカリはため息をついた。
「役立たずだね。話にならない」
「なんでだよ」
「期待させてから落とすとか、あんた最低だわ」
「いや、俺は最高だぞ?」
「きもっ。どう考えても最低です」
「え? だってよ、悪魔が死人を生き返らせたとか聞いたことあるか? あってもゾンビとかじゃないのか?」
「なるほど。それはあんたの言うことが正しいかもね。さようなら」
「おい、ちょっと待てってば」
アカリが自分のトレーだけ持って席を立とうとすると、青年が慌ててそのトレーを机に押し戻してきた。
「何? もうあんたに用はありません」
「俺があるんだよ。ていうかよ。人間って、誰でも金がほしいとか物がほしいとか、そういう願いがいつもあるって聞いたぞ?」
「いや、本当にないんだって。なんか人間に偏見持ってない?」
「ええ? そういうもんだと教わったんだけどな。俺、もしかして特別な人間に当たっちまったかな」
まいったなという感じで、青年は真っ黒な髪に手をやった。
「ま、とりあえず。こうやって姿を見せたんだから、何かお願いしてくれよ。俺にもメンツってもんがあるからな」
「手ぶらでは帰れませんってことかー。悪い訪問販売を教える学校に行ってるの?」
「違うっての。悪魔と人間は契約するもんだろ。このまま何もしないで帰れるかよ」
契約。
学生の頃であれば、アカリがその言葉に警戒することはなかったかもしれない。
だが、社会人となった今では違う。
「ん。契約ってことは、対価を取るの?」
「もちろんそうだよ。そうしないと契約にならないだろ」
「もしかして、魂を抜くとか?」
「普通は抜くぞ。抜いてその魂を魔本にする」
「何その不利な契約。でもあんたは抜かないんだ?」
「俺は出血大サービスで抜かないことにしたんだ。お前はラッキーだ」
「よくわかんないね……。でも私は別に魂抜かれてもいいって思ってるくらいだけど? 痛くないんでしょ?」
青年はその回答に一瞬固まると、真顔になった。
「アカリ、あんまりそういうことを言うもんじゃないぜ?」
そう言って手元の分厚い本をパラパラとめくる。
「えーっと。この世界ではすべての人が主人公だ。主人公なんだから簡単に死んじゃだめだろ?」
「……今の言葉がその本に入ってたの?」
「そうだぞ。この本の元になった魂の持ち主の名言らしいな。『プロゲーマー』とかいう職業だったみたいだな」
このタイミングでゲーム中でおこなわれたと思われる名言、しかも少しピントがズレているものを出してくるのはどうなの? とアカリは一瞬思った。
だがすぐに、そんな突っ込みがどうでもよくなるくらいの重大なことに気づいた。
すなわち、『この本の元になった魂』という彼の言葉である。
「まさか、その本って。辞書じゃなくて?」
「ああ、たぶんお前が今想像したとおりだ。これは死んだ人間の魂を製本した『魔本』なんだ。その人間の歴史とか、知識とか、人生哲学とかが、これ一冊に全部詰まってるんだぜ」
青年はその分厚い本を、胸の前で見せるように開いた。
「――!」
横書きで段落の字下げもなく、小さな文字がびっしりと書き込まれていた。
しかもその文字は、明らかに日本語でも英語でもない。これまでに見たこともないような種類の文字だった。
アカリは驚き、目を見開いた。
しかし〝本魔〟というくらいである。特殊な魔本を持っていてもおかしくはないのかもしれないし、日本語でも英語でもない文字を使っていてもおかしくないのかもしれない。
すぐに頭は切り替わった。
「じゃあ話戻すけど。対価の中身はなんなの? 事前に聞かないとフェアな契約じゃないよね」
「ああ。願いを叶える代わりに……」
「代わりに?」
「お前のこれからの人生で、もっと本を読んでほしいんだ」
「はい? そんなんでいいの?」
「いや、それ、俺らにとってはまあまあ大事なんだ」
怪しむアカリに対し、青年は真剣な表情のまま、身振り手振りまじえて話し始めた。
本魔とはその名のとおり本の悪魔であり、普段はあの黒い塔の内に居住していること。
蔵書の魔本を読んで人間の知識を吸収することができ、それが塔内の文明レベルを支えていること。
人間の魂から魔本を生成する際には、副次的にエネルギーも産生され、その一部を使って塔が運用されていること。そのため、常に新しい魔本の生成を必要としていること。
魔本のもとになるのは死んだ人間の魂の一部だが、百パーセントが魔本になるわけではなく、生前に読書好きで読書量が多いほど率が高まること。
そのようなことを青年は説明していった。
ちなみに、塔の蔵書となった魔本については、書庫内で閲覧できるほか、一冊ずつであれば外への持ち出しも自由らしい。
「なんとなく理解したけど。もしかして、あんたが現れたのは、私が〝本嫌い〟だったからなのかな?」
本嫌いを自覚していたアカリは、そう聞いてみた。
「あー、まあ、そうだよ。このままだとお前は魔本にならない。お前みたいな人間ばかりになっちまうと、俺らの塔が困ることになるんだよ」
「ふーん」
はい読みますと契約して願いを叶えてもらって、そのあと約束を破って本を読まなかったらどうするのだろう。
アカリはそう思ったが、読んで〝ほしい〟だから、あくまでもお願いベースということなのかもしれないと考え、もっと気になったことを聞いた。
「さっき契約の対価について、『普通は魂を抜く』って言ってたけど、強制的に人間の魂を抜いて魔本にする場合だと、必ず製本は成功するんだ?」
「お前頭いいな。そのとおりだぞ。契約で魂を強制的に抜けば、本が大嫌いな人間でも、百パーセント魔本になる」
「それって苦しませずに魂を抜けるんでしょ? 別に抜いてくれてもいいけど」
「だからそういうこと言うなって」
「変な悪魔さんね」
「変で悪かったな。もうこれだけ話したんだから、契約しないとかだめだぞ。無理やりでもいいから、なんかお願いしろ」
ふたたび考え込んだが、やはり「悪魔に頼むならこれだ」という願いは出てこない。
うーん……。
あ。
アカリは、一つひらめいた。
「じゃあ。ちょうどいいの思い付いたから、それで」
「お。やっと決まったか。なんだ?」
「うん。一泊二日で旅行にでも行こうかなって。で、あんた、ついてきてくれる? ついてくるだけで、何もしなくていいから」
青年が「ん?」と首をひねる。
「それだと悪魔の魔術と関係ないだろ。別に俺に頼まなくてもよくないか? 一緒についていくだけなら、人間に……友達に頼めばいいんじゃないか?」
その疑問に、アカリは自身でも不思議なほど、さらっと答えた。
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