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親父も親父なら娘も娘

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 話題を変えるが、カルス大公閣下ことマリウス卿には息子が1人、娘が1人いる。娘は強い地属性の魔力を持っている事と、カルス大公家の領地の名から、『リーゼの黄玉』と呼ばれている程の美女である。そこそこ資産のある(レリア伯母様が涙ぐましく頑張っているのだろう)貴族の娘でありながら――この世界では珍しい事なのだが――20代後半になっても独身だった。
理由はとても簡単である。
「私は弱い男と添い遂げるつもりは毛頭ございません。父を負かした殿方にのみ嫁ぎます」
彼女自身が近衛騎士真っ青な剣の腕前だそうです。何なら、父親の指揮の下で何度も武功を上げているそうです。所詮は女だからとナメて襲った男のブツを怪力で引きちぎったそうです。あの、その……本当に人間ですか?
引きちぎられるのは俺だって怖い。殺すなら普通に殺して欲しい。
最後に。年の離れた彼女の弟オデュッセウス(姉ほど武勇の才能は継がなかったらしいが恐ろしく頭が良くて人望がある事で有名)も、これまたどこぞのバルトロマイオス並にシスコンをこじらせていて、
「そうですよ!貧弱で脆弱で頼りない男に姉上を任せるなんて絶対に嫌です!最低でも父上を負かす程の力強い男で無ければ認めません!」

『そ、そりゃあ独身ですよね……』と否が応でも納得するしかないじゃん。

 陣幕の中に入ったらその彼女――カルス大公家令嬢ゼノビア・テナマ・ニケアンもいた。
この前いなかったのはたまたま哨戒任務に出ていたそうで、マリウス卿に『一刻も早く城攻めを始めて下さい!先陣を切る役目はどうか私めに!』と今まさに詰め寄っていた所だった。
「……」
マリウス卿の鋭い視線が俺を捉える。
「カルス大公閣下、オリュンポス城の支城を潰していた所、オリュンポス城に繋がっているであろう地下通路を発見いたしました」
「ではそこから今すぐ攻め入りましょう!先陣は私めが!」
ひいっ!彼女はとても血の気が多いようだ。
そうだよな、情けも容赦も慈悲もなく引きちぎったんだもんな……。
「お待ち下さい、それでは敵に迎撃される格好の的になってしまいます」
「私めが敵陣を切り開く!それで問題無いだろう!?」
「あ、あの、その」俺はストラトスとレクスの背後に隠れた。怒らせたデボラと何処か似ていて、怖かったのだ。「出来るだけ犠牲を抑えるように……水攻めを提案いたします……」
「そんな悠長な」
と言いかけたゼノビア嬢をマリウス卿が片手を上げて制止した。詳しく説明しろと言いたいのだろう。
「あの……地図をお借りします」
俺はレクスを盾にしながら地図を借りて、水攻め計画の説明をした。
「……と言う訳でして。幸い冬ですが河の水量もありますので……問題は地下通路を叩く別働隊なのです」

まず、おびき寄せるための堤防を作るにあたって、工兵がかなり必要だ。突貫工事になるだろうし、見張りも必要になる。それをマリウス卿率いる本隊から引き抜くと、戦力が減ってしまう。そこから別働隊を更に引き抜いた状態になったら、どれほど戦巧者のマリウス卿でも数に押されて負ける危険が増してしまう。かといって地下通路から出て来る連中の相手をするには……特に向こうが魔幸薬を服用している可能性がある以上、幾らあっても安心だとは言い切れないのだ。
『いっそ俺達が魔剣ドゥームブリンガーごとオリュンポス城に突っ込めば良いじゃん?』って思うかも知れない。
だが、相手が聖剣ネメシスセイバーを所持するエヴィアーナ公爵である以上、絶対に勝てるとは言えない。
そして俺がもしも倒されたら、逆にこちらの本陣に聖剣ネメシスセイバーをまとったエヴィアーナ公爵が突っ込んでくる危険性が剥き出しになってしまう。必殺技は相手を必殺出来るその瞬間までは隠して溜めておかないと危険なのだ。

 「ふむ……レーフ公爵の言う事も一理あるな」ゼノビア嬢もいったんは落ち着いてくれたようだ。「この問題をどうされます、閣下?」
「……」
マリウス卿も、じっと考え込んでしまった。
こうなったら俺がルキッラ総督達に掛け合って、金をばらまくなりして工事の人足だけでもかき集めて貰おうかと考えた時だった。
「……あれ?」
「――」
ペトロニウスがポカーンと……上を見上げている。いや、視線が虚ろになっている?どうしたんだ?
「どうしたの、ペトロニウス?何か妙案でも……」
「うわあああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!」
いつも冷静で、冷酷な所さえあるペトロニウスがいきなり大声で叫んだので、マリウス卿とゼノビア嬢が同時に抜刀するわ、俺は飛び上がるわ、ストラトスはペトロニウスを落ち着けようと慌てて押さえつけるわ、キプリオスのじいさんは腰を抜かした弾みにレクスにぶつかって抱きかかえられるわで、一気に修羅場になった。
「ああっ!嘘でしょう!?嘘だと思ってしまうくらいに嬉しい!貴女の声がまた聞けるなんて!」ペトロニウスが誰かと喋っている……?「ご無事だったのですね!?ええ、ええ、ネフェリィ達も息災にしております!うああっ、わあああっ……うわあああっ……!!!」
――嗚咽を漏らして。押さえつけるストラトスに何の抵抗もせず、そのままペトロニウスは地面に這いつくばるように倒れて、何度も首を左右に打ち振った。耳がピクピクピクピクと電流でも流されたように激しく痙攣している。
「ペトロニウス、いきなりどうした!?」
暴れるつもりでは無さそうだと見て取ったストラトスがペトロニウスから手を離しても、しばらくそのままで激しく涙に咽んでいたが――まるで母親にやっと会えた子供のような無垢な笑顔を浮かべて、顔を上げた。
「陛下が!我らのカッサンドーラ様が!もう何年ぶりだろう、『共感』して下さったのです……!
――オクタバ州の執政官の軍が隠れ里を奴隷商人の手から解放したそうで、しかもその軍は今も一路このヤヌシア州を目指していると……!
ああ、ああ、いつもながら何て意地の悪い方なのでしょうか、もうパウサニアン峡谷まで来ていらっしゃるなんて!何て事だ、お出迎えの準備がこれでは間に合わない!」
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