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俺以外の転生者の存在

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「あれでも元々はイアソンは優しくて気の小さい男だった。公爵家の跡取りなのによく下級生からもからかわれて、婚約者だったペデサ伯爵令嬢が代わりに追い払っていた。……悪魔の薬などに手を出すくらいならば、罪悪感に耐えきれずに自殺してしまう優しい男だったのだ」
「それは……別の人間に体を奪われたようでしたか?」
「うむ……私が見る限りだが、イアソンの狂った父親と同じ目つきをしていた」
「その父親はどうなりましたか」
「イアソンが狂い始めた正にその頃には、座敷牢の中で息絶えていたそうだ……」
それはイアソンに毒を盛られたって事だろう。
あくまでも貴族の家とその名誉を守るために、あまりにも狂ったり大罪を犯したりした身内を処分するためだが……『決して選ばれないやり方』じゃあない。
俺はそこである事実に気付いた。
今のエヴィアーナ公爵の正妻は、ペデサ伯爵令嬢ではない。
と言うか、『ペデサ伯爵』って家名をこれまで聞いた記憶が無いぞ?
これでも俺は公爵家の跡取りとして一通りの教育を受けて来たから、上から下まで貴族の家名や名前は全部頭に入っているのはず……なのだ。
「ペデサ伯爵令嬢は……?」
デルフィア侯爵はゆっくりと目を開けた。泣き出しそうな目をしていた。
「家ごと、跡形もなく燃やされてしまったのだ。ちょうど、総領娘である彼女の姉が無事に第一子を産んだ事を祝うために、一族全員が館に集まっていた夜だった……。しかも、そのたった2日後に先の皇帝陛下が暗殺され、貴族派は堕落の一途を辿り始めたのだ……!」
その後――遠縁であるリンドス男爵家がペデサ伯爵家の地位と領地を受け継いで、リンドス伯爵家を名乗り始めた。エヴィアーナ公爵の差配があっての事だ。
「私が貴族派に残っているのは、私が生まれながらの貴族だからだ。『貴族派』を誰よりも理解しているからだ。
何年、何十年かけてでも構わない、よしんば可愛い愛しい娘を苦しめていたとしても必ずしなければならない。私には何を差し置いてでも遂行すべき責務がある。堕落し、腐り爛れてしまった貴族派を、いつの日か『本来の貴族派』へと立て直さねばならないのだ……!」

…………。
『この世界でデボラは生きている。オマエがディーンを虐待した事実も無い。それなのに、それでもこの世界は悪を求めているってのかよ!』
カインが冷笑する。
『ジン、貴様が何を言っているんだ?「悪」じゃないぞ、「邪悪」だ。俺達のような「狂った邪悪」だ』
ああ。
そうだった。
ウルトラハッピーエンドを誰よりも望んでいる俺達は、この世界の何よりも邪悪だった。

『カイン、やるぞ』
この魔剣の胃袋の中に貴様も引きずり込んで、未来永劫に復讐してやる。
苦しめて傷つけて痛めつけて泣き叫ばせて命乞いさせて死を願わせて、だがそれでも許さない。
オマエがやった罪はそう言う代物で、ここは因果応報の奈落のどん底なのだから。
『当然だ。敵はジンと同じ「転生者」、だがデボラの母上を害するよう指図した黒幕だ!』
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