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義父義母義弟(予定)、考え込む

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 「「「「……!」」」」
4人が一口、焼きたてのステーキを頬張った瞬間、目を見張るのが分かる。行儀良くステーキをナイフで切ってフォークで口に運ぶ間、誰も喋らない。
あまりの美味しさに黙々と食べてしまうのだ。
完食してから――、
「……今までステーキは数も分からぬほど食べてきたが、これほど美味いものは初めてだ」
ナプキンで口元を拭き終わると、ほう、と息を吐いて、デルフィア侯爵が呟いた。
「臭みもなくて、なのに柔らかくて。とても良い香りで……脂もくどすぎず、とても美味しかったですわ……」
ハリッサさんはまだ余韻に浸っている。うんうん、分かる。それくらいに美味いんだよ。
クリッピアヌスや、『カロカロ』で雇っている料理人達の腕がこれまた素晴らしい腕前なのだ。
しかもこの肉にはクリッピアヌスが改良した秘伝の発酵調味料(恐らくヨーグルトか麹みたいなもの)が少しだけブレンドされた特製ソースがかかっている。肉単体だけでも美味しいのに、このソースがまた複雑で重厚な旨味を添えているのだ。
「姉様、また来たいですね!」
少しだけはしゃいでいるバルトロマイオスをオリンピア嬢がたしなめる。
「ここの予約は1年先まで埋まっているそうよ」
「い、1年先……ですか……」
バルトロマイオスがガックリと肩を落とした。
俺が、「じゃあまた来ましょうよ、予約を入れますから」と言おうとした瞬間。

「お客様方、失礼いたします!」
料理長(※『カロカロ』のオーナーはテオドラ嬢である)のクリッピアヌスがやって来た。シェフの白い服と清潔感のあるエプロンを着ている。
年代物のワインと未成年も飲める飲み物の瓶を持って来てくれていた。手早くその飲み物とハーブやフルーツを使って、ノンアルコールのカクテルを作ってくれる。
「この度は当店をご利用下さって、心から感謝を申し上げます。こちらは初めて当店をご利用下さった方にご試飲頂いている記念のワインです。ええ、こちらの特製カクテルは成人なさっていなくても安心してお飲み頂けますので、どうぞ……」
デルフィア侯爵夫妻と俺達はグラスを持って簡単に乾杯をした。

これらのカクテルはアルコールが入っていないので未成年でも飲めるけれど、とても見た目や作る時がオシャレで格好いいので貴族のパーティでも大人気らしい。『カロカロ』のシェフ(兼バーテンダー)を派遣して、パーティ会場の招待客の目の前で作って欲しいと、主に貴族や富裕な市民層からの予約がひっきりなしなのだそうだ。
この飲み物のラインナップも俺とクリッピアヌスで開発した。この世界のめぼしい飲み物が水、酒(しかもワインと濁酒だけ!)、果汁水、コーヒー、お茶、ハーブティーくらいしか無い現状が俺には全然……耐えられなかったのだ。
せめて未成年でも飲める、もっとオシャレで美味い飲み物があったら……と思ってテオドラ嬢やクリッピアヌスに話をしたら、嬉しい事に二つ返事でやってみようとなったのだ。
ただし、今の所、実装できているのは果汁を加えた『炭酸飲料』と、このノンアルコールカクテル、後は冬限定の『ココア』、春夏秋限定の『フルーツアイススムージー』くらいだ。
まだアイディアは山ほどあるが、実装に向けて試作・試飲を繰り返していて、コストと味の微調整を続けている所だ。そりゃ採算度外視で売り出して大事な『カロカロ』を潰す訳にはいかないからな。

俺達がそれで口直しをした所で、
「皆様、この度はご婚約のお見合いの場に当店を選んで下さったと伺っております。こちらにお祝いの特別製のデザートをお持ちいたしました」
彩り鮮やかなフルーツたっぷり+精巧な飴細工で彩られた、見た目も華やかなケーキが5人分運ばれてきた。
「まあ……これが話題の『ケーキ』!」
オリンピア嬢が顔を輝かせる。
「うむ、ここまで見事なケーキは私も初めて見たよ」
ありとあらゆる貴族の社交の場に出たことのあるデルフィア侯爵まで言ってくれた。
クリッピアヌスは嬉しそうに、
「お褒め頂きありがとうございます。こちらのフルーツは今年の春にジューニー州で採れたものを『冷却』して保存していたものです」
よく見れば真っ赤なイチゴだった。しかも凍っていない。
俺の提案した『冷却保存』(冷凍保存みたいなもの)と解凍の技術が更に向上したのだろう。凄いな、クリッピアヌス!

――デルフィア侯爵が目を見張った。
「そんな事が可能だったのか!?いくら『冷却』でも限りが――」
「はい。実は当店のオーナーであるヴェネット商会が支援者になって下さったために開発できた、特殊な技術によるものです。カイン様が大元を提案し、かつヴェネット商会と私共を引き合わせて下さいました」

『フン、ただのジンの食い意地が動機だがな』
『うん、食い意地が張っているのは認めるよ。でも美味しかっただろ?』
『チッ!』

「彼は『リュケイオン学園の問題児』……では無かったのか?」
デルフィア侯爵は、ゆっくりと俺を見つめた後で、クリッピアヌスの方を向いて言った。
「……」クリッピアヌスは少し考えてから、キッパリと言った。「確かにカイン様には貴族として少々型破りな所もございます。ですが決して誰かを陥れ騙して利用する方では無いとも私は思っております。
事実、もしもカイン様がこの技術だけを奪って私共を陥れるつもりでしたら、とても容易に出来ておりました。むしろ私共から多少の手数料を受け取られてもしかるべきですのに、それさえもお断りされてしまいましたので……」

いや、技術や金を奪ったら俺の目的が何も達成されないからね?
俺はただただ美味しい料理が食べたいだけだからね?

『ジン……。貴様は時々、知力が1になる時があるぞ』
『えっ!?いつ!?』
『……ハァ……』

「「「「……」」」」
デルフィア侯爵一家がじっと考え込んだ。
少し重くなった場の気分を変えるように、クリッピアヌスは手早くケーキを切って配ってくれた。
ああ……生クリームが……くどくもないもしないのにふわりと口の中で溶けて……イチゴの甘酸っぱさを絶妙に包みながら、ふわふわの生地と一緒に優雅で軽やかな美味のダンスを踊っているようだ。
うう、幸せ。
そしてオリンピア嬢がケーキを食べながら顔を幸せそうにキラキラと輝かせているので、更なる幸せが何度も俺を襲うのです。

『ほら見ろ。1になったぞ……』
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