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七話

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奥様が外出されたあと、私は旦那様と先ほどの奥様との会話について数時間にも渡り話し合っていた。



「不倫をしに行くのかなんて、何故そんなことをおっしゃったんですか?!どう考えても失礼に決まってます!!」



そう叫ぶ私を一瞥すると、旦那様は怪訝な顔をして首を傾げた。


「しかしアルヴィラは俺とマーガレットの不倫を疑っていただろう?俺も疑って何が悪い。」

「そう言う問題ですか?!離縁をしたくないのなら、発言には気をつけなければいけないとあれほど……!!」


もうこの数時間で何回も私が同じことを繰り返すものだから、旦那様も流石にいい加減くどいと思ったのだろう。
鬱陶しそうに私を手であしらった。


「ああ、わかったから……。この話はもういいだろう……。」

「面倒くさがらないで下さい!貴方様のためなんですよ?!」


あまりの旦那様の態度に思わず私がそう叫んだその時、控えめなノックと共に1人の使用人が顔を出し、旦那様に声をかけた。


「失礼致します、旦那様。ロミストリー家のマーガレット様がお見えになられています。」

「マーガレットが?」


確か文などは届いていなかったはず。
旦那様も疑問に思っているのだろう、首を傾けていた。
しかしその時、使用人の背後から明るく元気な声が響いた。


「ダリウス!」


そう言って使用人の背後から手を振るのはピンク色の髪に全体的にふわふわした雰囲気の女性、旦那様の幼馴染にあたるマーガレット様だ。


「マーガレット。何の用だ?特に訪問の文などは貰っていないはずだが……。」

「何よぉ~来ちゃいけないっていうの?」


そう言いながら、マーガレット様は旦那様に近づいた。
すると徐に辺りをキョロキョロと見渡し始めた。


「そう言えば今日は奥さんいないの?」

「………今は外出している。」

「ふーん……。」


自分から聞いていたのに、いないと知ると素っ気ない返事をしていて、あまりその話に興味がないように感じた。


「一体何の用だ?」

「ダリウスとお話ししようと思って!」


そう言って上目遣いで旦那様を見上げるマーガレット様は、社交界で目立つ存在だけあってその姿が様になっている。
しかしその眼には何か真意があるようだった。

だが、いくら旧知の仲だからと言っても突然、妻を持つ旦那様の家に押しかけるだなんて、貴族としては品位に欠ける行為だ。
その無礼を咎めようとすると、それよりも先に旦那様が言葉を挟む。


「仕方ないな……。応接室に通せ。」

「え!?」


これには流石の私も驚愕した。
無礼を咎めるどころか、そんなにあっさり承諾するなんて。
私は戸惑いながらも旦那様を静止する。


「お、お待ちください、旦那様…。」

「何だ?」

「マーガレット様をお通しするのは良い考えとは言えません。」


マーガレット様は旦那様の3つ下、20歳だ。
まだ婚約者などはいらっしゃらないとはいえ、結婚適齢期の立派な淑女である。
それ故に妻帯者である旦那様と噂になるのはあまり良いことではないし、旦那様的にもあまり宜しくない。
社交界ではすでに何故かその噂が立っているらしいが、だからこそ今、家に入れてはいけない気がする。
それに何より、この状況を知ったら奥様が悲しまれるかもしれないと思った。


「何故だ?マーガレットは俺の妹みたいなものだ。……マーガレット入るといい。」

「わーい!お邪魔しまーす!」


旦那様はあれだけ私がたくさん言って来たのに、未だに奥様がどう思うかなど考えられないようだった。
その証拠に、"マーガレット様を入れてはいけない理由"をわかっていない。
私たちが会話をしているその間に、マーガレット様は遠慮も知らず室内に入っていった。
私は無神経な旦那様と、無礼なマーガレット様、どちらの行動も頭に来てしまい、ついカッとなってマーガレット様がいるにも関わらず旦那様にまた叫んだ。


「旦那様!!今朝のことをもうお忘れですか?!マーガレット様が家にいることを奥様が知ったら……!」


しかしその私の言葉に旦那様も物申した。


「俺とマーガレットとの間にそのような関係はないと言っている!それにマーガレットは客人だ。無碍にはできん。」


そう言い張る旦那様が普段とは少し違い、あまりにも強引なので少し疑問を抱く。

(何故マーガレット様をそこまでして応接室に入れたいのだろう……?)

しかしそれよりも、もうすぐ帰ってくるであろう奥様がこの状況に鉢合わせることになるかもしれないことが唯一、心配だった。


「……もし奥様が帰って来られたら……、」

「アルヴィラもその辺の区別はつくはずだ。もし帰宅しても、事情を話せばきっと理解してくれるはずだ。」

「お待ちください、旦那様……!」


そのまま旦那様は私の静止も聞かず、マーガレット様の待つ応接室へと入っていった。
私は止めきれなかった自分の無力さに、ただただ胸を痛め、打ちひしがれた。


しかしひとつ思うことがあった。
何だか先ほどの旦那様はいくら何でも強引に思えた。
それにマーガレット様に至っては昔からの仲と言えど、入れて貰えるのは当たり前という態度だった。
そして旦那様は迷いなく応接室にマーガレット様を通した。


(入れて貰えるという……自信があった…?)


そんな2人を不審に思った私は、いけない事だとわかってはいても2人のいる応接室の扉にソッと耳を当て、室内の会話を盗み聴きした。


「ーー最近、奥様とはどう?上手くいってる?」

「いや、実は……そんなに。」

「今度はどうしたの?いつでも私がアドバイスするって言ってるじゃない。」


私たちはてっきり旦那様がマーガレット様とよくお出かけになられていた理由は、単純にご友人同士だからだと思っていた。
しかしどうやら最近、2人で会っていたのは奥様のことに関してマーガレット様に相談していたためだと知る。
だから先ほど少し強引にマーガレット様を室内に入れたのか。


「お前のアドバイス通りに寡黙な男を貫いて来たが、無口すぎると良くないらしい。アルヴィラに"話さないとわからない"と言われた。使用人達からも似たようなことを言われた。」

「……ふーん。」


その話に関心がないのか、面白くなかったのか、自分で聴いていながらつまらなそうな返事をしていた。
わずかに氷の音が聴こえるので、マーガレット様が出されたアイスティーの氷をストローでクルクル回しているのだろう。


「もっとアルヴィラと話した方がいいのだろうか………。」


旦那様が戸惑いが混じった声でそう言うと、マーガレット様は氷を回していた手を止めたのか、室内に沈黙が流れた。
アドバイスすると言っておきながら、返事をしないマーガレット様を不思議に思う。
しかし彼女はすぐにまた普段と変わらぬ調子で旦那様に語りかけた。


「………そのままでいいわよ。前も言ったじゃない!男の人のクールで冷めたところに女の人は惹かれるのよ?その調子で奥様の気をもっと引くの!」


(マーガレット様は一体何を言っているんだ……?!)


私は声には出さなかったが、正直とても驚いた。
そんなことをしては、余計に奥様との溝が深まる。
そして私は先ほどの旦那様の言葉にも驚く。
もしかして旦那様が奥様と話をしないのは、口下手や不器用という理由の他にも、マーガレット様のこの妙なアドバイスのせいでもあるのか……?と。

「そうなのか……わかった続けてみよう。」


しかし旦那様は何の疑いもなく、マーガレット様のその可笑しなアドバイスを素直に受け入れてしまった。
奥様に"話さないとわからない"と言われたばかりなのに、まさか本人に言われたことよりも他人であるマーガレット様の言葉を信じて実行するなんて……。

そして旦那様が納得したように頷くと、マーガレット様は満足げな声を出してエールを送った。


「…ええ!頑張ってね。」


マーガレット様のその声が、いやに含みのある声に感じ取れて、何故だか背筋がゾッとした。
しかしそれでその会話は途切れ、別の話題へと話が切り替わる。


その時、ちょうど外から馬車がこちらに向かってくる音が聞こえた。


(((((((奥様が帰ってくる……!)))))))


邸宅の使用人は皆一様に、地獄になるであろうこの後の展開を想像した。
しかし、扉越しに2人の会話を聞いてしまった私は、もう立ち直れそうもない。


(もう……旦那様は駄目かもしれない、)


私はただただ、この状況に絶望するしかなかった。
まさかこんなことになっているだなんて。
そしてこんな旦那様と夫婦になった奥様を尊敬すると同時に、ここに留まってほしいという私たちの我儘から、奥様に苦行を強いらせる提案をしてしまったことを深く反省していた。

いくら旦那様のためにと協力してきたとは言え、この状況はあんまりだ。
今からまた奥様が傷つくことくらい、誰だって見てわかる。
マーガレット様のどんな意図があるのか理解できないが、変なアドバイス。
それを間に受けて実行する旦那様。
こんなに長く仕えて来て、何故わからなかったのか。
旦那様がここまで愚かな人間だったと。

だからもう私は名残惜しくも奥様のことは諦めることを心の何処かで決心し始めていた。

使用人達もマーガレット様を旦那様が迷いなく応接室に通した辺りから、思うことがあるのか、みんな表情を曇らせていた。



そして私は思い始めていた。
早くこの旦那様と離婚してしまった方が、奥様のためなのかもしれないと。


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