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25.届く言葉-4
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「な……!」
王妃の方から、騎士の唇を奪った。
しっかり数拍、唇を合わせてから、ようやくオフェリアは手を離す。
「オフェリア様……」
口紅に汚された騎士は、困ったように王妃の名前を漏らした。本来、名を呼ぶことは夫であるイザーク以外許されない。
「グスタフは私のものです。そして彼には私の名を許しています。これらが何を意味するか、分かりますね?」
王妃は絹のハンカチで、彼の口元についた赤を手ずから拭ってやっている。
信じがたいが、こうもはっきりとした証拠を見せられて、疑う余地はない。説明だけではなかなか納得できなかっただろう。確かに見せられた方が、早かった。
オフェリアとグスタフの思わぬ関係に、ヴィオラは愕然としていた。なぜなら二人は、イザークとヴィオラと同じように、年初の行為の相手同士だからだ。最も低俗と蔑まれる不貞である。
「そんな……、陛下は、ご存じなのですか」
「もちろんです」
グスタフはオフェリアから解放されて、ばつが悪そうに姿勢を正した。オフェリアも涼しげな顔で正面を向き直す。
「私が嫁いできた最初の年から、ご存じでおられます」
つまり、オフェリアとグスタフの関係は、一度目から不貞だったということになる。ヴィオラと同じだ。
「陛下と私は長らく非道徳的な協力関係にありました。心が別の相手へ向いている背徳を隠し、表向きは仲睦まじい夫婦を演じてきたのです。子供たちのことは愛しています。ですが、陛下には、この国を治められるお方としての尊敬と、そしてただの協力者としての感謝しかありません」
王妃が語ったのは、愛し合っているかに見えた国王夫妻の、隠された真実であった。当初は政略結婚で、義務だけで結ばれたも同然だった。ならば、愛情のない冷めた関係もあり得るだろう。だが、二人は疑いようもないほど、仲睦まじく見えていたのだ。
イザークはオフェリアとグスタフの不貞を隠すために、あえて良好な夫婦を装っていたのだろうか。
「この度の陛下のなさりようは、あなたの意思を黙殺し、尊厳を踏みにじる行為です。あなたがこの状況を望んでいないことは、近衛兵たちから聞いています」
「あ……。王妃様は、どうして、こちらに……」
入り口を守る近衛兵が通したのだろうかと、今さらながら疑問が湧く。だが、それをイザークが許すとは思えなかった。
「陛下はあなたの世話を任せた侍女以外の、温室への立ち入りを禁じておられます。私たちも例外ではありません。入り口の近衛兵には一旦阻まれました。ですが彼らにも、あなたに惨いことをしている自覚や、陛下の道を正したいという悲願がありました」
ヴィオラを誘拐した近衛兵の、青ざめた表情を覚えている。敬愛する王による、不法を強いる命令を恐れていた。それでも従ったのは、ただ、王命に背くまでの勇気が無かっただけだ。
「全ての責は私が負うと説き伏せて、通してもらったのです。陛下は勝手なことをした私をお許しにならないでしょうが、捨て置くことはもうできません」
以前のイザークであれば、王妃はもちろん臣下たちも不当に処罰することなどないと、断言できた。しかし現在の、その地位を利用して数々の暴挙を働く彼が、果たしてオフェリアたちに危害を加えないのか、ヴィオラには分からない。
その危険を、オフェリアも正しく認識しているだろう。覚悟の上、ヴィオラを助けに来てくれたのだ。
王妃の方から、騎士の唇を奪った。
しっかり数拍、唇を合わせてから、ようやくオフェリアは手を離す。
「オフェリア様……」
口紅に汚された騎士は、困ったように王妃の名前を漏らした。本来、名を呼ぶことは夫であるイザーク以外許されない。
「グスタフは私のものです。そして彼には私の名を許しています。これらが何を意味するか、分かりますね?」
王妃は絹のハンカチで、彼の口元についた赤を手ずから拭ってやっている。
信じがたいが、こうもはっきりとした証拠を見せられて、疑う余地はない。説明だけではなかなか納得できなかっただろう。確かに見せられた方が、早かった。
オフェリアとグスタフの思わぬ関係に、ヴィオラは愕然としていた。なぜなら二人は、イザークとヴィオラと同じように、年初の行為の相手同士だからだ。最も低俗と蔑まれる不貞である。
「そんな……、陛下は、ご存じなのですか」
「もちろんです」
グスタフはオフェリアから解放されて、ばつが悪そうに姿勢を正した。オフェリアも涼しげな顔で正面を向き直す。
「私が嫁いできた最初の年から、ご存じでおられます」
つまり、オフェリアとグスタフの関係は、一度目から不貞だったということになる。ヴィオラと同じだ。
「陛下と私は長らく非道徳的な協力関係にありました。心が別の相手へ向いている背徳を隠し、表向きは仲睦まじい夫婦を演じてきたのです。子供たちのことは愛しています。ですが、陛下には、この国を治められるお方としての尊敬と、そしてただの協力者としての感謝しかありません」
王妃が語ったのは、愛し合っているかに見えた国王夫妻の、隠された真実であった。当初は政略結婚で、義務だけで結ばれたも同然だった。ならば、愛情のない冷めた関係もあり得るだろう。だが、二人は疑いようもないほど、仲睦まじく見えていたのだ。
イザークはオフェリアとグスタフの不貞を隠すために、あえて良好な夫婦を装っていたのだろうか。
「この度の陛下のなさりようは、あなたの意思を黙殺し、尊厳を踏みにじる行為です。あなたがこの状況を望んでいないことは、近衛兵たちから聞いています」
「あ……。王妃様は、どうして、こちらに……」
入り口を守る近衛兵が通したのだろうかと、今さらながら疑問が湧く。だが、それをイザークが許すとは思えなかった。
「陛下はあなたの世話を任せた侍女以外の、温室への立ち入りを禁じておられます。私たちも例外ではありません。入り口の近衛兵には一旦阻まれました。ですが彼らにも、あなたに惨いことをしている自覚や、陛下の道を正したいという悲願がありました」
ヴィオラを誘拐した近衛兵の、青ざめた表情を覚えている。敬愛する王による、不法を強いる命令を恐れていた。それでも従ったのは、ただ、王命に背くまでの勇気が無かっただけだ。
「全ての責は私が負うと説き伏せて、通してもらったのです。陛下は勝手なことをした私をお許しにならないでしょうが、捨て置くことはもうできません」
以前のイザークであれば、王妃はもちろん臣下たちも不当に処罰することなどないと、断言できた。しかし現在の、その地位を利用して数々の暴挙を働く彼が、果たしてオフェリアたちに危害を加えないのか、ヴィオラには分からない。
その危険を、オフェリアも正しく認識しているだろう。覚悟の上、ヴィオラを助けに来てくれたのだ。
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