上 下
78 / 116

21.帰る場所-2

しおりを挟む


 騎士たちからヴィオラの誘拐の報を受けた公爵は、イザークの動きの不可解さに気付いた。
 なぜ一旦帰した娘を、わざわざ近衛兵を使ってまで連れ去ったのか。ヴィオラの方に関係を継続するつもりはないようだったが、姦通した相手を手元に置くためというなら、帰さずそのまま捕まえておけばよかったはずだ。
 その疑問が湧けば、たった一日で素早く姦通の噂が広まったことも妙に思える。城で働く者だけでなく、登城した貴族の幾人かの耳に入るほど、早く広く伝わっていた。何者かの働き掛けがある。それは、結果から遡って考えれば、イザークに他ならない。
 二人の不貞の事実を流布して社会的地位を貶め、噂を聞いた公爵にヴィオラを責めさせ実家へ帰る道も潰す。それらをヴィオラ本人に理解させた上で誘拐した。これ以外に一度帰した理由や噂の浸透速度の説明がつかない。全てイザークが仕組んだのだ。
 であれば、晩餐の席でヴィオラが、抑えた酒量にもかかわらず泥酔したことは、無関係とは思えない。発端である姦通そのものすら、イザークの弄した策略だったのではないか。
 公爵は、もうそこまで行き着いているのだろう。だからこそ、葡萄酒の正体を問うている。

 しかし、イザークはこれを公爵に隠すつもりはなかった。

「……いや。多量に飲めば、獣欲で見境なく襲い掛かり、記憶も失う麻薬だ。一度目はグィリクス王国で私が盛られ、二度目は晩餐の席で騙してヴィオラへ飲ませた。どちらも、そなたの娘を凌辱した。この答えで満足か」

 ほんの一瞬、公爵の瞳の焦点がぶれた。あまりの怒りに気が遠のいたのかもしれない。それと同時に、彼の手が反射的に自分の腰の左側を探ったのを、イザークは見逃さなかった。

「剣を取り上げておいたのは、正解だったようだな」

 部屋の前に立つ近衛兵に、事前に公爵から武器を預かるよう指示しておいた。もし公爵の腰に剣が下げてあれば、イザークは切り伏せられていたかもしれない。

「陛下は、娘を凌辱しておきながらそれを不貞と思い込ませ、同様に周囲へ知らしめ、行き場がなくなるよう仕向けられたのですか。そのために、娘の名誉を地に叩き落したというのですか」

 身の内で怒りを滾らせるであろう公爵の目つきは、ともすれば普段と変わりなく、冷静に見えた。だが親しくしてきたがために、彼のあらゆる表情に接してきたイザークには分かる。この初めて向けられた、悪寒のするほど冴え冴えとした眼差しこそが、公爵の抱く殺意なのだ。覚悟して臨んでいるイザークでも、その深く突き刺すような視線に慄然とせざるを得ない。
 だが、イザークは落ち着きを装い、あえてゆっくりと足を組んで座り直した。

「そうだ。私がヴィオラを手に入れるために、彼女の誇りと尊厳を踏みにじった。これでヴィオラは、公爵家はおろか、伯爵家も頼ることができない」

 イザークの凶行とその原因は自らにあるという誤解。さらに全てを失ったという絶望が、ヴィオラの冷静な思考を奪っている。全ての策はこの状況を整えるためだ。
 公爵に真相を語っているのは、別に彼にだけ知らせたいからではない。イザークが真実を隠したい相手はヴィオラだけだ。そしてヴィオラに誤解を与えることに成功し、彼女に外部と連絡を取る手段がない今となっては、他の誰に知られても構わない。

「娘がどれほどの努力を重ねて、秘書官の座をつかみ取りその地位を確立したのか、陛下ならばご存じでしょう。それをこのようなやり方で貶めるなど、惨すぎる仕打ちでは――」
「わかっている!」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢のお兄様【WEB版】

ハジ
ファンタジー
悪役令嬢の兄に転生した男子高校生が可愛い妹の為に頑張るお話です。 本作は電子書籍(kindle unlimited)として出版しています。

西谷夫妻の新婚事情~元教え子は元担任教師に溺愛される~

雪宮凛
恋愛
結婚し、西谷明人の姓を名乗り始めて三か月。舞香は今日も、新妻としての役目を果たそうと必死になる。 元高校の担任教師×元不良女子高生の、とある新婚生活の一幕。 ※ムーンライトノベルズ様にも、同じ作品を転載しています。

ドン引きするくらいエッチなわたしに年下の彼ができました

中七七三
恋愛
わたしっておかしいの? 小さいころからエッチなことが大好きだった。 そして、小学校のときに起こしてしまった事件。 「アナタ! 女の子なのになにしてるの!」 その母親の言葉が大人になっても頭から離れない。 エッチじゃいけないの? でも、エッチは大好きなのに。 それでも…… わたしは、男の人と付き合えない―― だって、男の人がドン引きするぐらい エッチだったから。 嫌われるのが怖いから。

二人の公爵令嬢 どうやら愛されるのはひとりだけのようです

矢野りと
恋愛
ある日、マーコック公爵家の屋敷から一歳になったばかりの娘の姿が忽然と消えた。 それから十六年後、リディアは自分が公爵令嬢だと知る。 本当の家族と感動の再会を果たし、温かく迎え入れられたリディア。 しかし、公爵家には自分と同じ年齢、同じ髪の色、同じ瞳の子がすでにいた。その子はリディアの身代わりとして縁戚から引き取られた養女だった。 『シャロンと申します、お姉様』 彼女が口にしたのは、両親が生まれたばかりのリディアに贈ったはずの名だった。 家族の愛情も本当の名前も婚約者も、すでにその子のものだと気づくのに時間は掛からなかった。 自分の居場所を見つけられず、葛藤するリディア。 『……今更見つかるなんて……』 ある晩、母である公爵夫人の本音を聞いてしまい、リディアは家族と距離を置こうと決意する。  これ以上、傷つくのは嫌だから……。 けれども、公爵家を出たリディアを家族はそっとしておいてはくれず……。 ――どうして誘拐されたのか、誰にひとりだけ愛されるのか。それぞれの事情が絡み合っていく。 ◇家族との関係に悩みながらも、自分らしく生きようと奮闘するリディア。そんな彼女が自分の居場所を見つけるお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※作品の内容が合わない時は、そっと閉じていただければ幸いです。 ※執筆中は余裕がないため、感想への返信はお礼のみになっております。……本当に申し訳ございませんm(_ _;)m

【第二章開幕】男子大学生は二度召喚される

皇める
BL
  「シュウ……やっと会えた。もう二度と離さない。ずっと俺の側に居てくれ……」 「え……?待って、本当にユリウスなの!? 俺、どうやってまた異世界へ来れたの?」 今、俺を逃がさんとばかりに抱きしめている男の名はユリウス。一度目の異世界転移で出会った時はまだ5歳の子どもだったのに、目の前に居るユリウスは俺と同じくらいの歳の姿になっている。 どうして俺は二度目の異世界転移をしたんだ? ◇◆◇ 俺、葛城秋也は異世界ものの物語が大好きな、ごく普通の大学生1年だった。 しかしある日突然、異世界転移しそこで出会ったのが幼い獣人のユリウス。 母親を亡くしてひとりぼっちのユリウスとしばらく一緒に暮らしていた。 孤独と愛情に飢えていたユリウスに俺はたくさんの愛情を注いだ。 しかし、ある出来事がきっかけで俺は元の世界に帰還した。 ユリウスとの突然の別れ……またひとりぼっちにさせてしまった後悔と罪悪感。そしてもう二度と会えないと知り絶望した。 そんな中、まさかの二度目の異世界。 再会できたユリウスは大人になっていて、俺をめちゃくちゃ溺愛してくる。 え?俺を愛してる?恋人になって本当の家族になってほしい?? ちょっと待って?何が一体どうなってるの?? 溺愛激重めの執着束縛系獣人×押しに弱い綺麗系男子大学生 溺愛要素は第二章からの予定です。 少しヤンデレ要素ありの溺愛激重の攻めです。 【第一章・完結】 【第二章・連載中】 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初めての作品で至らない点や拙い文章ですが、最後までお付き合いいただけたら嬉しいです。よろしくお願いしたします。 ●第11回BL小説大賞にエントリーしてます。応援していただけたら嬉しいです。 ●この作品は作者独自の設定と世界観のお話でご都合世界です。 ●なんちゃって貴族の世界なのでおかしいところがあってもスルーしてください。 ●誤字脱字は投稿前に確認してますが、見落としがある可能性があります。その時は教えていただいたら助かります。 ●この作品は一部残酷・過激な表現があります。ご注意ください。 ●R指定要素には※がつきます。 ●男性妊娠や出産などの描写があります。

自称ヒロインに「あなたはモブよ!」と言われましたが、私はモブで構いません!!

ゆずこしょう
恋愛
ティアナ・ノヴァ(15)には1人の変わった友人がいる。 ニーナ・ルルー同じ年で小さい頃からわたしの後ろばかり追ってくる、少しめんどくさい赤毛の少女だ。 そしていつも去り際に一言。 「私はヒロインなの!あなたはモブよ!」 ティアナは思う。 別に物語じゃないのだし、モブでいいのではないだろうか… そんな一言を言われるのにも飽きてきたので私は学院生活の3年間ニーナから隠れ切ることに決めた。

壁の花令嬢の最高の結婚

晴 菜葉
恋愛
 壁の花とは、舞踏会で誰にも声を掛けてもらえず壁に立っている適齢期の女性を示す。  社交デビューして五年、一向に声を掛けられないヴィンセント伯爵の実妹であるアメリアは、兄ハリー・レノワーズの悪友であるブランシェット子爵エデュアルト・パウエルの心ない言葉に傷ついていた。  ある日、アメリアに縁談話がくる。相手は三十歳上の財産家で、妻に暴力を働いてこれまでに三回離縁を繰り返していると噂の男だった。  アメリアは自棄になって家出を決行する。  行く当てもなく彷徨いていると、たまたま賭博場に行く途中のエデュアルトに出会した。  そんなとき、彼が暴漢に襲われてしまう。  助けたアメリアは、背中に消えない傷を負ってしまった。  乙女に一生の傷を背負わせてしまったエデュアルトは、心底反省しているようだ。 「俺が出来ることなら何だってする」  そこでアメリアは考える。  暴力を振るう亭主より、女にだらしない放蕩者の方がずっとマシ。 「では、私と契約結婚してください」 R18には※をしています。    

ひとりよがりなFalse Face

水戸けい
BL
 相模原恭平は幼馴染の小西譲に恋をしていた。そして譲もまた、恭平に想いを向けている。けれどそんなことを言えば関係が崩れてしまうのではと、互いに想いを隠して生活をしていた。  そんなとき、ひょんなことから恭平は女装をして譲と疑似恋人になることになった。乗り気の譲。戸惑いながらも、これがチャンスと考える恭平。  うまくかみ合わないふたりの気持ちは――。

処理中です...