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13.晩餐-1

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 グィリクスを訪れた一か月後のある夜。ヴィオラは城の侍女に先導されながら、彼女の持つランプの明かりを頼りに、暗い庭園を歩いていた。
 立ち並ぶ樹木の前を横切り、細い草木を絡ませ育成して作った緑の洞窟を通り抜けると、暗闇に突如現れるのが目的の場所だ。

 巨大な半球形の建造物。金属製の骨組みに、全面へ透明な壁材をはめ込み造り上げられている。この壁材はガラスではなく、水晶に似た透明な鉱石を削ったものだ。そしてその中は、この地域では育たない温帯の植物が鬱蒼と生い茂る温室となっている。
 この国はグィリクスのような大国に匹敵する豪華絢爛な宮殿は持っていない。質実剛健を国是としているからだ。しかし、百年以上前の国王の命令で建造されたこの温室は、間違いなくただの贅沢品だ。壁材の鉱石自体の価値や、そこへ上乗せされる加工費、そして支柱を有しない特殊な建築法を用いたために要した莫大な建築費。一説によると、王城そのものよりも費用がかかったのではないかという話である。だがその話もあながち間違いではないとヴィオラは思っている。外から眺めるだけでも圧倒されるほど、この温室は現実離れした文化財なのだ。

 先導する侍女は、温室の壁面に取りつけられた唯一の出入り口である両開きの扉を押し開き、ヴィオラを中へ招き入れる。
 ヴィオラはスカートが植物の夜露で濡れないよう、裾に気を払いながら温室へ足を踏み入れた。今夜は事情があって、中に脚衣を穿く普段の暗色のドレスではなく、簡素だが一応晩餐にも出られる装いをしている。扱いに気を付けなくてはならない。
 曲線を描く天井を見上げると、夜空をそのまま透過して星明りを臨めた。屋内だが、感覚としては外に近い。この温室の中で子供の頃はよく遊んだが、もう十年近く前になる。

(これが見納めになるわ……)

 今日が、ヴィオラの最終出勤日であった。急なことではあったが、いつ自分が倒れてもいいように後任は常に意識して育てていたし、つつがなく引継ぎも終えられた。また、夫であるベラーネク伯爵も、あまり事情を深くは尋ねずに、退職して所領の屋敷へ戻ってくることを承知してくれた。
 イザークには退職の意向を告げると、寂しげに決意は揺らがないか尋ねられた。だが、ヴィオラが十分な準備を終えていることを説明すると、すんなりと受け入れられた。逆にヴィオラの方が寂しくなってしまったほどだ。

 グィリクス王国で、ヴィオラは薬に言わされたイザークの愛の言葉にすら、自分の心を隠せなかった。幸いにもイザークはあの夜のことを覚えていないようだった。もし記憶が残っていたらと怯え、しかし翌朝何があったのか尋ねられて心底ほっとしたものだ。
 だがそれは、結果的に問題なかっただけだ。仮にイザークが覚えていたら、どうなっていたのか。思いを寄せながら年初の相手を引き受けた、低俗で忌むべき人間だと露呈していただろう。
 ヴィオラは自分に宿る、一方的に思うだけでは足りない、イザークからも愛情を返して欲しいと望む浅ましい心根を知ってしまった。そんなものを抱えた、彼の正気でない言葉にさえ自分の思いを隠せないヴィオラでは、もう傍には居られない。いつ何時、身に巣食う激情が決壊するか、分かったものではない。

(陛下とお会いするのも、今日を最後にしなくては)
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