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09.発端-4

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『ところで、どうだ、秘書官殿。そちらの堅物な王に秘密で、今夜私の部屋へ参らぬか。二人きりでそなたをもてなしてやろう』
『そ、それは……』

 突然のことに通訳を忘れたヴィオラは勿論、イザークまでも狼狽えた。
 グィリクス王はイザークが会話を聞き取れないと思っており、それをいいことに、密かにヴィオラへ粉をかけようとしているのだ。所作に乱暴さはなく紳士的にすら見える。言葉が分からなければ、王の意図に気付けなかったかもしれない。触れた手はイザークから見て箱の反対側なので、グィリクス王が箱を支えようとしているかのようにも見えた。

 噂によると、このグィリクス国王は大変な好色かつ艶福家で、宮殿の中にハレムと呼ばれる自分の妻たち専用の広い居住区を持つほどに、大勢の妃を娶っているという。小国にすら娘を送り出せるぐらい多くの子供がいるのだから、事実だろう。そして、真偽のほどは不明だが、ハレムに連れ込まれ帰してもらえなくなった外国の使節団の女性がいるという話だ。これはおそらく、未婚の女性と一度でも性交をすれば、という条件を盾にしてのことだ。王がそうしたかは不明だが、その条件は強姦でも成立する。

 イザークはとっさに、贈答品の箱の蓋を閉め、その流れで箱自体をヴィオラから取り上げた。自然とグィリクス王の手も離れる。

『グィリクス王。彼女は私の掛け替えのない大事な部下ですので、貴国へ置いて帰るわけにはまいりません』

 万が一にでも手を出されたら、ヴィオラはこの国のハレムに連れ去られることになる。
 通訳に頼らずイザークがそう告げると、グィリクス王は少し驚いたように眉を上げた。

『なんだ、話せたのか』
『彼女ほどは話せません。お聞き苦しい点があるかと思い、通訳を立てさせていただきました。それからベラーネク伯爵夫人は既婚者で、我が国に夫が待っております。私を信頼して任せてくれた夫君のためにも、無事に連れて帰らねばなりません。どうぞご容赦を』
『はは。わかったわかった。――秘書官殿、気が向けばいつでも来るといい。歓迎する』

 グィリクス王は悪戯が見つかった子供のような顔で、さして悪びれる様子もなく引き下がった。これが、この国では普通のことなのだろう。イザークはぞっとした。

 その後、条約についての議論はつつがなく進み、会談はおおむね期待通りに終わった。

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