上 下
22 / 116

07.契約-1

しおりを挟む
 ある日の昼間、イザークは庭園へ向かうために廊下を歩いていた。伴っているのは侍従だけだ。

 イザークが王位を継いで丁度ひと月経った。父王の葬儀や自身の戴冠の儀など、やらねばならないことが山積みで、目まぐるしく日々は過ぎ、気が付けば今だった、というような感覚だ。
 外へ出てみれば、草木はもう秋の終わりの色合いで、いつの間にか冬の入り口に立たされていたようだ。そう感じることができる程度には、心に余裕が出てきたのかもしれない。

 しかしイザークの肩には、父を喪った悲しみを落ち着いて受け止めることすら出来ないほどの重圧が、なおものしかかっていた。
 イザークが王太子としてある程度自信をもって安心して職務にあたれていたのは、父王がまだ存命だったからだ。在ってくれるだけで、頼りになる精神的な支柱。それが父だった。ゆくゆくは自分が跡を継ぐと覚悟していたが、ここまで突然とは思ってもみなかった。
 これで正しいのかという不安が、決断のたびに頭を過る。その都度思い出すのは、ヴィオラの言葉だ。力不足と心中を無闇に明かすのではなく、これが最善であると、命じられる側が信じられるよう泰然としていなくてはならない。それが、若き王に付き従ってくれている臣民に対する義務だ。
 実際のイザークは、この国と、そして自身の限界を知っているため、心の中の不安を消すことはできない。それでもヴィオラが隣にいてくれれば、その言葉と存在が、イザークを王として振る舞わせてくれた。

 ただ、イザークが王となってからは、王太子時代から感じていたヴィオラとの心の壁のようなものを、一層辛く感じるようになった。
 こんなどうしようもないことに、かまけている暇はないというのに。

 冬支度を始める庭園の、舗装された道を歩いていく。今日は天気がいいので温かい。だから王妃も庭で過ごしているのだろう。
 イザークの庭園に向かう用事は、王妃と話をするためだった。

 今年結婚したばかりの妃と、仲は悪くない。ただ、このひと月はあまりに多忙で、ゆっくり話をする時間が取れなかった。本来はどこかで約束して、時間を取って室内で語らえばよいのだろうが、確実に空けておける時間がイザークにはなかった。
 こうして話をしようとしているのも、本当に偶然時間ができたからだ。そこで、王妃の所在を尋ねて、庭で過ごしているというので突発的に会いに来た次第だ。

(気が重いな……)

 物憂げな表情を浮かべることはないが、イザークは内心ため息をつきたい気分だった。これから王妃には、彼女にとって辛い話をしに行かなくてはならない。
 実は、公にはしていないのだが、王妃とは初夜をまだ済ませていないのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~

一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、 快楽漬けの日々を過ごすことになる! そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

冷徹御曹司と極上の一夜に溺れたら愛を孕みました

せいとも
恋愛
旧題:運命の一夜と愛の結晶〜裏切られた絶望がもたらす奇跡〜 神楽坂グループ傘下『田崎ホールディングス』の創業50周年パーティーが開催された。 舞台で挨拶するのは、専務の田崎悠太だ。 専務の秘書で彼女の月島さくらは、会場で挨拶を聞いていた。 そこで、今の瞬間まで彼氏だと思っていた悠太の口から、別の女性との婚約が発表された。 さくらは、訳が分からずショックを受け会場を後にする。 その様子を見ていたのが、神楽坂グループの御曹司で、社長の怜だった。 海外出張から一時帰国して、パーティーに出席していたのだ。 会場から出たさくらを追いかけ、忘れさせてやると一夜の関係をもつ。 一生をさくらと共にしようと考えていた怜と、怜とは一夜の関係だと割り切り前に進むさくらとの、長い長いすれ違いが始まる。 再会の日は……。

【R18】出来損ないの魔女なので殿下の溺愛はお断りしたいのですが!? 気づいたら女子力高めな俺様王子の寵姫の座に収まっていました

深石千尋
恋愛
 バーベナはエアネルス王国の三大公爵グロー家の娘にもかかわらず、生まれながらに魔女としての資質が低く、家族や使用人たちから『出来損ない』と呼ばれ虐げられる毎日を送っていた。  そんな中成人を迎えたある日、王族に匹敵するほどの魔力が覚醒してしまう。  今さらみんなから認められたいと思わないバーベナは、自由な外国暮らしを夢見て能力を隠すことを決意する。  ところが、ひょんなことから立太子を間近に控えたディアルムド王子にその力がバレて―― 「手短に言いましょう。俺の妃になってください」  なんと求婚される事態に発展!! 断っても断ってもディアルムドのアタックは止まらない。  おまけに偉そうな王子様の、なぜか女子力高めなアプローチにバーベナのドキドキも止まらない!?  やむにやまれぬ事情から条件つきで求婚を受け入れるバーベナだが、結婚は形だけにとどまらず――!?  ただの契約妃のつもりでいた、自分に自信のないチートな女の子 × ハナから別れるつもりなんてない、女子力高めな俺様王子 ──────────────────── ○Rシーンには※マークあり ○他サイトでも公開中 ────────────────────

媚薬を飲まされたので、好きな人の部屋に行きました。

入海月子
恋愛
女騎士エリカは同僚のダンケルトのことが好きなのに素直になれない。あるとき、媚薬を飲まされて襲われそうになったエリカは返り討ちにして、ダンケルトの部屋に逃げ込んだ。二人は──。

【R-18】【完結】壊された二人の許しと治療

雲走もそそ
恋愛
魔術学校の教師であるイリスは、非常勤講師として採用されたアルヴィドという男の正体に気付き戦慄する。彼は学生時代の先輩で、人気者の皮を被ってイリスを犯した男だった。相応の復讐を遂げていたが、再会したアルヴィドは、幽鬼のようになった外見どころか中身も昔とは全くの別人と化していた。やむを得ない事情から、イリスは自身の心の病の治療のため、アルヴィドに協力を求め、その中で彼の秘密を知っていく。 ・地雷原ですのでキーワードとあらすじご確認の上避けてください。 ・レイプ被害者と加害者がお互いトラウマ克服して最終的にくっつく話です。 ・作者に心理療法の専門知識はありません。 ・加害者のヒーローは元ガチクズですが、改心したのとは少し違います。 ・性行為は序盤と最後だけです。合意ありは最後だけです。

つがいの皇帝に溺愛される幼い皇女の至福

ゆきむら さり
恋愛
稚拙な私の作品をHOTランキング(7/1)に入れて頂き、ありがとうございます✨読んで下さる皆様のおかげです🧡 〔あらすじ〕📝強大な魔帝国を治める時の皇帝オーブリー。壮年期を迎えても皇后を迎えない彼には、幼少期より憧れを抱く美しい人がいる。その美しい人の産んだ幼な姫が、自身のつがいだと本能的に悟る皇帝オーブリーは、外の世界に憧れを抱くその幼な姫の皇女ベハティを魔帝国へと招待することに……。 完結した【堕ちた御子姫は帝国に囚われる】のスピンオフ。前作の登場人物達の子供達のお話。加えて、前作の登場人物達のその後も書かれておりますので、気になる方は、是非ご一読下さい🤗 ゆるふわで甘いお話し。溺愛。ハピエン🩷 ※設定などは独自の世界観でご都合主義となります。 ◇稚拙な私の作品📝にお付き合い頂き、本当にありがとうございます🧡

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈 
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

処理中です...